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5月2日書籍版発売!!元・魔王軍の竜騎士が経営する猟兵団。(最後の竜騎士の英雄譚~パンジャール猟兵団戦記~)  作者: よしふみ
『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』

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第四話    『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』    その三百七十一


―――それは即興的な、物語作りにも似ている。


子供たちに聞いてみることは、とても大きな力だよ。


何せ、想像力がとっても豊かだから。


大人になると『もしもこうだったら』とか、『こんなことが起きたら』を使えなくなる……。




―――だんだんアタマでっかちになっていき、想像力が消え失せていくんだ。


より妥当で、より合理的な枠組みのなかで物事を捕らえてしまう。


だから、女神イースは子供たちの消えかけの魂に頼むんだ。


どんな世界を、望むのかと……。




―――あこがれの女神さまと出会えていることを、消えかけの魂たちは知らない。


気づけるほどに、『残っていない』からね。


意識は壊れて融けかけて、あらゆる境界線を失いつつある。


それでも神さまの声は、届いた……。




「もうすぐ。むかえにきてくれるの。そしたらね。おまつりにいくの!」




―――現実の記憶とは、異なるものもあっただろう。


殉教という名の死を、この子供たちは選んでいるのだから。


ずっとあとになって、フリジア・ノーベルはその資料を解き明かすことになる。


ミリア・レーゼンという九才の子供に、両親が迎えに来ることはなかった……。




―――乱世というものは、生きていくだけで大変だから。


やせっぽちのミリアは、その年頃の女の子よりもはるかに軽くて背も低い。


栄養失調の兆候は顕著であり、孤児院に預けられたときから肺を患った形跡がある。


大人になれば治るような症状ではなく、大人になることもなく死ぬ定め……。




―――辛すぎる事実を、周りの大人たちは告げることはない。


将来の夢どころか、彼女には未来なんてなかったんだ。


せき込み衰弱する、ちいさなミリア。


貧しい農家の両親は、痛ましくも合理的な判断をしていた……。




―――農家の子供たちは、大変だからね。


家畜たちの世話や、畑の手伝いをすることになる。


ちいさなミリアは、そんな作業をしようとすればせき込み倒れてしまった。


あちこちでやっている戦のために、農家からは作物が奪い取られている……。




―――ミリアを看病しながら、働いていくのはムリだった。


薬草医も両親には告げている、「この調子で次の冬を越せるはずがない」。


『カール・メアー』の孤児院は、人間族の子供たちにはやさしいから。


預けられた、その真意は最期を看取ってもらうこと……。




―――女神イースのための殉教者を集めるために、レナス・アップルは過酷な旅をした。


殉教者は『生贄』なんかとは、大きく違っている。


死の床にあるミリアの前に、レナスは現れた。


本当に多くのことを質問しながら、涙でにじんだ記述を残す……。




―――病状だとか、家族構成だとか。


殉教者は、間違ってもただの自殺志願者であってはならない。


女神イースに対する信仰のために、『正しい決意』のもとに命を差し出す必要がある。


現実のミリアは、レナスと長い対話の果てに答えを出した……。




「わたしが、おやくにたてるなら。おまつりにいけなくても、いい」




―――ミリアはガマンしながらも、殉教者になる。


自分の残り少ない命が、正しいことに使われるならば。


女神イースの役に立って、世の中から争いが無くなるなら良いことだ。


戦に行って、戻ってこなかった村人たちも数多くいる……。




「たくさん、ないていたの。あそこのいえは、おにいさんがかえってこなかったから。だからね。あんなふうに、なかずにすむのなら……わたしは、おまつりにいけなくてもいいの」




―――『カール・メアー』の医学か、尼僧たちの献身ゆえか。


ミリアは冬を乗り越えていたけれど、ベッドからは一歩も降りられなくなる。


パンを噛むための力も、なくなりつつあった。


すべてを、レナスは記述している……。




―――書き残すことが、義務かのように。


ミリアの両親は、墓をつくることもなかった。


遺体を引き取る気も、彼らにはなかったから。


すべてを、レナスは記述しているよ……。




―――だから、ミリア・レーゼンが黒髪だったことも。


犬より猫が好きだったことも、好きな絵本は『まほうのろうそく』だったことも。


レナスの書き残した資料を読めば、分かるんだ。


どれだけ尊い祈りをもって、殉教者になったかもね……。




「せかいが、へいわでありますように。だって、そうじゃないと。おまつりもなくなるもの」




―――自分では行けなかったお祭りに、誰かがちゃんと行けるために。


ちいさなミリアは、残りわずかだけれど貴重な命をすべて捧げた。


女神イースを守る、聖なる獣の一部になって戦いに向かう。


怖いはずの時間を耐えて、猟兵や竜とも戦ってみせた……。




―――今のミリアは、面影よりも希薄な何か。


死がもたらす崩壊に、もう本来の自我は乏しくなっている。


死を自覚したあの雪の朝のことも、死の直前に聴いたやさしい聖歌も覚えちゃいない。


その聖歌があったことを、覚えていたの孤児院に務める老いた尼僧だ……。




―――遠い未来で、フリジアは知ることになる。


レナスは、やはり歌を嫌いになったわけじゃなかったのだと。


「とても素晴らしい歌声で、魂が震えたわ」。


「きっと、安らかな死後の楽園にあの子は導かれたでしょう」……。




―――今のミリアは、お祭りにいた。


村で開かれるお祭りに、両親と弟と妹といっしょに出かけている。


旅芸人もちゃんといた、どこかの人魚の夫がやっていたような楽しいものさ。


とにかく笑顔がって、何の心配事もないまま遊ぶだけ……。




―――女神イースは全身から、力を奪われていくのを感じていた。


死にかけの神さまにとって、奇跡の世界をひとつ紡ぐことは大変なことだ。


全身が痛くて、たくさんの熱病にうなされながら獣に喰い散らかされるような痛み。


そうだとしても、彼女はミリアを微笑みながら見守りつづける……。




―――永遠が許されるのならば、このままずっと。


死者のための不滅の楽園をひとつ、慈悲深い女神イースは抱き締める。


全人類に、この楽園を与えてやることまでは叶わないけれど。


せめて、ここにいるすべての子供たちのためにすべてを捧げよう……。




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