第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その三百三十三
―――ルルーシロアの巨体が、『もうひとつのオルテガ』に飛び込んだ。
重力の逆転が起きるが、彼女は上手に対応していたよ。
ミアが『回転/ロール』しろと、重心移動で物語っていたからだ。
ルルーシロアはその提供を、受け入れている……。
―――言葉も大切だけれど、行動はもっと手っ取り早いときもあった。
提供という概念も、相互理解のコツではある。
自分をどれだけ差し出しているか、ということさ。
ミアは身を捨てるように動いたから、ルルーシロアは信じたし同意して動けた……。
―――ミアが危険な乗り出しをするから、価値があったんだ。
一歩間違えれば、空中に落ちてしまうはずなのに。
ルルーシロアは、いつものように試したがる。
差し出せたものが多いほど、竜らしく犠牲に報いようとするのさ……。
―――それは竜の理性より、原始的な本能だった。
強者は搾取をするし、支配もするし尽くしてもらえるものだが。
弱者から得たものに、施しで報いる。
気高さと傲慢さの合わせ技みたいなもので、支配階級の理想のひとつさ……。
―――反転する重力は、かなり不思議な感覚だったはず。
竜の三半規管が優れていたとしても、ミアからの誘いがなければ戸惑っただろう。
だが、ルルーシロアは完璧にこの変化に対応できた。
間違いなくミアのおかげだが、礼を口にすることはない……。
―――女神イースの厄介すぎる権能、それを無効化する方が先だ。
ルルーシロアは知覚を集中させて、女神イースを観察する。
権能の力学を感じ取ることは難しいが、魔力の流れは分かるからね。
女神イースに向けて、自分の魔力が流れて行かないかを探った……。
―――結論から言おう、猟兵の読みは正しかったよ。
魔力の流出は、完全に無くなっていた。
女神イースに向けて、あらゆる魔力は吸い込まれていない。
この空間は、彼女を退治するには理想的な空間だ……。
『ここなら、おまえは……さいせい、できない!!』
―――ニヤリと残酷に笑いながら、ルルーシロアは長い首をしならせる。
女神イースを牙の檻のなかに、いつまでも囲っている気はないのさ。
かなりリスクが高いからだし、もはや『これ以上運ぶ必要もない』のだから。
女神イースが『もうひとつのオルテガ』の街並みに向け、投げつけられる……。
―――それは素直な投擲になり、ルルーシロアは眉間にしわを寄せた。
女神イースが反撃するか、少なくとも空中で踏ん張ると予想していたからだ。
その反撃に合わせて、自分の攻撃を食らわせてやろうと考えてもいたのに。
それらを、女神イースは予想していたようだ……。
―――街並みを構成する城塞のひとつにぶつかる直前まで、彼女は動かない。
衝突寸前にようやく身をひるがえし、城塞に背中をつけるような形で静止する。
壁を背負った女神イースには、どこか余裕めいた風格があった。
まるで、待ち受けているかのような態度だったね……。
『あ、い、つ……ッッッ!!!』
「ルルー、怒らないの。女神イースは、竜に対しての知識を持っているってコトが分かっただけでもいいじゃない」
―――『カール・メアー』の知識のなかに、竜対策の方法もあった。
それも、かなり具体的な情報がね。
ルルーシロアの、というより。
竜と竜騎士がやりそうな戦術、それに完璧な対処をした……。
『りゅうに、おびえている!!』
「私たちに、ビビっているの」
『なんであれ、やることは―――』
「―――うん。もちろん、速攻だ!!」
―――竜と竜騎士らしく、牙を剥いて笑顔になった。
ルルーシロアは、女神イースに向かって真っすぐ飛ぶ。
空に作戦なんて叫んだせいで、あっさりと予測された。
ああ、もちろん『罠』だよ……。
―――女神イースが、赤い翼から無数の羽根の弾丸を放ったけれど。
もちろん、それをふたりは読んでいた。
速攻だと叫んで『教えた』のが、『罠』だ。
女神イースにこちらの行動を告げ、『あえて撃たせてみせた』だけのこと……。
「弾丸が、くる!!」
『こんなものに、あたるものか!!』
「……うん。それに、大事なのは……」
『すぐに、はんのうしたな!!』
―――この鋭すぎる反射速度が、彼女の弱体化をふたりに予想させた。
噛み潰されても死なないような、無限の生命力。
もはや、あれは消え失せてしまったのだとルルーシロアは確信した。
ミアはまだ疑ってはいるけれど、この『探り』の結果には満足を得たよ……。
「あいつ、戦い方が変わった。たぶん、弱くなっている」
『すぐに、ぶっころしてやるよ!!』
「うん。大胆に、突っ込むのでいい。ルルーと私のやり方に従おう!!」
『わたしだけの、たたかいかただッッッ!!!』
―――女神イースに選んだのは、接近戦だよ。
城塞を背にしていようが、ルルーシロアは気にしない。
加速して、回避を煽った。
こちらから壁に突っ込むような形だが、巻き添えにして潰してやればいい……。
―――避けなければ、そのまま蹴爪を叩き込んで破壊される。
女神イースの現状を把握するには、いいプレッシャーだ。
女神イースは防御でも迎撃でもなく、今度は回避に徹した。
いかにも消極的で、『守備』的な応対だと言える……。
「……まだ、時間稼ぎをしようとしている。ルルー、魔力は?」
『すわれては、いない!!』
「そっか。それなら……あっちの狙いは、ひとつだけ」
『あの『にせもの』が、ごうりゅうするのを、まっていやがる!!』
「……だろうね。城塞の入り組んだ場所を飛び回っている」
『おいついて、すぐにころしてやる!!』
―――ミアは、うなずいた。
ミアもルルーシロアも、『攻撃』的な性格の戦士だ。
自分たちのスタイルに合わせて行動する、それは自然な選択だからね。
あちらの作戦を、速さと早さと崩してやるのも『守備』の攻略法として正しい……。
「女神イース!!あの『護衛』は、来ないよ。あの悲しい子供たちは、お兄ちゃんとゼファーが足止めしてくれているもん!!」
『……『ゴルメゾア』は、責務を果たす』
「もう、あの子たちを利用しないで!!」
『聖なる任務に、命を捧げると……あの子たちが誓ったのだ』
―――『ゴルメゾア』の部品となった、孤児たちの死体。
それはまだ呪いに囚われ、聖なる義務に突き動かされている。
最後の最後まで、究極的な献身にすべてを捧げるつもりでいるらしい。
この戦いが持つ、悲しい側面のひとつだったが……。
「悲しいね。死んだあとでも戦うなんて。でも、悲しいからこそ。今度こそ、完全に終わらせてあげるんだッッッ!!!」




