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5月2日書籍版発売!!元・魔王軍の竜騎士が経営する猟兵団。(最後の竜騎士の英雄譚~パンジャール猟兵団戦記~)  作者: よしふみ
『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』

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第四話    『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』    その三百八十九


―――それを比較して、決めることは不可能だけれど。

世界でいちばん、苦しいかもしれない道を歩んだ子がいた。

とてつもなくかわいそうだから、何かをしてあげたくなったようだ。

分からなくはない、やさしい心はかわいそうな者を見捨てたくはないからね……。




―――これは、とても慈悲深い母性の力さ。

すべての願いを叶えられなかった、路傍の石ころみたいに打ち捨てられた絶望の子たち。

どんな夢でも、どんな願いでも。

ただひとつだけ、叶えてしまえるかもしれない『運命の委任』だ……。




―――まったくもって、何てことをしてくれるのだろう。

そう考えてしまうボクは、心ない男だろうか。

でも、ちょっとは理解して欲しくなる。

だから、自己弁護をひとつだけさせて欲しい……。




「どんな願いでも、いいんだよ。これは幻や夢の力じゃないの。私の力も、あなたに分けているんだから。すべては、あなたが決めてしまっていいことにしたの!」




―――それは、つまりボクたちを破滅させるための願いも含まれるんだ。

『カール・メアー』の化身のような、とんでもない『敵』に対して。

『かわいそうだから』といって、そんな権利を委ねてしまう。

それが、正気じみた行いだと言えるのかな……。




―――子供という存在は、本当に恐ろしいものだよ。

よりにもよって、レナス・アップルに。

『自由同盟』の運命を、ひょいと手渡しているなんて。

レナスの人生に同情はするけれど、それとこれとはさすがに話が別じゃないか……。




―――この場にボクがいたら、アリーチェを止めにかかっただろう。

姉だったら、迷わず殺しにかかっていたさ。

ボクたちの個人的な感情だけじゃなく、『ルードの狐』としての使命のために。

「好きなようにつかってね!」、姉なら発狂しそうな言葉だよ……。




―――「だから子供って、苦手なのよね」。

ドン引きした表情から、その素直な言葉が飛び出るのが容易に想像できた。

冷静沈着で、ヒトの心が少な目かもしれないボクたち『ルードの狐』なら。

この未曾有の危機に、暴力で介入したはずだ……。




―――それが、ある意味ではボクたちの限界だろう。

せいぜい正しいことしか、けっきょくは選べないんだよ。

アリーチェと女神イースは、そうじゃない。

ソルジェに訊いてみたいよ、大魔王の意見をね……。




―――怒るかな、どうだろう。

ちいさな女の子には、甘いから。

それに狐よりも、ずっと変わり者だから。

ボクと姉とは違う結論に、達していたかもしれない……。




「あ。ソルジェには、秘密だよ。ばれたら、きっと、しかられちゃうからね……っ」




―――ささやくようなひそひそ声で、アリーチェはそう言ったんだ。

レナスは聞こえていたけれど、それどころじゃない。

消えていく女神イースの気配と、それと同時に体にあふれる力が圧倒的すぎた。

さみしさと困惑が、レナスの身も心も内側から引き裂きそうになる……。




「め、女神イースっ!!こ、これは……この力は……っ」

『……お前の、好きに使うがいい』

「ど、どう……使えと言うんですっ」

『あらゆる束縛から、解放しよう。私の与えた試練をすべて乗り越えた者よ。今は、すべての義務は燃え尽きた。あとは、ただただ、お前のために……願って――――――』




―――女神イースは、微笑みながら消え去っていた。

その結末を知っていたはずなのに、レナスは苦しみで叫ぶ。

レナスにとって、『すべて』だった者と離れてしまったから。

空を見上げた、夏の空を探した……。




―――もちろん、女神イースはいない。

海で遊ぶ子供たちも、今はもういなくなっていた。

アリーチェさえも、その場にいない。

ただ、ひとりだけレナスだけがいる……。




「こ、こんな……こんな力を託されて……め、命令もなし。む、無責任じゃないか。こ、こんなの……ど、どうしろと……どうしろと、言うんだああああああああああああッッッ!!!」




―――アリーチェは、見送ることにしていた。

女神イースが創り上げたみせた、『それぞれの世界』を。

赤い竜の背に乗って、宇宙の星々を見るのとまったく同じこと。

あのとき見た星のように、それらは命であり記憶であり世界そのもの……。




「ここは、とても特別な場所だから。他の神さまたちに邪魔をされないから。終わらない夢のなかで……みんな、楽しく遊んでね。そこには、女神イースもいるよ。私もね、つきっきりじゃないかもしれないけれど。ずーっと、見守ってくからね。だって、友達だ。いっしょに、遊んだもの。女神イースも、友達。いっしょに、ソルジェにも秘密のコトをした!」




