第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その三百十五
―――いつものように、『正義』はそれぞれの者の心にあった。
世界にたったひとつだけの『正義』など、あるはずはない。
正しさを否定するのは悪ではなくて、自分とは異なる正しさなだけ。
だからこそ、起きた……。
―――それは、悲しいことでもないだろう。
少なくとも戦い続ける道を選んだ者たちからすれば、何ともすがすがしいことさ。
悪なんかと命がけで戦うよりは、全くもって心が充たされるというものさ。
フリジアは真なる戦士の境地に至ったらしく、笑顔だったよ……。
「ありがとう。私たちの祈りに、応えてくれて。貴方は、やはり……『カール・メアー』の化身です。でも。だからこそ。倒してみせる」
『来るがいい。力で見せつけ、教えてやるぞ』
「こちらこそ、力で証明しなければなりませんから!」
『さらばだ。フリジア・ノーベル。背教者よ』
―――フリジアはニヤリと戦士らしい笑みで、心のなかの世界から解放される。
『曙』と共に突撃していく姿へと戻り、時の動きは再開した。
迫る女神イースに向けて、一切の迷いなく。
フリジアはこん身の一撃を、ぶつけていった……。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」
―――その右腕に力を込めた女神イースは、フリジアと『曙』の突きに手刀を合わせた。
何せ『カール・メアー』武術同士だからね、よく噛み合ってしまう。
ふたりの攻めが交差して、フリジアはまるで城壁にでも衝突したような感覚を得た。
ユニコーンの速度と力を合わせた突きでさえ、まったく歯が立たない……。
「さ、す、がですっ!!」
『褒めている場合ではない。お前は、信仰の敵なのだ!!』
―――あまりにも見なれた呼吸と体さばきが、槍に破滅的な力を押しつけていたよ。
フリジアの体は軽々と宙に浮かび、『曙』の背から離れてしまう。
『曙』はそれでも気にせず踏み込んで、『水晶の角』による頭突きを浴びせた。
いや、浴びせようとしたけれど届くことはない……。
―――女神イースの左手が、『曙』の喉を押さえつけたからだ。
さすがの『曙』も、腕一本で自分が完全に止められるなんて想像していなかった。
500キロの巨体である自分が、こうもあっさりと。
驚愕しながら、首を絞められて窒息の危機に陥る……。
『元気な霊馬ではあるが、敵ではない!!』
―――首をへし折られる、と『曙』が覚悟した瞬間。
女神イースの手首が、一瞬で切断される。
ミアがナイフに『風』をまとわせた一撃を、命中させていた。
『曙』は自由になると同時に、前蹴りを女神イースに浴びせようとする……。
―――気の強いユニコーンだったけれど、回避されてしまった。
後ろに飛んだ敵を追いかけようとしたが、首についたままの手が邪魔をする。
首を絞めるのではなく、魔力の吸い上げが行われていた。
『曙』の体内に流れるディアロスの魔力を、女神イースは狙ったのさ……。
―――『曙』は悔しそうに歯を剥きながら、前に進もうと必死になる。
だが、もはや体力も魔力も限界だったよ。
仕方がないことだ、敵はあまりにも強すぎるのだから。
『曙』はその場に立ったまま動きを止める、気絶していたよ……。
「『曙』、休んでいてね!!」
「うむ!!そうだ!!ここから先は、我々に任せるのだ!!」
―――ミアとフリジアが、同じ笑顔になる。
再会を喜ぶ余裕なんてものは、どこにもないけれど。
ふたりとも優れた戦士だから、成すべきことは理解していた。
槍の柄にぶら下がったまま、フリジアは『炎』を女神イースの顔面に放つ……。
―――ちいさな『火球/ファイヤーボール』だけど、目くらましには十分だ。
