第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その三百二十九
『警戒して、いたのに……ッ』
『しった、ことかあああああああああッッッ!!!』
―――怒れるルルーシロアは、女神イースを噛み潰そうと力を込める。
ミアの命令を、聞いてしまったような形となった事実に腹立たしさを感じていた。
それと同時に、どこか安心も得ているのさ。
海に消えたレイチェルの指摘した通り、ミアを心配していたんだよ……。
―――誇り高い彼女は、それを素直に認めることはない。
このイライラを叩きつけるための、丁度いい相手が口のなかにいるのなら。
徹底的に、ぶつけてやればいい。
亜人種の戦士たちの歌声も、覚えている……。
―――消えていく心音に、遠ざかる気配。
自分を讃えてくれた者たちに訪れた、戦わずして与えられる死の衰弱。
そんなものを、気高い空の女王が受け入れられるはずもない。
すべての元凶に対して、偉大なるあごの力を使うのみだ……。
『わたしを、いらつかせ……わたしを、こんらんさせる!!おまえが、わるいッッッ!!!』
『……赤い竜、か。あの幻視の……』
『ちがう!!!わたしは、しろいりゅうだッッッ!!!』
『う、ぐ、あ、あああああッッッ!!?』
―――女神イースの屈強な肉体が、噛み潰されていく。
どれほど頑丈であろうとも、どれほど強大な権能があったとしても。
シンプルで原始的な筋力には、押し負けてしまう。
『グレート・ドラゴン』は、かつてと同じように神さまよりも力強い……。
―――アーレスも証明している、竜は神殺しだってやれるとね。
女神イースの赤い翼が牙に裂かれて、おびただしい出血が爆ぜるように空を汚した。
引き裂かれていく女神を見上げながら、地上の戦士たちは恐怖と感動を強いられる。
ルルーシロアの恐るべき強さに対して、ヒトはそれぞれの意見を持って当然だよ……。
「あ、あれが竜……っ」
「しかも、赤い!?」
「あのときの、夢の……!?」
「『狭間』の子が乗っていた、あの竜なのか!?」
―――赤い血まみれの姿は、また誤解を招いた。
だが、今のルルーシロアは彼らの言葉を雑音だと判断する。
今この瞬間に成すべきことは、ただひとつだけ。
口のなかにいる『強敵』を、仕留めることのみさ……。
―――噛み潰されて、引き裂かれてはいる。
だが、その筋肉も骨も細胞も。
異常な動きを見せて、何かを狙っていた。
女神イースは自らの血に染まった顔を動かして、ルルーシロアをにらむ……。
『……つい遅れを取ってしまったが、いつまでもいいようにはさせない』
―――ルルーシロアの巨大な牙に、裂かれた翼と腕が絡みついた。
ミンチになりかけだったはずの女神の肉体が、ロープのように巻きついていく。
拘束して、そのあげくに締め上げてもいく。
単純な筋力と体重ならば、圧倒的にルルーシロアの勝利のはずだが……。
―――こうも器用に絡みつかれてしまえば、あごは閉ざされたまま固定する。
その閉じたあごのあいだを、するすると女神の肉が動いていた。
牙の鋭敏な知覚を通じて、ルルーシロアはこの敵についての情報を知ったよ。
無数の魔力が融け合っているし、その数は増えていく……。
『ひとの、いのちを……っ』
『吸い取っている。捧げてもらっているのだ。世界の平穏のために。獣ごときには、分かるまい。この犠牲の、尊さなど』
『ばかに、するな!!』
『怒りを捨てよ。お前との……いや、お前たちとの戦い方など、とっくに考えている』
―――『ゴルメゾア』が、対象を変えた。
ソルジェを追い回すのではなく、ゼファーに向かって空に飛び上がっていく。
ルルーシロアと連携しようと接近していたゼファーを、おぞましい巨体で遮るためにね。
その目論見は成功し、竜たちの即席の連携は成り立つ前に破綻してしまっていた……。
『じゃまを、するなら……おまえから、たおしてやればいいッッッ!!!』
―――ゼファーと『ゴルメゾア』が、空中で衝突する。
牙と牙をぶつけ合わせるようにしながら、力比べを開始した。
互角の力だったよ、ゼファーもルルーシロアとの戦いで疲れている。
女神イースは自らの護衛の仕事を見つめながら、潰された肉体を動かした……。
―――竜だって、生き物だからね。
鼻の穴と口を閉ざしてしまえば、呼吸困難になると考えている。
もちろん、その判断は正しい。
ルルーシロアの出血状態も考えれば、スタミナ狙いは実に正しい判断だった……。
『あの老人の考えが、こちらを操ろうというのかもしれないな。だが、すべては使いようだ。この身を毒する思考であったとしても、武器にはなる』
―――空中で羽ばたきながら、呼吸を止められている。
それはいくら竜でも、大きな負担となった。
身を浮かせていられる海中とは異なり、空では飛び続ける必要があったからね。
ガルフのような発想ではあるけれど、こっちはガルフの正統な後継者たちだ……。
「ルルー!!城塞に、叩きつけるんだ!!」
『さしず、す、る……なああああああッッッ!!!』
―――ミアが戦場を駆け抜けて、複雑に入り組む『オルテガ』の城塞へと飛び乗った。
誘導しているのさ、そこなら周りに誰もいない。
誰かを巻き込むこともないまま、地上に降りられる。
まあ、いわゆる『墜落』という形であったとしても空で窒息するよりマシだ……。
―――ルルーシロアの巨体が、城塞を踏み潰すような勢いで地上に落ちる。
首を振り上げて、城塞目掛けて顔に絡みついた女神イースを叩きつけた。
城塞にすり潰されながらも引き裂かれ、女神イースの赤い翼が飛び散った。
口が解放され、ルルーシロアは新鮮な空気を吸い込める……。
『はあ、はあ!はあ、はあっ!!』
『息が上がっているな、獣よ。連戦の疲れか?』
『……にせものと、つながっているのか』
『そうだ。見ているとも。竜同士で戦い、死にかけた』
『しにかけてなど、いない……ッ』
『強がる必要はない。お前は、すでに我が術中に落ちている』
―――賢いルルーシロアは、その言葉で理解した。
連戦の疲れは確かにあるが、いくら何でも疲れるのが早過ぎたことに。
つまり、この疲れには別の原因があった。
亜人種たちだけでなく、人間族だけでなく……。
『ああ。竜からも、魔力を吸い取っているぞ』




