表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5月2日書籍版発売!!元・魔王軍の竜騎士が経営する猟兵団。(最後の竜騎士の英雄譚~パンジャール猟兵団戦記~)  作者: よしふみ
『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4444/5084

第四話    『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』    その三百九十六


―――苦悩は多い、痛みの記憶ばかりがあるわけじゃないけれど。

ヒトの人生にとって、それはつきものだからね。

とくにレナスは多かった、生きていることから解放された『今』になってようやく。

その痛みに縛られることを、やめつつあるよ……。




―――リュドミナといっしょに、歌と音楽のことだけを考える。

芸術はいつも世の中の主流と、反りが合わないところもあった。

世の中においては、宗教とか政治があたえてくれる『正義』に誰もが応えるものだ。

正しいことのために、人生を使うのが普通のことだからね……。




―――王さまのあたえてくれた『正義』に、みんなで命がけだ。

朝から晩まで、一生ね。

そうすることで王さまから守ってもらえるし、周りからも評価される。

芸術家は、正直なところ非生産的でも許してもらえる立場だ……。




―――まともな分野の裏側ぐらいに潜む、ちょっとヘンテコなものなんだよ。

だからこその自由も、あるんだ。

野良猫や渡り鳥のように、誰からも自分からも縛られない。

過去の痛みだってね、芸術家にとっては仕事道具になる……。




―――不謹慎なことでもあり、当然ながら正しくもない。

ボクたちは非生産的に、自分の求める行いをする。

『正義』とはいつも真逆にある、『真実』を目指してね。

世の中の役に立つかは目指してはおらず、そもそも個人的な救済が主だったりする……。




「……『今』は、歌のことだけを考えられます。女神イースからも、お許しをいただけた。そうだ……それは、こういう意味もあったんだと思います」

「ええ。あなたの思う通りに、してみていいのよ」

「……たくさん、悪いことを、してしまいましたが……」

「死の慈悲は、現世でのあらゆる罪を許してくれます。あなたも、私も。もう死んでいるのですから」




―――死があらゆる終わりではないと、『今』のふたりは体現者だろうけど。

ボクは生前のこのふたりの罪については、もうとやかくは言わない。

許せない者もいるだろうけれど、けっきょくは違う『正義』を求めただけ。

死んでしまった強敵ぐらいは、許してあげるの戦士の礼節だろうからね……。




「たくさんの、種族の声を、使おうと思うんです。『カール・メアー』では、きっと、許されなかったことですが」

「私は許しますよ。女神イースが、していいとおっしゃられていますし。仮に、罰を受けたとしても、怖くはありません。死者の、良いところですね」

「……はい。それに、芸術の良いところかも。規範からの逸脱も、わずかばかりなら許される……正しさも、罰せられることも、『今』は……問いません。楽しいことを、したいと思うんです」

「それで、いいの。やってごらんなさい。あらゆる種族の声を、使ってみるの。『狭間』の声も。種族的な特徴の、揺らぎであり境界の声……あなたは、何だってやれるの。誰よりも、多くの感情をその身に刻み付けてきたから」




「……はい。リュドミナさま。たくさんの声を、聴きました。誰もが、苦しみと……そして、喜びも、持っていたんです。私は……誰よりも多くの、貴重な記憶と触れあってきました。あなたの導きの、おかげです」

「あなたのお師匠さまのひとりになれて、とても幸せでしたよ。さあ、あなたの記憶を、受け止めてあげて」




―――泣きそうになるレナスを、抱きしめてあげた。

ボクたちと異なる『正義』の人々は、『正義』を捨てられるとただの芸術家だ。

『悪』を受け止めることさえ、許される。

亜人種や『狭間』たちを、想うなんてこともね……。




―――『カール・メアー』だとか、帝国側の『正義』のなかでは。

それは許されない悪事のひとつだよ、抹殺しようとしている敵を気に掛けるなんてね。

生きることは、ちょっと不自由なことでもある。

『正義』にしたがう義務がある、こんなマジメなふたりならばとくに……。




「か、かわいそうだと……思いました」

「そうね。幸せになれない者たちが、多かった」

「もっと、違う道もあるのではないかと……」

「あったかもしれない。でも、いずれの道にも傷みは伴うもの」




「……私たちは、正しかったのでしょうか」

「あなたは正しかった。正しいと信じたことに、命を捧げられるのは善人だけ」

「で、でも……」

「うん。誰一人だって、犠牲にしなくていい時代であれば、良かったのにね」




―――そんなに世界は、甘くはない。

『正義』が価値を持つためにも、たくさんの犠牲は必要とされる。

正しさを作り上げることは、間違いなく代償が伴うから。

歴史書は教えてくれるよ、いかなる『正義』の名においても血は流れた……。




―――マジメな生者は、それの囚われだよ。

ボクたちのように、自分の信じる『正義』のために敵を作って殺しまくる。

千年前も、千年後も変わらないヒトの本質的な行いかもしれない。

でも、芸術というのはそれから逸脱していい『真実』の追求だ……。




―――現実を、すべて否定しようじゃないか。

創作活動の、最も楽しいことを始めていこう。

現実も『正義』も殺して、とんでもない『真実』を空想する。

この世にありふれていない、それでいて『正義』よりも正しいと信じられるもの……。




「すべての声で、歌ってみていいの。悲しいのであれば、悲しみも。誰かのために、嘆くことも。あなた自身の痛みも。痛みと、それが生み出してしまう怒りだって。すべては、あなたの歌のための力になってくれる。誰よりも、やさしいレナスに戻っていいのよ。無邪気な子供のときみたいに。壊され、穢されて。生きることの痛みと、聖務の苦しみに押しつぶされた心にも、囚われることはありません。正義のための時間は終わり。無責任な悪霊と罵られたって、気にしなくていい。『今』はすべてが終わった、その先だから」




―――寛大な死の赦しのなかで、レナスはようやくやさしくなれた。

憎むべきはずの亜人種にさえも、同情していいんだからね。

自分のしてきた聖なる仕事も、今は残酷な暴力だと認めてもいい。

すべての仮面を取っ払って、やさしい歌を始めよう……。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