第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その三百六十七
―――レナス・アップルの叫びが、こだましている。
空を揺らす悲痛な音は、爆炎の残響よりも鼓膜に噛みついていたよ。
それでも、猟兵であり竜騎士である者たちは容赦などしない。
当然ながら、竜もね……。
―――女神イースの体が、壊れながら空を落ちていく。
『もうひとつのオルテガ』の街並みに、彼女の体は流星みたいに墜落した。
土煙が舞い上がって、いくつもの古びた屋敷が倒される。
城塞のひとつにぶつかることで、ようやく破壊は止まっていたよ……。
―――普通の生物ならば、この瞬間に終わっていたはずだ。
ゼファーもその手応えを感じているが、それでも今は追撃を仕掛ける。
落下した女神イースに向かって、飛翔していく。
神さま相手に、油断をするのは間違いだから……。
―――破壊の終端、分厚い城塞に対して蹴爪からダイブをする。
女神イースが瓦礫のどこに埋まっているのかは、分からない。
魔力はほとんど消え失せていたし、彼女も気配を隠す気なのだろう。
着地寸前まで探し抜き、瓦礫からはみ出した赤い翼に狙いを修正した……。
『ちゃー……くちッッッ!!!』
―――ゼファーの体重を乗せた蹴りが、城塞を完璧に貫いてしまっていた。
砕けて舞い散る瓦礫のなかで、ソルジェとゼファーは魔眼を解禁する。
見つける、ゼファーの蹴爪のあいだに女神イースは捕らえられていた。
赤い翼のほとんどが、もはや彼女の背中とのつながりを失っていたよ……。
―――皮膚の色も、すっかりと蒼褪めた死の兆候がそこにある。
死者だと、信じることは容易くて。
生者だと、信じることがこれほど難しい顔色もない。
そのくせ、どうにも瞳だけはギラギラとかがやいているときた……。
―――敗北を、信じていないのか。
あるいは、『ゴルメゾア』を頼りたいのか。
どちらにせよ、気に留めることはない。
あちらはミアとルルーシロアが、完璧に制圧していたからね……。
『はなせ、はなせ!!はなせよ!!うああ、ああああああ!!』
「……ダメ。合流は、させない」
『おのれ、おのれえええ!!どうして、どうして!!』
「運命は、残酷なんだ。ヒトは、たくさん失ってしまう。でも……それでも」
―――ミアとルルーシロアが、同調を深める。
引き裂かれたまま暴れる『ゴルメゾア』を、さらに引き裂きながら空中で振り回した。
分解していくそれらは、ずっと絶望の叫びをこだまさせていたものの。
ルルーシロアの炎のブレスと、ミアの『風』の合わせ技で焼き払われていく……。
―――火花が、夏の空に散って。
パチパチと焼かれて爆ぜる硬い音を、ミアの黒い瞳は見つめている。
強者への手向けだよ、ミアも知っているからね。
孤児たちの残骸が、こんな空の果てまで戦うために旅をしたんだ……。
「すごいコトだよ。でもね。みんな……もう、終わっていい」
―――魂でさえない、『歌』属性さえも帯びていない。
存在の何もかもを焼き尽くした、灰のような空虚な者たちだ。
今のミアには、痛いほど分かるよ。
記憶にも歴史にも残らない、そういう空虚な軽さが持つ痛みが……。
―――覚えてあげたい、名前を呼んでやりたいとも思う。
それが、このときのミアの願いなんだ。
ずっと昔の、アーレスのように。
覚えておきたい名前があったはずのあのときと、よく似た気持ちになっている……。
―――戦士への手向けは、果たしたい。
燃え尽くされていく、その瞬間まで見届けよう。
でも、それだけでは何か足りない気がしているんだ。
この敵は、とてもトクベツな相手なのだから……。
―――何かを、してあげたくなるものさ。
大きなプレゼントを、もらったあとだとか。
自分が他者を思いやれるほど、満たされているときにはね。
ママにも会えて、ルルーシロアに乗れている……。
―――どこまでも幸福な、ミア・マルー・ストラウスがいた。
泣き叫びながら焼き尽くされている者に、何かをしてやりたくなるのは当然だ。
どうすれば、いいのかは分からない。
燃え尽きながら空で欠片になっていく、とても空虚な何かへ……。
―――どんな解釈で、この現実をミアみたいなちいさな少女が理解すべきなのか。
戦士としては最強だけど、戦士の才能だけでは足りない時間だった。
考える、考える。
敵の動きに備えることさえも、今は捨て去りながら……。
―――いいのさ、ルルーシロアは怒らない。
それを甘えだとも、今このときだけは思っちゃいなかった。
彼女がいれば、ミアには役割分担をしていい余裕がある。
それを使って、何か価値あることをするのも悪くはない……。
―――焼き払われていく、何でもない者に対して。
『空の女王』たちは、とても慈悲深かったんだ。
幼い心と、研ぎ澄まされて戦士の知恵を使いながら。
どうすべきかを、探求していく……。
―――人生で、いちばんアタマを使った時間だった。
ミアは考えることを、それほど好みはしないから。
そんなことするよりも先に、行動すればいいと信じているからね。
でも、今は考えなくちゃならなかった……。
―――考える、考えた。
アタマの回転速度を、恐ろしくあげて。
一秒が永遠に伸びてしまうほどに、がんばってみるんだ。
それでも、思い知らされてしまう……。
―――ミアは、まだ十三才の女の子だから。
戦いの力は『空の女王』であったとしても、それ以外は普通の子供だ。
友達と遊びたいと思っているし、大好きな『家族』と一緒に過ごしたいと願う。
ちょっとは、妹分を演じてもいるけれど本物の幼さを持っているんだ……。
―――思いついてあげることが、出来やしない。
もしも、賢くてオトナなビビアナがいれば。
もしも、尼僧としての覚醒著しいフリジアがいれば。
何か正しい言葉を、口に出来たかもしれないというのに……。
「無理だ。無理だよ。分かんない……分からないっ!!」
―――限界だった、孤児のさみしさも分からない。
ママを失ってはいるが、ずっとソルジェがいてくれた。
『カール・メアー』のことだって、それほど多くは知らないんだから。
13才の子に、解けるような問題じゃなかっただけのことだ……。
―――当たり前のことだから、しょうがない。
もはや言葉の残響さえ消え失せて、空に欠片さえ遺せない者たちを前に。
ミアが自分の力だけで、してやれることはなかったんだ。
色んな力と強さが抜け落ちて、今はただの仔竜の背に乗る子供に見える……。
―――打ちひしがれて、悔しさで呆然としてしまった。
時間はない、鼻血が出ちゃいそうなほどの集中力を使って時間を伸ばしたところで。
さすがにすべては消え失せて、ミアは子供になった。
だからこそ、ただ一つの答えを選べるよ……。
―――信念も、歴史も。
敵だとか味方だとか、果たすべき義務だとか勝ち取りたい権利だとか。
そんなこと、ぜんぶ子供には関係ないのだから。
泣いて叫びながら、ミアはお願いする……。
「お願い!!女神イース!!この子たちにも、ママの夢を!!」




