第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その三百四十五
「うあああああああああああああああああああああッッッ!!!」
―――こんなときに、どんな言葉を口が紡げばいいものか。
賢いビビアナにだって、分かるはずもないだろう。
親友を守ろうとしているし、『ルファード』軍と『オルテガ』のためでもある。
ボクたち猟兵や、『自由同盟』のためでもあった……。
―――ビビアナにとって、最大限の意味での『仲間』のために。
本当に多くの命を守るための、悲痛な選択だったよ。
帝国と戦うすべての者たちは、この攻撃に感謝を捧げるべきだ。
どれだけの想いで、ビビアナは叫んでいるのか……。
「や、やめろ……ビビ……っ!やめて、くれ!!」
―――泣いている、当たり前だよ。
最愛にして、最後の『家族』に槍を突き立てているような状況だ。
メダルドの体の一部が残っている『繭』を破壊すれば、おそらく奇跡は消え去る。
叔父を復活させる可能性そのものを、ビビアナは自らの手で終わらそうとしていた……。
―――槍を伝う魔力が彼女の叫びに操られ、破壊の熱となって『繭の怪物』を焼く。
火花が散り、金色の糸は燃えていた。
『繭の怪物』の内部に残存している、ヒトの肉片からは血が吹き上がる。
痛ましい破壊の魔力は暴れるが、金色の糸に絡み取られたフリジアは焼かない……。
―――極めてコントロールの利いた、魔力の奔流だったよ。
『繭の怪物』の動きを止めて、フリジアを助けるにはそれしかない。
100%の殺意を帯びた集中力で挑んでこそ、救出は成し遂げられるだろう。
ビビアナは大粒の涙をボロボロとこぼしながら、叫び続けた……。
「や、やれ!!や、やってしまうんだ!!」
―――シモンは、この攻勢を大喜びしている。
意地悪からではなく、死の恐怖から逃れられるチャンスだからだった。
『繭の怪物』が倒されなければ、シモンは遠からず殺されただろうから。
シモンは悪人じゃなくて、ただのありふれた普通の男に過ぎない……。
―――戦場なんていう極限の場で、他人様に見せられるような姿を保つのは困難だ。
『繭の怪物』に挑む勇気なんて持たないくせに、ビビアナを見ているだけのくせに。
彼は破裂しそうなほどの笑顔を見せつけながら、ビビアナを応援する。
悪気なく、ただ生き延びたくて必死な小市民だった……。
―――誰もが、英雄にはなれない。
男に生まれたからといって、戦場で期待される一人前の男になれるとは限らない。
幸いなことに、シモンの笑顔も喜びに揺さぶられる大声も。
ビビアナとフリジアの必死さの前には、届きもしなかったんだ……。
「や、やめろお……っ。ビビ!そんな、悲しいことをしちゃダメだっ!!」
―――暴れる『繭の怪物』を、フリジアの両腕が抱きしめる。
そうしなければ、この金色の触手がビビアナを切り裂いてしまう危険があったから。
『繭の怪物』はしぶとく暴れて、背後のビビアナを狙っているんだ。
親友を守りたくて仕方がない、やれることも考えられることも他になかった……。
―――『ハーフ・エルフ』の魔力が、『繭の怪物』に死を与えていく。
暴れるしぶとさは消え失せ、死に怯える藻掻きを始めた。
悲鳴が上がった、メダルドの声ではなく先ほど呑み込まれた若者のそれだ。
「痛い、痛い。怖い、怖い」と、悲しい訴えを融けかけの骨が叫ぶ……。
「……ご、ごめんなさい。叔父さま……叔父さま、ごめんなさい……っ」
―――ビビアナには、メダルドが苦しんでいるように感じられた。
事実と異なっていたとしても、そう聞こえる。
罪悪感は、自責の解釈を与えてくるものだ。
本物のメダルドならば、姪を苦しめるような悲鳴を上げなかっただろう……。
―――『繭の怪物』が、ついに動きを止めてしまった。
その場にゆっくりと、崩れ落ちる。
焦げついた金色の糸がほどけていき、戦いでひび割れた石畳に力なく広がった。
フリジアの目の前に、世界でいちばん悲しい顔をした親友がいる……。
「ど、どうしよう……っ。こ、殺しちゃった……お、叔父さまを……殺し、ちゃった……」
―――壊れそうな、いや壊れつつある心がいた。
フリジアはたまらなくなり、かける言葉を見つけられないままでも抱きしめる。
怯えて震える親友の体は、とても細くて弱々しく感じられたんだ。
ずっと支えてあげたくなる、言葉は思いつけないから抱きしめる腕に力を込めよう……。
「ど、どうしよう……ど、どうしよう……っ」
「だ、大丈夫だ。大丈夫だぞ、ビビ……ッ。き、きっと、きっと……きっと……」
―――言葉が、つながってくれない。
フリジアも、すべての事情を知り尽くしているわけではない。
それでも、メダルド・ジーが生贄として消費されたことは分かっている。
『ゴルメゾア』にされた、多くの孤児たちのように……。
―――怪物の一部にされた孤児たちは、元の姿に戻れなかった。
『繭』が、戻るための唯一の方法だとするのならば。
その奇跡の道具も、焦げて崩れて力なく横たわっているのだ。
「きっと……」、それから先に希望的な言葉なんてつなげられない……。
「ああ、あああ……ああ……っ」
「ビビ!ビビ、しっかりしろ……しっかり、してくれ……」
―――そんな言葉をかけることさえも、酷だと思う。
親を殺させたようなものだ、フリジアは自らを責めた。
こんな結末になるならば、自分こそがやるべきだったのに。
一生恨まれたとしても、ビビアナをここまで傷つけさせるよりマシだった……。
「叔父さま……叔父さま……っ。た、助けてあげたかったのに……っ。叔父さまには、帰る場所があるのに……わ、私みたいな疫病神の『狭間』を、本当の家族として、む、迎え入れてくれた方だったのに……私は、私は、わ、わたしは……っ」
―――悲痛な声に、抱きしめるだけしか選べない。
無力なフリジアも、ボロボロと泣いている。
大きな悲劇を前にしたときは、ヒトに選べることはあまりにも少なかった。
青く晴れた空の下、涙はまるで雨……。




