第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その三百二十八
―――ミアの『笑顔』には、明らかな残酷さがあった。
子供そのものの純粋さと、戦場の霊長である猟兵のそれだ。
「可能な限り、仲間を助ける。これは戦場における最大の鉄則だぞ」。
「そう。とても硬くて、とても冷たいルールということだ」……。
―――「『どうあがいても助けられない仲間なら』、『ちゃんと見捨てろ』という意味だ」。
「そういう仲間のために死ぬことも、危険を冒すことも必要もない」。
「そいつらは死の運命にあったと思い、利用してやれ」。
「敵が利用しようとするのなら、それを逆手に取ってお前こそが利用してやるんだ」……。
「わかってるよ、おじいちゃん」
―――「いい子だ。猟兵は戦場の霊長だ。とてもおっかない獣だ」。
「ソルジェがやれないときは、お前がそれを実行する必要もある」。
「お前は、『守備』には向かない」。
「お前こそが、最強の『攻撃』の使い手になるんだぞ」……。
―――ガルフの膝の上で、白獅子のルールが教え込まれていく。
それは恐ろしくもあり、とてつもなく正しい。
つまり、現実的な考えということだよ。
ミアはちいさくて可愛らしい、女の子だからね……。
―――「知恵を使え、残酷さも使え」。
「敵も環境も、そして必要ならば仲間さえも使いこなせ」。
「そういう生き物に、お前は生まれ変わっていく」。
「戦場の支配者に、なるんだぞ」……。
―――血まみれの戦場跡地を、白獅子は孫娘と共に歩いた。
転がる死体を指差して、彼らが『死んだ理由』を教え込んでいく。
「あいつらは愚かにも、実力を見誤ったから死んだ」。
「右を見てみろ。包囲された友軍を助けられると思い込んだのが間違いだ」……。
―――「隊列を維持することを忘れ、勇敢にも友軍救出のために突出しやがった」。
「勇敢さは好ましい。挑戦も、正しい」。
「だが、負けてしまえばこうなる」。
「『助けられない仲間』のために死ぬことは、勇敢ではあるが無益だ」……。
―――「『ちゃんと見捨てる』、その選択をしないとこんな失敗をする羽目になる」。
「勇敢さは偉大だが、それを超える理性もあるんだ」。
「覚えておけ。こいつらの死は、教訓として供養してやらねばならん」。
「最も『効率的な行い』をする、それが『攻撃』のコツだ」……。
―――ミアはガルフの言葉を、いつだって信じている。
何せ戦場についての彼の知見で、間違っていたことはひとつとしてないからね。
どれだけ多くの戦場を生き抜けば、あれだけの知識と経験値を得られるのか。
白獅子ガルフ・コルテスは、戦場で無数の死者を研究して猟兵の祖となった……。
―――女神イースの権能に探られるミアの心のなかで、ガルフが『笑う』。
あちこちにガルフがいて、ミアに猟兵の戦術を伝授していた。
「戦場に、多くを期待し過ぎてはいけない」。
「強者であっても叶えられる願いは、ほんの一握り」……。
―――普通の老人と孫娘のように、笑顔でいっしょに歩いていく。
戦場の死体の山のなかを、まるでピクニックでもしているかのような気軽な歩調で。
怨念に固まった死体の顔、それを指差しながら知識の伝承は行われる。
「ほうら、あれを見ろ、ミア。あいつらもドジった連中だ。真似はするなよ」……。
「うん。知ってるよ、おじいちゃん」
―――凶悪な老人ではあるけれど、ミアに対しては教育熱心だ。
パズルやカードゲームも使って、知識を教えることもあった。
「つまりは『かけ引き』、戦争というものは『遊び』に似ている」。
「条件に応じて、最適解を目指す。実力と運と、直感と知識を頼りにしてな」……。
―――「だから、どいつもこいつも笑顔で戦争している」。
「死にそうになったり、追い詰められたりしたときは違うが」。
「まあ、ときどきそれでも喜んでいるヤツもいるが……」。
「気にするな。戦場での迷いほど罪深いものはない。それより残酷さの方が罪は軽い」……。
―――酒を呑みながら、暖炉で足を温めているガルフ。
その足のとなりで、ミアはパズルを解いていた。
その当時は幼過ぎて、それが戦術の訓練になるなんてミアは知らなかったけれど。
