第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その三百五十四
「やれ、ゼファー!!」
『らじゃー!『どーじぇ』!!』
―――強力無比な、竜の牙が『ゴルメゾア』に襲いかかった。
その胴体に噛みついて、骨を嚙み砕き肉を引きちぎりにかかる。
爆発するみたいな音が響き、『ゴルメゾア』の骨格が割れていたよ。
それに大量の肉も、あっさりとその巨体から奪われていたんだ……。
―――血が吹き上がり、『もうひとつのオルテガ』が浮かぶ空を赤く汚す。
この一撃は、間違いなく致命的なものだった。
胴体の一割近くが壊されたなら、不滅の再生能力が健在でない限り死は不可避。
ソルジェのしたかった実験にとって、これは必要な準備だった……。
『お、おのれええ……ッ。ソルジェ・ストラウス……りゅ、竜うう……ッ。お前たちなんて、嫌いだ……大嫌いだ!!』
「そうか。初対面のハズだが、嫌われるのも戦士の役目だ。名誉と考えて、受け止めてやるとしよう。女神イースの手下よ」
『ちょ、調子に乗るな……女神イースの使徒である『ボク』たちを、軽んじることは許されないぞ……ッ』
「だったら、どうするんだ?」
―――冷酷な目を、『彼』は見たよ。
『彼』には嫌いなものがたくさんあるけれど、男は大嫌いだ。
『彼』をひどい目に遭わせた『人買い』や、彼を買って犯した金持ちも男だから。
恨みは深く、死んでも『彼』は忘れることなどやれやしない……。
『くたばりやがれ!!男なんかああああああッッッ!!!』
―――ゼファーに喰われかけて、瀕死状態にある『ゴルメゾア』。
それから触手を生やして、ソルジェを打ち据えようと『彼』は望んだ。
『ゴルメゾア』も応えたということは、女神イースは『彼』に信頼を置いているらしい。
触手の攻めを竜太刀があっさりと斬って裂き、ソルジェは無傷のままだった……。
―――腹が立つし、この手痛い失敗で気づかされた。
もはや『ゴルメゾア』のダメージは、あまりにも深刻なんだよ。
ソルジェやゼファーの敵になれるほどの力が、残ってはいない。
冷たく見下ろされながら、『彼』は追い詰められる……。
「それで、終わりか?」
『……う、うるさい!!あきらめると、思うか!?』
「信仰心がいくらあろうとも、肉体は追いついて来やしない。精神力だけでは、どうにもならんこともあるぞ」
『まだ……女神イースのために、働けるのだ―――ぐはああああああああ!!?』
―――ゼファーが再び、『ゴルメゾア』に噛みついていた。
破壊はより深刻なものとなり、『ゴルメゾア』の体からさらに力が抜けていく。
弱々しく衰えた敵を見下ろしながら、ソルジェとゼファーは悟った。
自分たちの勝利は、絶対に揺らがないと……。
―――その余裕ぶった視線に、『彼』は苛立つのさ。
商品扱いするような目と、どこか似た要素があったからね。
人身売買にソルジェは興味がないけれど、勝者の目つきはよくするから。
敵を見下ろすときの瞳には、敬意もあるが余裕もあるものさ……。
―――『彼』は、レナス・アップル本人とは言えない面影だけど。
よく本人を再現してはいて、何とも『彼』らしく感情的に暴れ始める。
ゼファーの拘束を、振りほどいてしまいそうな底力だった。
死を恐れているわけでなく、軽んじられるのが嫌ってことだね……。
「そういう態度は、気に入ってやれるぞ。お互いに、選んだ『正義』は違うが……お前は見事なまでに戦士だ」
『う、うるさい!!殺す、殺す……殺してやるんだ!!』
「どうやって?もう、あきらめて楽になれ。リスペクトと共に、死を与えてやれるぞ」
『あきらめるなどいう選択は、あるはずないだろッッッ!!!』
