第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その三百六十三
―――同じ拍動をする心音に導かれて、ふたりは同じ解釈をした。
『もうひとつのオルテガ』の広場に、複雑な迷路のように風は交雑している。
その中心から、向かってやや左側だ。
そこは絡み合う風が、空に向かって跳ね上がる『逃げ場』だった……。
「ルルー!!『踏み台』に、突っ込もう!最大、スピードだ!!」
―――笑顔がふたつ、同じ場所を見ていたよ。
女神イースと『彼』は、加速していくルルーシロアの背中を追いかけた。
策謀の気配を感じ取り、離されることを警戒したのさ。
空戦の達人ではないからこそ、背後を取り続けることに執着もする……。
―――追いかけられるが、ミアもルルーシロアも気にしちゃいない。
最大の速度を生み出すことに、夢中になっている。
女神イースは権能を使い、ミアの心を探ろうとしたものの。
『楽しんでいる』という感覚以外に、何も嗅ぎ取ることが不可能だった……。
―――ソルジェに言わせれば、「竜と空を飛んでいるときは敵の存在さえ忘れられる」。
あらゆる竜騎士は、もちろん血みどろの戦いを愛しているけれど。
ただ空を飛ぶという行いそのものだって、何より尊いものだと信じてもいるんだ。
もはや一瞬の信仰だと、女神イースは理解したかもしれない……。
―――空とひとつになろうとしているとき、風を支配し飛翔しているとき。
ガルーナの竜騎士と竜は、大いなる存在を感じているのさ。
それは竜騎士姫などのガルーナの竜騎士たちだとか、アーレスたち竜の血脈だとか。
竜騎士と竜が、空で交わしたあらゆる物語との触れ合いでもある……。
―――壮絶な戦いの日々であり、気高い探求の日々であり。
良きことも、悪いことさえも融け合った偉大な物語だ。
それを、ヒトは『歴史』と名付けている。
ミアとルルーシロアは、数百年に渡る『歴史』を楽しんでいた……。
―――竜騎士姫も、喜ぶだろう。
竜騎士姫の技巧と知識を、継承させた名もなきケットシーも喜ぶだろう。
夏の風を突き抜けて、女神とその眷属よりもはるかに速く竜が飛んだ。
ふたりのひとみは、読み解いた風の謎に飛び込んでいく……。
『女神イース!!攻撃しましょう!!あいつらを、野放しにしてはいけません!!』
『……背後から、撃ち落とすとしよう』
―――飛ぶスピードで負けたのなら、攻撃で速さを補えばいい。
正しい足し算が行われて、女神と眷属が力を組み上げる。
ミアとルルーシロアも、気づいているはずだが。
完全に無視している、それが『彼』には不穏に思えてならない……。
―――自分たちの優勢が、崩れてしまうような予感がしている。
それは何よりも避けたい事実である、急ぎたくもあった。
ゼファーがたどり着いてしまえば、二対一というアドバンテージも消え去るのだから。
焦りが生まれている、『彼』の望みの多くはこれまでも摘み取られてきた……。
―――女神イースがそばにいても、不安を覚えてしまう。
運命に愛された記憶が、あまりにも少ないからだ。
歴史的な聖歌の天才だったのに、得られるはずの名誉は得られなかった。
家族も友情も恋心も名誉も、すべては失われて残っているのは女神への信仰のみ……。
―――恐れを抱くんだ、大切なものは唯一そばに残っている。
もしも、その女神イースを守れなかったらどうしよう。
狂暴で強大な二匹の竜から、守れるのは自分だけなのに。
どう考えても、それだけは嫌だったんだ……。
『女神イースを、お守りするんだ!!絶対に、絶対に、絶対にいいいいッッッ!!!』
―――『ゴルメゾア』の叫びと共に、その歪んだ口が大きく開かれる。
集められたのは魔力であり、祈りの力だ。
この一撃で、ルルーシロアを沈める気だよ。
そのために自らの命が尽き果てたとしても、知ったことじゃない……。
―――自らに残された、命の残りのすべて。
それをこの『火球』に、込めるんだ。
彼らこそが、女神イースのための守護聖獣『ゴルメゾア』。
