第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その三百五十
『メダルド・ジーを、取り戻したがるなど……そのために、祈るなど。何を考えているのか!!あいつは、『人買い』なんだぞ!!どれだけ多くの人生を破壊したのか、分からないのか!?』
「だが、悔い改めていた!!そ、その……いいヤツになったのだ!!ビビアナのためにでもあるだろうし、周りの者たちのためでもある……聞いていたハナシと、私が見たメダルド・ジーは、違っていた!!」
『お前の主観などで、現実が変わるとでも!?私はな、分かっている!!そんなのは、すべて、まやかしだ!!』
「ち、違う……っ。ヒトは、複雑なんだ。悪人でありながらも、善良なコトもする。善人でありながらも、悪しき選択だってしてしまう……」
『だからこそ、罰しなければならない!!』
「だからこそ、許すべきではないのか!!」
―――『正義』の敵は、いつものように異なる『正義』だったよ。
フリジアの『正義』も、レナス・アップルの『正義』も引き際を知らない。
ぶつかり合いたくはなるが、戦闘をするわけにもいかなかった。
フリジアは弱っているし、『ゴルメゾア』も無限の生命力は持っていない……。
『どうして、『人買い』を庇おうとするんだ!!』
「ビビは、父親を取り戻せる!!」
『ない!!あるはずが、ない!!』
「ないとは、どういう意味だ!?」
『あいつら『人買い』なんかに、残酷な外道どもに!!救われる道など、あるはずがないんだ!!どれだけ酷い目に遭わされたと、思っている!?』
「そ、それは……」
『親を殺されて、性器まで削ぎ落とされた……犯されて、オモチャにされて、道具で、商品で……ッ!!』
「レナス……お前の、苦しみも、ちゃんと分かっている」
『分かっていたら!!お前は、裏切ったりしない!!分かっていないから、『カール・メアー』を捨てられるんだ!!』
―――痛みというものは、固有の感覚だよ。
当人にしか、実際の痛みを感じられない。
どんなに傍にいたところで、どんなに親身になろうとしたところで。
結局は想像の産物でしかなく、それが真実の痛みに匹敵するなんてはずもない……。
―――痛みは、まるで不可侵な聖域のようなものだった。
他の誰にも、『彼女』の痛みの真実までは伝わりはしない。
それを『彼女』も知っているはずなのに、こうして訴えている理由もある。
フリジアに伝えたがっているからだ、『彼女』の理想の体現者にぶつけてみたいんだ……。
―――壊されて穢された『彼女』からすれば、フリジアは輝いて見えた。
才能はともかく、その存在そのものがね。
誰よりも純度の高い、『カール・メアー』の申し子。
それがフリジアの持っている真実のひとつ、あこがれて嫉妬しないはずもない……。
―――『カール・メアー』に『人買い』どもの手から救われた『彼女』からすれば。
『カール・メアー』らしさは、すなわち神聖さそのもの。
どんなに望んだところでも、変えられない。
汚れたモノは、理想的な申し子にはなれるはずもないだろう……。
『過去は、変わらない!!絶対の烙印なんだ!!そいつら『人買い』の行いを、忘れようとするな!!目を反らそうとするんじゃない!!しっかりと、そいつらの悪行を見ろよ!!罪深いだろう!!』
「か、変えられないかもしれないが……過去は、変わらないかもしれないが!!未来は、違うじゃないか!!ちょっとずつでも、変えられる!!お前だって、未来が欲しかったはずだぞ、レナス!!昨日よりも、今日よりも、ちょっとずつ良くなっていく未来が!!」
『違う!!そんなのじゃない!!』
「違わない!!過去だけを、見るな!!」
『過去の大切さを分からないくせに!!家族に必要ともされなかったお前に、過去がどれだけ大切なのか、重みがあるものなのか、捨て子なんかには分からない!!』
―――必死な言葉には、鋭くて大きな牙が生えているものだよ。
噛みつかれてザクザクと、フリジアの心が傷つけられていく。
理想的な『カール・メアー』の申し子も、ただの捨て子だ。
親からさえも必要とされなかったのが、フリジア・ノーベルの真実のひとつ……。
―――知らないことは、与えられずに持っていなかったものは。
想像するしか出来なくて、そんなものはニセモノでしかない。
理想的な虚構では、つつましい真実にも勝てないものだよ。
フリジアの記憶に、『彼女』の痛みに共感してやれるリアリティはなかった……。
『分からないだろう!!どんな風に、抱きしめられるものか!!背中に回した腕は温かい。抱きしめたあとで、指が、いつだって……私の背中をポンポンと叩く!!やさしくて、ゆっくりで!!聖歌を披露する前に、緊張していたとしても……母さんにそうしてもらえれば、勇気がもらえたんだ!!』
―――レナス・アップルには、両親から本物の愛情が与えられていた。
フリジアには、そういうものはない。
どれだけ、うらやましいと思っても。
ああ、そうだよ『過去』は絶対に変えられないものだ……。
『あんなにやさしい母さんを、『人買い』は殺したんだぞ!!許せるはずが、ないじゃないか!!『ボク』たちが、どんなに幸せだったとしても、あいつらは気にしやしない!!高く売れるなら、奪って売り払う!!抵抗すれば、殺すだけ!!ヒトを、売り物にするような極悪人どものために……『カール・メアー』の巫女戦士が、祈りを使うんじゃない!!』




