第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その三百四十八
―――死んだ孤児たちで編まれた『ゴルメゾア』は、涙に揺れる歌を聞いたようだ。
もはや死者でさえもなく、ただの面影の破片たちに過ぎない孤児たちの残留思念。
聖歌に反応して、女神イースや『ゴルメゾア』を形作るための呪術の産物。
それゆえに、フリジアの聖歌にも感受性を持っていたらしい……。
―ーーソルジェとゼファーと、周りの戦士たちに圧倒されながらも。
『ゴルメゾア』の奥底で、『彼女』の残骸が動いている。
レナス・アップルは、聖歌の旋律の天才だ。
女神から愛された才能に、フリジアの歌は届いていた……。
―――圧倒的に不利な戦いのなかで、欠片のように芽吹いた意識は激痛に叩かれる。
ソルジェの竜太刀の斬撃が、『ゴルメゾア』を深々と傷つけたからだ。
事情を知らないソルジェに、容赦する理由はない。
一秒でも早く、ミアとルルーシロアの援護に向かいたいだけ……。
―――ただし、良い効能もある。
与えられた激痛は、レナス・アップルの覚醒を促進したからだ。
無数の目玉を持つ『ゴルメゾア』、その目玉のうちのひとつが『彼女』とつながる。
ギロリとにらみつけて、殺気をソルジェに向けていた……。
―――凍てつくような殺気ではあるものの、『大魔王』にそんな迫力は通じない。
竜太刀による攻めを畳みかけて、『ゴルメゾア』を追い詰めていく。
連携しているゼファーも突撃していき、再生能力を失いつつある敵を噛みちぎった。
援護部隊の矢も、降り注ぐ……。
―――これは戦場でのことだから、当たり前の状況ではあるけれど。
『彼女』は愚痴をこぼしたくもなる、たったひとりで戦っているような気持ちだからだ。
『孤独』ではあったし、周りを拒むことで自らそれを求めもした。
しかし、『孤独』を愛せたことは一度だってない……。
―――今は、たったひとりで戦っているような気がして。
それは『家族』を失ってからの日々と、とても似ている。
心が壊れそうになるが、女神イースからの指令が奮い立たせてくれた。
『もうひとつのオルテガ』に、行かなくてはならない……。
―――もはや地上で戦うことは、あまりにも不利だった。
無数の戦士たちに包囲されている状況で、撃破されるのは時間の問題。
そうなれば、女神イースを援護できなくなる。
『彼女』は自分がすべき道を理解し、作戦を模索し始めた……。
―――最も厄介な相手は、ゼファーだった。
空に向かうことを、ゼファーは徹底的に防ごうとしている。
フェイントまで仕掛けながら、上空への道を潰しにかかっていた。
下手に飛び上がれば、次の瞬間には地面に向けて叩きつけられることになる……。
―――『ゴルメゾア』の本能的な知恵だけでは、突破は不可能に決まっていたけれど。
今は、『彼女』の知性が欠片ながらも宿っている。
知性はすぐに、正攻法では道など作れない点に気がつけた。
賢い判断だよ、ソルジェとゼファーを出し抜ける方法なんてまず見つからない……。
―――ふたりは苛烈な猛攻で、『ゴルメゾア』を仕留めにかかっているけれど。
あくまでも優先しているのは、逃がさないことだからね。
ガンダラもその意図を理解しているから、援護部隊の指揮も実に的確だった。
この包囲網から逃げ出すことなんて、不可能だ……。
―――マトモな方法では、無理だと分かった。
それは戦術選択の面においてはありがたい痛みであり、より正しい思考の起点となる。
スパイとして活動していた『彼女』は、こういうムチャな状況にも慣れがあった。
『孤独な戦い』を生き抜くために、リュドミナから指導を受けていたのだからね……。
―――非道な方法を、選ぶことに決める。
『ゴルメゾア』に『彼女』は、ソルジェに襲い掛かるフリをさせた。
ソルジェとゼファーが身を守ろうとした瞬間、この巨体は背後にステップした。
ふたりは上空に逃がさないように備えたが、そのせいで『ゴルメゾア』に余裕を与える……。
―――空に逃げるつもりは毛頭なく、ただ地上を走ればいいと考えていたのさ。
ベテランだからこそ起きる、読み間違いだったね。
『ゴルメゾア』にいきなり『彼女』の人格が目覚めたからこそ、起きた結果だ。
ソルジェは二重人格の相手と戦っているような、違和感を覚えていた……。
―――だが、すぐに追いかける。
走り始めたゼファーに飛び乗って、そのまま地上を走る『ゴルメゾア』を追った。
ガンダラたち戦士も、それに続いたけれど。
誰よりも早くゼファーを追えたのは、『曙』に乗るパロムだったんだ……。
「パロム!無理はしないようにしてください!!」
「それこそ、無理ですよ!!」
―――ディアロス族の戦士らしく、ユニコーンの背中でパロムは笑った。
体力は完璧ではないが、呼吸を整えられてはいる。
竜騎士と竜と同じように、ユニコーンと近くにいることで体力の回復も早い。
勇敢な北方の戦士らしく、このふたりも活躍の機会を願っていたのさ……。
―――『曙』が加速し、『ゴルメゾア』の追跡に入る。
すぐに、この巨大な敵が向かっている場所に気づけた。
体力が尽き果てたとき、恨みがましく見つめた方向だったからだ。
つまり、『ゴルメゾア』の向かう先は……。
「女神イースが、出現した場所ですよね、『曙』!」
『ヒヒイイン!!』
「やはり!お前も、戦っていた……ビビアナ・ジーを背に乗せて……フリジア・ノーベルの活躍も、見ていた」
『ブルルルウ!!』
「あ、ああ。ごめん!……勇敢に、お前も戦っていた。見ていただけじゃない」
―――『曙』は、鼻息荒くうなずいた。
自分の名誉を守れたと、考えているらしい。
なんともユニコーンらしいと、パロムは思った。
それと同時に、ふたりは懸念を抱きもする……。
「……フリジア・ノーベルは、そこにいるのでは?」
『ひ、ヒヒイイン』
「です、よね。私たちの援護に、来なかったというコトは……もしかして。まだ、動けなかったのでは!?」
『ブルルルウ!!』
「た、大変です!!彼女が狙われているのかもしれない!!……だって、『カール・メアー』の裏切り者……うちの集落でそんなヤツが出たら、戦の最中でも処刑部隊を出すところじゃないですか!!」
―――裏切りは、とても大きな罪だからね。
裏切りの連鎖を防ぐ見せしめのためにも、すみやかに処刑するのが鉄則だ。
パロムと『曙』は、それを想像して顔を青ざめていたよ。
さすがはディアロスとユニコーン、戦場での勘は冴えている……。
『……人質を、取ればいい。そうすれば、合流するための隙を作れる。女神イースよ、すぐに……貴方のもとへと参ります!!』




