第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その三百三十四
―――ミアたちが『もうひとつのオルテガ』で戦っているとき、地上でも戦いがある。
ソルジェとゼファーが、『ゴルメゾア』を足止めしていた。
だが、その目標は変わりつつある。
ふたりの魔力の流出が止まった以上、足止めにこだわる必要はない……。
「ゼファー、このまま倒しにかかるぞ!!」
『らじゃー、『どーじぇ』!!』
―――敵の戦力を分断し、各個撃破していく。
それは基本的な勝利への方程式であり、今はそれを目指す余力があった。
何せこの場所には、大きなアドバンテージがあるからね。
息を吹き返した大勢の戦力が、『オルテガ』にはいるんだ……。
「敵の権能は、切れましたな!!歩ける者は、私と共に!!団長を……ソルジェ・ストラウスを援護しに行きますよ!!」
「は、はい!!」
「亜人種の戦士は、無理をしないように!!あくまでも体力の回復を優先!!ここで死ぬことはいかなる得にもなりません!!帝国との戦いは、まだ続く!!」
「……くやしいですが、オレたちは……まだ、動けない……っ」
「次の戦いに備えればいい!!我々に必要なのは、戦力を維持することだ!!動ける者だけが、私に続いてください!!」
―――さすがはガンダラ、その一言に尽きるよ。
彼も亜人種であるし、最も長く女神イースと戦った者のひとりだ。
当然ながら、体力は疲れ切っているというのに。
その様子をまったく見せないところが、彼らしい……。
―――亜人種の戦士たちは、ガンダラを尊敬した。
彼のように立ち上がたいと願うが、彼の命令が行動に制限をかけてもいる。
次に備える、いかにもガンダラ的な言葉にね。
無理をして死ぬのは、非効率だという認識を若者たちに与えられたのは幸いだ……。
―――功名心に焦る若者は、死にたがりになるかもしれないからね。
不安を抱えると、ヒトは脆い。
焦ると、足もとをすくわれるかもしれない。
ガンダラは誰よりも女神イースがもたらす『副次的な被害』を、警戒していたよ……。
―――死にかけた状態で、竜を模倣した巨大な魔物に向かったところで。
こちらの被害が、拡大するだけに終わるだろう。
それだけでなく、利用されるかもしれない。
ガンダラは良き観察者であり、この戦場の誰よりも賢かった……。
「……あの怪物そのものが、魔力を吸い上げる装置かもしれませんからな」
―――『ゴルメゾア』に殺された者が、女神イースの供物になる可能性。
それをガンダラは見抜いていたよ、動けないときにさんざんアタマを使ったらしい。
女神イースが『ゴルメゾア』を呼び寄せた理由に、護衛以外がある可能性をね。
典型的な可能性のひとつが、女神イースへの供物の提供だ……。
「あの女神に、こちらの戦士たちの魔力を吸わせては本末転倒。援護どころか、足を引っ張る結果になるかもしれませんからな」
―――あくまでも冷静に、状況を有利に導く。
それが『パンジャール猟兵団』の副官、とくにガンダラの使命でもあるのさ。
『ゴルメゾア』の正体についても、彼の分析は進んでいる。
ヒトを素材にして女神を作ったなら、あの怪物も同じようなものだと予測した……。
「あれほどの強大な怪物を作る方法が、そう多く転がっているはずもない」
―――結局のところ、これは『ギルガレア』のもたらした騒動の終幕だと判断した。
『ギルガレア』の『蟲』の力により、多くの怪物が作られていたからね。
『カール・メアー』が、それを利用したことをガンダラは悟っている。
これは政治利用すべき、敵の混乱であることも……。
「イース教の、暴走。ユアンダートには、あまり気持ち良くのない政治的スキャンダルですからな」
―――利用し尽くすと、決めている。
こういう政治的な戦略は、ガンダラには自分が考えるべきだという自負があった。
帝国という巨大な組織の国教にされた、イース教。
その組織が『異教』の力を使ったことは、皇帝の掲げた方針への裏切りだ……。
―――ガンダラは、それを利用するために『ゴルメゾア』のもとに向かいながら。
数人の若者たちを呼び寄せる、彼らはみんな詩人たちだよ。
情報戦について、ボクたち『パンジャール猟兵団』は詩人を利用してきた。
『ルードの狐』でもある、このボクこそが代表的な要員だけどね……。
「女神イースが、『カール・メアー』によって復活したことをウワサとして広めなさい。異端審問官でもある彼女たちが、異教の力に手を染めて、それを成したことも」
―――戦闘だけが、戦いじゃない。
『アルステイム/長い舌の猫』の友人たちが、やっているようにね。
情報戦で帝国を混乱させ、その戦意をくじく。
ガンダラはいち早く、『オルテガ』の現状を広める必要があった……。
「ソルジェ・ストラウスと、竜によって倒されたとも伝えなさい。女神イースが、倒されたと……実際には、まだ倒されてはいませんが、これからすぐに倒されますからな」
―――詩人たちのネットワークは、かなりの優秀さを誇る。
帝国軍そのものも、おそらく利用してくれているからね。
彼らが記事めいた誌を作り、それを各地に伝書鳩で飛ばしてくれたなら。
帝国軍は、『オルテガ』で起きた異常な事件のあらましを知るだろう……。
―――そうなれば、必ずや混乱する。
『カール・メアー』はユアンダートの懐刀ではあるが、嫌われ者だよ。
『血狩り』の対象は、亜人種だけでなく帝国軍人そのものにも使われるのだから。
『カール・メアー』の失脚は、大きな政治的力学で帝国軍を揺さぶれるはず……。
―――『オルテガ』を再侵略するための部隊の、大きな足止めになるかもしれない。
道すがらガンダラは思い知らされているからね、若く血気盛んな戦士たちの疲弊を。
亜人種の戦士たちの顔色は、まだ悪いままだ。
魔力が多少戻っても、あらゆる内臓が機能不全だったのだから……。
―――可能な限り、『次の戦闘』を遠ざけたいと願うのは当然だよ。
もしも、今この瞬間に敵が雪崩れ込んで来たら大敗は必至だ。
こちらは負けるわけにはいかない、勝利を続けるしか勝ち筋はない。
副官らしく、悩ましい時間を過ごしている……。
―――そんなガンダラのそばから詩人たちが離れた瞬間、ひとりの少女が目に入った。
パロムが、息を荒げながらもそこにいる。
立ち上がり、『曙』に支えられつつガンダラに合流した。
さすがはディアロス、誇り高い北方の戦士だね……。
「ガンダラ殿と、お見受けいたします!『ストラウス商会』の社員、パロムと『曙』、今ここに合流しました!!」
「立っているだけで、やっとのようですが……ついて来なさい」
「は、はい!ありがとうございます!!」
「ディアロス族のガンコさは、よく知っていますからな。休んでいなさいと言って、聞きはしないでしょう」