「……『あなた』も、秘密にしていてね。ソルジェには、ちゃーんと、誤魔化しておいてね!」




―――子供だし、女神だけれど。

さすがは女の子ということだろうか、おかげでソルジェには秘密になった。

『トリックスター』に、ケンカを売ることは避けたいものだね。

まあ、すべてはレナスの選択次第だけれど……。




―――どこでもない海岸に、ひとりだけ残されたレナス・アップル。

叫んで探し回ったけれど、最初から知っていたはずだ。

ここは現実じゃなくてもっと異常な場所だし、女神イースは去った。

時間の流れも信用してはならない、百年探しても一秒しか経たないかも……。




―――いずれにせよ、知っていたはずの通りになる。

立ち止まり、海を見つめながら立ち尽くした。

空には無数の星々が、きらきらとかがやいている。

女神たちの力を託されたレナスには、よく分かったよ……。




―――あの星々は、殉教した子供たちの世界だ。

女神たちの力で、現実ではない世界が終わりなく続くだけ。

子供たちは、それぞれの場所で幸せに暮らしていく。

大人にだってなれるし、どんな夢でも叶うんだ……。




―――レナスにも、その子供たちの『天国』と同じものを創り出せる。

『自分のための完璧な夢の世界』、それもひとつの選択だ。

現実で『もうひとつのオルテガ』を落下させることも、選べるだろう。

その結果、レナスは『カール・メアー』の願いを叶えることになった……。




―――でもね、女神イースは『カール・メアー』の願いを聞いたわけじゃない。

レナスの個人的な願いを、叶えてあげるために力を遺したんだ。

それをレナス自身は、誰よりも理解してしまっている。

だからこそ、吐きそうになるほど苦悩していた……。




「ず、ずるいです……それでは、それでは……私だけに、責任があるじゃないですか」




―――『自由』というものの、ちょっとおっかない本質のひとつを味わっていた。

すべてを選べるけれど、すべての責任は自分にある。

ヒトは誰かを頼りたくもあるよね、指導者が必要なときは多い。

自分を信じられないときもあるから、神さまとつながろうともする……。




―――レナスは、すべてを託されていた。

しかも、信仰を頼れないことも理解している。

どんなことでも、していいチャンスだ。

『今後は完璧な人生をやり直してもいい』し、ソルジェに反撃してもいい……。




―――今では、女神イースがソルジェと瞬間の同意を結んだことも知っている。

攻撃よりも、レナスや子供たちに『何かしてあげようとした』事実を。

敗北したことは許しがたいけれど、それでも女神イースの選択だ。

だが、それさえも覆せるんだよ……。




―――とてつもなく『自由』な権利を、レナスは与えられた。

大魔王よりも皇帝ユアンダートよりも、今なら大きく世界を変えられる。

『君』なら、そんな権利を与えられたらどう思うかな?

ボクは狐としての選択をするだけ、迷うことはない……。




―――でもね、それはあくまで自分が好きだからだよ。

クラリスのために生きて、もちろん死ぬことが好きだから。

その前提が異なれば、たとえばクラリスが帝国に殺されていたらどうだろうか。

ボクは彼女を守れなかった自分を許せず、この権利を持て余す……。




―――『自分が嫌いな子』は、自分に権利があるとは思えないんだよ。

自分を許せないから、幻の幸せだって欲しがることもできない。

死んだクラリスと、完璧な夢の世界に彼女を死なせたボクが逃げられるとでも?

仮定の話でさえも、虫酸が走るのにね……。




―――ありえないよ、自己嫌悪はおっかない死の病みたいなものだ。

自分には幸せになる権利がないと、思い込んでしまう。

罪の意識は、罰を求めてしまうものさ。

すくなくとも、レナスはそういう考えに至った……。



―――ボクが、その場にいたら。

こんな苦しみからは、痛みのない一瞬の斬撃で解放してあげたのに。

『自由同盟』の危機を救うためであり、同情すべき君のためだ。

でも、そこは究極に不可侵で指一本届きやしない……。




―――謝罪の言葉をしておくよ、殺してあげられなくてごめんね。

レナス・アップル、君は見つめなくちゃいけない。

どんな選択が、本当に自分を救えるのかを。

困ったことに、この大陸の『未来』は君の手に委ねられてしまった……。




―――君を信じてくれた女神たちのために、しなくちゃならない。

『君自身が誰よりも嫌いな自分を直視して、そんな自分の願いを探す』。

それは地獄の苦行だと、君は理解してしまっているから。

今このときまで、その場にうずくまっていたんだ……。




―――でも、君は誰よりも忠実な女神イースの使徒だから。

彼女のために、考えられる。

世界でいちばんおぞましく、何よりも醜いと思っている自分の心に。

今こそ、出会わなくちゃならない……。




―――とてつもなく不幸な君が、どんな願いを持つのか。

すごく怖いけれど、見守るよ。

君は世界をいくらでも憎めるし、今は女神からも自由なのに。

始めよう、君自身の『仮面』の奥底にある願いの探索を……。





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