しっかりと、ガルフは伝授していたのさ……。
『邪悪な、年寄りめ。おぞましい男だ』
―――暖炉の前で酒をあおりながら、白獅子ガルフは冷たい目で女神を見る。
女神の心さえも見透かすような、獣の眼光があった。
「ああ。殺し方、戦争の勝ち方、そういうものを余すことなく教え込む」。
「おかげで、うちの孫娘はアンタにも勝てそうだよ」……。
―――心の迷宮に棲み付いた、白獅子。
それは自動的に、ミアを守る『呪い』として機能した。
「世の中は、アンフェアだからなあ。どんな強敵と出遭っちまうか分からない」。
「そのときのために、教えておく」……。
『孫娘を、自分の道具として洗脳しただけだろう』
―――「解釈の仕方次第で、いくらでも意味も価値も変わるものだ」。
「アンタは分かっちゃいない、ワシがどういう期待を込めて猟兵を育てたのか」。
「すべての文脈を理解するためには、いっしょに過ごす必要がある」。
「『家族』になってこそ、最強の猟兵団となるのさ」……。
―――「それを教えてくれたのは、間違いなくミアだ」。
「大昔は、ワシも違っていたぞ」。
「柔軟性に欠いていて、よく養子のガキをぶん殴っていたんだ」。
「アレは才能のあるガキだったが、こっちも育て方が分かっていなかった」……。
―――「性根は腐っていたから、アレが本物の猟兵になどなれなかっただろうが」。
「その『失敗』があったからこそ、学べたんだ」。
「『家族』というものは、いいもんだぞ」。
「誰よりも理解し合い、そのおかげで幸せと不幸をくれる」……。
―――「『家族』だからこそ、残酷な深さまで互いに傷つけ合うんだ」。
「ワシを残酷な狂人とでも、呼ぶがいい」。
「それでも、ワシはミアを守り、勝利をくれてやる」。
「ほうら、アンタが『怖がっている竜』が来るぞ」……。
『私は、怖がってなど―――』
「―――あなたは聞いていたよね。竜と、お兄ちゃんがいれば、すべては解決するって私が言ったコト」
―――「アンタは、そいつを怖がっているのさ」。
「そして、その恐怖よりも『はるかに大きな使命感』がある」。
「『敗北するわけにはいかない、多くの者の幸せのためにも使命を成し遂げる』」。
「ああ、本当に。アンタはやさしい、だからこそ猟兵には勝てない」……。
「ルルー!!ここを爆撃して!!最小限の被害に、とどめるんだ!!」
『みあ・まるー・すとらうす!!このわたしに、さしずをするなあああああああああああああッッッ!!!』
―――天空で赤く染まった白竜が怒りを叫び、地上では戦士たちが恐怖する。
女神イースごと自分たちが、あの赤い竜の『火球』で吹き飛ばされると想像したからだ。
恐怖と共に、祈りがあふれた。
誰もが「死にたくない!!」と叫び、空で暴れるルルーシロアに恐怖する……。
―――短気なルルーシロアは、ミアと女神イースと周りの戦士ごと。
まったくの容赦なく、『火球』で吹き飛ばそうとした。
黄金にかがやく狂暴な『火球』が、地上に迫ったとき。
ミアとガルフの策略の通り、女神イースは行動していたよ……。
―――空中に飛び上がって、ルルーシロアの放った『火球』を赤い槍で叩き壊す。
『火球』が破裂して、彼女は灼熱と衝撃波を身に浴びていた。
女神イースは、庇っていたよ。
人間族の戦士たちが、過度に死なないようにね……。
「そうするって、『知ってた』。あなたはやさしいから。あなたは、みんなの心からの祈りに応えてしまうから。ありがとう。そこまで、やさしくなかったら……私たちは、負けてた」
―――賭けの要素はあるが、ミアは猟兵らしく勝つためのカードを引いたのさ。
「ワシの教育は、正しかっただろ?」。
「最愛の孫娘は、女神の心も読み切った。『ちゃんと見捨てられない者だと』ね」。
「さて。竜よ―――」……。
「噛みついて、ルルー!!」
―――黄金の爆炎を貫いた、残酷なるルルーシロア。
その巨大な牙の歯列が、女神イースに噛みついていた。
「猟兵の心を読んだところで、勝てるとは限らない」。
「アンタは、ミアとワシの戦術に利用されたんだ」……。
「敵に取られた人質を、こちらの人質に変えた。神さまだって、『罠』にかけられる……どう考えたって、悪くない教育だろ?」