―――必死になれば、考え始めるものだ。
荒ぶる感情のすべてを制御できなかったとしても、問題はない。
戦場は単調だから、やれる行いも少ないんだ。
考えるまでもない、『戦いを継続する方法はおそらくひとつだけ』だから……。
―――必死なレナス・アップルは、気がついた。
女神イースの役に立つため、まだ戦い続けるための方法がないかと考え抜いた結果だ。
この戦場に、利用できそうなものがひとつだけある。
それを見てしまう、ソルジェとゼファーの死角に位置した目玉を使ってね……。
―――それは、思惑の通りに使えそうだった。
完璧な状態と言うにはほど遠いものだが、現状では多くを望めない。
運命が尽き果てる前に、試みる必要があった。
ソルジェの魔眼が、その目玉の動きも把握していたことに『彼』は気づけない……。
―――魔眼で巨体を透視して、リアクションを探っていたのさ。
それが現れるとすれば、おそらくこちらから死角となる目玉だと予測していたよ。
心を読めるわけではないけれど、戦場で選べる行動は少ないからだ。
猟兵の知識から無傷でいられるなんて、考えるべきじゃない……。
―――『彼』は、迷わなかった。
残された力を、これからの数秒に使い切る道を選ぶ。
いい度胸だと、ソルジェは感心したはずだ。
とにかく『彼』は、最後のあがきに打って出る……。
―――ゼファーがさらなる牙の攻めを、叩き込もうと首を持ち上げた瞬間だ。
『ゴルメゾア』の巨体を波打たせ、自らを踏みつけて固定する蹴爪から逃げる。
蹴爪に身を裂かれながらだったけれど、それは無視していい傷だった。
生き残りたいなど考えておらず、ただただ女神イースの力と勝利を信じている……。
『女神イースを、助けるんだッッッ!!!』
―――忠誠心であり、信仰心である。
レナス・アップルは、心の底から女神イースを求めていたんだよ。
誰よりも神のご加護が必要な立場のひとりだったし、真の宗教戦士だ。
『ゴルメゾア』は引き裂かれ血まみれになりながらも、『それ』へと這い寄った……。
―――もちろん、滅びかけていた『繭』にだ。
魔力も生命反応も失いつつあるけれど、魔眼と『彼』には見えている。
まだ、その内部にある仕組みが弱々しくも機能していることをね。
それを頼ると、ソルジェは期待していたんだ……。
―――このまま放置しておけば、『繭』は死滅するだろう。
だけど、『ゴルメゾア』に『寄生』すればどうだろうか?
ソルジェには経験がある、『肉縫い蟲』だとか『骨接ぎ蟲』との遭遇がね。
それらは『治療に特化した蟲』なんだ、『蟲』は役割分担を好むのさ……。
―――『繭』は、ヒトの肉体を素材にして神さまを創ってみせた。
それが持つ再生能力だとか、あるいは命を作り変える能力は高いものだろう。
『繭』の残骸は、『ゴルメゾア』を治療するかもしれない。
それを期待しているわけではなく、『繭』そのものを生かす結果を期待していたんだ……。
―――試すべき価値はあるんだよ、何せ他の道を思いつかなかったから。
ソルジェも死なせたくはないのさ、メダルド・ジーのことを。
悲しませたくもない、ビビアナのことを。
そんな状況になったら、ミアだって泣いてしまうから……。
―――甘くはあるから、ガルフ・コルテスは苦笑するかもしれない。
猟兵らしくない甘さだと、彼は考えたあとで。
おそらく、考え直すだろう。
『大魔王』とすれば、それでもいいのだと……。
―――ガルフは誰よりも、知っていたからね。
傭兵という立場には、限界がある。
戦場の霊長になったとしても、それだけではソルジェには足りない。
ガルーナ王になるのであれば、苛烈さだけでなく徳もいるのさ……。