女神イースの髪の毛一本、傷つけられなかったとしてもね。
ミアのために、時間を作ってくれたのだから。
地面を蹴りつけて弾むような俊敏さをまとったミアが、再び女神を攻めにかかる……。
「合体、攻撃だ!!」
―――迎撃しようと動いた赤い翼は、赤毛の振るう竜太刀に防がれる。
ソルジェが妹の前に躍り出て、その身を盾にしたのさ。
ソルジェはこの連携に参加する、ミアのための盾でありながら。
『遮蔽/カーテン』になり、妹の動きを敵から隠していたよ……。
「さて!!『どっち』から、来るかな!!」
―――話術も使う、『右なのか左なのか』。
いつだって罠は、賢さに対して仕掛けるものだよね。
女神イースの知性は、ソルジェの言葉に踊らされた。
常識的な判断をした彼女は、ソルジェの左右からミアが飛び出すと考えてしまう……。
―――答えは、そのどちらでもない。
ソルジェの『脚のあいだ』をくぐり抜けて、そのまま懐に入ってみせた。
飛びつきながらナイフで、女神の首を狙う。
手首を断たれたばかりの腕を盾に使い、その刺突は防がれた……。
「私の暗殺の技巧、防ぎ切っちゃうなんて……すごい!!」
『末恐ろしい小娘だと、すでに学んでいる!!』
―――ミアは力量差のある敵に、いつまでも接近戦なんて挑まない。
防がれた瞬間には、もう回避に取り掛かっていたよ。
ケットシーならではの柔軟さを活かして、身を丸めていた。
敵の腕に両足を当てて、ジャンプのための足場にする……。
―――腕に突き立てたままのナイフは、捨ててね。
そこら中に戦士がいるから、ナイフの補充は可能。
別にこだわる必要は、ミアにはない。
女神イースも追いかけられないさ、ソルジェが殺気に満ちた笑顔ですぐそばにいる……。
「妹を、二度と殺されるつもりはないんでな!!」
―――普段以上の腕力で、竜太刀に力を込めた。
人間族の戦士たちも、状況に対応していく。
援護のために、捨て身まがいの突撃で鋼を叩き込んだ。
一瞬でもいい、一瞬でもあれば『策』のための時間が稼げる……。
「おお!!皆、やるじゃないか!!」
「亜人種の戦士たちは、戦えないんだ!!」
「我々だけで、どうにか倒さねば……っ」
「勝つんだ!!ひとりじゃ無理でも、全員で……ッ!?」
―――女神イースが身を踊らせて、翼に鋼を叩き込んでいた戦士たちを弾き飛ばす。
握られた槍の先にいたフリジアは、軽々と振り回されていた。
通常の彼女ならば、これだけ圧倒的な力の差を見せつけられたら恐怖したはず。
だが、今のフリジアに恐怖心はなかった……。
―――良くも悪くも、『楽しんでいる』。
不謹慎なまでの感覚だけど、それは戦士に状況へ集中させてくれた。
地上に叩きつけられる瞬間に、受け身を取ってダメージを減らす。
二度も三度も、くるくると地上を転がってしまうほどの威力だったけれどね……。
「あはは!やはり、女神イースは、すごいなあ!!」
―――その恐怖すべき事実が、どこか嬉しかった。
自分の信仰している神さまの力の強さを喜ぶのは、当然かもしれない。
彼女にとって、最大の英雄は誰でもない。
女神イースは、フリジアを救ってくれた尊い存在なのだから……。
「こら。喜ばないの、あんぽんたん」
「……おお。ビビも、無事だったか!」
―――自分を見下ろしてくるビビアナに、腕を伸ばした。
ビビアナはあきれながらも笑顔になって、その腕を引っぱって立たせてくれる。
そのまま、フリジアは親友の大きな胸に抱き着いた。
ハグには魔法があって、心を落ち着かせてくれるものさ……。
「よかった……よかったぞ。ようやく、ビビに追いつけた……っ」
「……うん。待っていたわ。あなたってば、あちこちすり傷だらけでボロボロだけど」
「がんばったのだ!」
「うん。必ず来てくれるって、信じてた!」