みじめに打ち捨てられた、あわれな孤児たちの聖なる亡霊……。
『GHAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHッッッ!!!』
―――偽りだったはずの赤い竜が、空にあふれんばかりの歌を放つ。
女神イースを守りたいという祈りと願いは、彼らに偉大な力を与えていたんだ。
『グレート・ドラゴン』の全霊の『火球』に匹敵し、あるいはそれ以上の力が成立する。
何故ならば、この歌には女神イースの加護も与えられていたからだ……。
―――企みさえも、神速の攻めで破壊してしまえばいい。
レナス・アップルは、そう信じていたんだ。
女神イースとのつながりに、大きな慰めとやさしさと充足を感じながらね。
女神のために生きた、それこそがまぎれもない彼らの真実の歴史だ……。
―――黄金にかがやく『火球』は、まるで彗星のように。
加速していくルルーシロアに、またたく間に迫った。
たとえ命中しなくても、問題はないと信じる。
『地上すれすれに飛び込んだのなら、地上ごと爆破してやれば巻き込める』のだと……。
―――そうだ、その計算も実に正しいものだったよ。
彼らは、正しい答えにたどり着いてみせたんだ。
だけど、正しさがいつも勝利するとは限らない。
この空に刻んだ歴史において、ストラウス家と相棒たる竜ほどの力はなかった……。
―――『風の変数』が教えてくれた、『風の踏み台』。
ミアを乗せたまま、ルルーシロアはそこに突っ込んだ。
『もうひとつのオルテガ』の広場に集められ、反発し空へと向かう突風。
そいつを広げた大翼で、掌握しにかかる……。
―――「速さは抵抗に変換される、大きく翼を使いなさい」。
「空での戦いに必要なのは、わずかな角度なのだから」。
「速さがあれば、ちょっとした軌道の変化も大きさを持つ」。
「あとは、信じなさい。竜と、ストラウス家の戦いを」……。
―――書き記した、竜騎士姫が『歌喰い』に存在を消されてしまったあとでも。
竜騎士姫の歴史を蘇らせるのだ、『侵略神/ゼルアガ』の権能に挑み続ける。
竜騎士姫の名前を継いで、アーレスと名を変えたザードと共に。
血みどろの戦場を飛び回り、失われたはずの歴史に挑む……。
―――「二度と、神さまにも奪わせたりしない」。
「見つけ出した欠片で、紡いだ記憶」。
「名前も思い出せない、お姉さまの物語こそが……」。
「お姉さまの家族を、いつまでも守り抜くの」……。
―――主にならい、自らの名前を歴史に残すことはなかったケットシーがいた。
彼女の願いと執念は、ここに受け継がれている。
ミアがルルーシロアにブーツで教え、ルルーシロアは最高のタイミングで羽ばたいた。
飛翔の角度は即座に変わり、『彼』の『火球』は当たらない……。
『避けたところで、爆破の力で―――――――』
―――『風の踏み台』は、驚くべき変化を与えてくれる。
それはまるで、『時間が戻っていくかのような動き』だったんだ。
過去へと遡るように、地上スレスレにいたはずのルルーシロアが上空に移動する。
物理法則の限界に近しい、急上昇を『風の踏み台』は与えてくれた……。
―――ルルーシロアの全身の骨格が、ギシギシと痛ましく音を立てるけれど。
地上を爆破しながら広がる強烈な『火球』の威力から、どうにか逃げおおせる。
いや、『火球』の爆風さえもルルーシロアの翼は上昇のための力に吞み込んだ。
速度を殺した急上昇のはずだったけれど、その速度はこの爆風で補え切れる……。
「踊るよ!ルルー!!」
『おちるなよ!みあ!!』
―――シンクロする心音が、意志を融け合わせていく。
夏の空の高み、透明が混じる青さのなかで。
ルルーシロアは、ひねりながら宙返りをした。
移動先の予測を幻惑し尽くす飛び方であり、女神イースさえもこの動きは読めない……。
―――「当然だ。これこそが、ストラウス家の飛び方」。
「竜騎士姫の、技巧の神髄」。
「竜騎士と竜は、いつでも神殺しの力を持つ」。
歴史に残ってはいないけれど、歴史を伝えた者は空のどこかで満足していた……。




