第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その三百十四
―――衝突することは、認識を深めてくれた。
痛みや失敗が、自分の理想の方向へと導いてもくれる。
女神イースとふたりきりの世界に招かれても、今のフリジアは迷うことはない。
自分の理想を勝ち取るべきだと、心から信じられた……。
『傲慢だとは思わないか?千年の検証に、お前は挑もうとしているのだぞ。お前を育てた『カール・メアー』の悲願に反して。それほど友情とやらが大切なのか?』
「はい。ビビが教えてくれました。女神イースさま。あの子は『狭間』です。しかも、悪名高い『人買い』ジーの一族の娘。それなのに、私はあの子を受け入れられる」
『おぞましい血筋だとは、思わないのか?』
「今は、思っていません。生まれは、あの子の罪ではないのです」
『限定的な絆だろう。お前と彼女は、人種の壁を越えられたのかもしれない。終生の友情を得たのかもしれない。だが、それが何になる?お前たち以外には、その友情はない。やがて世界は、ありふれた道筋を辿る』
「誰もが、ジーの一族を許したり、『狭間』を受け入れられたり……それほど、世の中は柔軟ではないかもしれません」
『彼女は不幸になる。他のあらゆる『狭間』たちと同じように。仲間や友人に守られようとも、世界のすべてからは守られない。阻害の絶望は、孤独は、必ずやビビアナ・ジーを不幸に導く』
「……そうかもしれない。それでも、女神イースさま。私は思うのです」
『何を、思った?』
「不幸な結末になったからといって、ヒトは不満なのでしょうか?」
『お前は、恐ろしい言葉を口にしているぞ。不幸を、肯定しようとしている』
「はい。私は未熟なので、どうにも極端な考えに至ってしまうのかもしれません。でも、私は、不幸な結末になったとしても、それを拒もうと戦った者たちのなかに、満足しながら死んだ者たちがいると信じています」
―――ビビアナの両親を、フリジアは考えた。
ビビアナのために命を削る呪術を使い、その結果として亡くなった者たち。
客観的に見れば、悲劇かもしれない。
だが、そのふたりは何かを成し遂げていた……。
「悲劇は、大きな痛みです。でも、それがあるから確かめられる愛情もあるのだと、ビビは教えてくれました」
『学ぶための悲劇は、とうに千年の期間を繰り返している』
「多くの者には、これまで伝わらなかったのかもしれません」
『これからは、異なるとでも言うのか?』
「変わらなければ、ならないのです。『カール・メアー』の教義では、不完全だったから」
『どう、変わると?』
「……寄り添い続ける道が、正しい。ただただ信じて、ただただ努力を重ねる。痛みが教えてくれる大切な価値に従い、正しい道へと歩めばいい」
『残酷な道だ。そして、古い道でもある。その結果が、今の世界だ』
「その道を、より究めるのです。『狭間』や亜人種に、門戸を開けばいい。『カール・メアー』の慈悲は大きなもの。私のような捨て子や、傷ついた者たちを受け入れられた。閉ざしていた扉を、もっと開けばいいだけ」
『それでは多くを救えないからこそ、『カール・メアー』は亜人種たちに、せめて安らかな終焉を与えると決めた。お前の道は、すでに試し尽くされて、否定されている』
「それでも、貫くのです。信じるのです。神さまや信仰にもやれなかったコトを、ヒトは己の力で成し遂げられると」
『不可能だと、言っているのがどうして分からない』
「いいえ。可能です。まだ成し遂げていないだけで、あきらめていては……可能性は死んでしまいますから」
『妄信が、何を衆生から奪うかを学ぶ必要がある』
「奪われる痛みが、私を貴方に槍を向ける覚悟をさせてくれました。ビビのためなら、私は『カール・メアー』という『家族』も、私を受け入れてくれた仲間たちさえも、裏切れました。誇れるような道では、ありません。私は、とても罪深い女です」
『そのあげく、私に戦いを挑んでいる。それで、お前は満足するとでも?』
「怖いコトなのですが。満足しているのです。ビビを助けられたら、私は死んだとしても満足できるので。私は、世界よりも大切な友情を知れました。とても、痛くて、とても、苦しくもありましたが……女神イース、貴方の遺した信仰が、私を支えてくれたのです」
『信仰に刃向かって得た痛みに、お前が身勝手な価値を与えただけに過ぎない』
「いかにも、そうです。だから、罪深くもあるのですが。迷いなく、いられます。ビビも女神イースの教えも、私にはとても大切だからこそ、これだけ胸が張り裂けそうに痛むくせに、それでも迷いなく笑顔でいられるですから」
『……善き出会いでは、あったらしい。だとしても―――』
「―――はい。だとしても、貴方の……『カール・メアー』の『やさしさ』は、許さないでしょう。抱きしめる腕で、愛を込めて……未来にある無数の悲劇を絞め殺す。悲しみももたらす可能性を、すべて排除すれば、人種が原因の戦いはなくなりますから」
『世界は、より平和になるだろう』
「ですが、その道に、私は価値を見つけられません。多くの者が苦しみながら、痛みや絶望と戦いながら、選び、積み上げていった道こそが、本当の価値ある『未来』だと信じます。そして、信仰は、それを信じて支え続けるだけでいい」
『傲慢だな。無数の悲劇を、無数の痛みを、お前は見過ごそうとしている。そのような傲慢さは、神々にだけ許されるものだ』
「貴方のような、神さまだけに許されると?」
『ヒトでは背負い切れまい。力も、この『切除』の痛みも。未来に向けて広がり続け、繰り返される悲劇を、希望ごと私は『切除』するのだ。より多くを、救う。愛しい命をも、犠牲にして』
「……貴方は、やはり、とてもやさしいです。女神イース」
『お前たちの苦しみもだ。いくら、教義で理論武装を施しても、亜人種や『狭間』を死なせることで、多くの痛みを背負っただろう。彼女たちの、悲しみも絶望も、私は背負い、応え、救ってやらねばならない。お前の言った通り、『私は『カール・メアー』の女神イース』なのだから』
―――信心は麻薬のようなもので、正しさの理論武装で痛みを誤魔化してくれる。
多くの『カール・メアー』の巫女戦士たちが、苦しみを抱えていた。
必死に『正しい』と思い込みながら、亜人種や『狭間』を処刑していからね。
人一倍はやさしい乙女たちに、そういった行為は苦痛でもある……。
「正しさで、和らげながらではないと。悪いコトは、やれませんから。誰かから命を奪うなんて、恐ろしいコトも」
―――女神イースは、『カール・メアー』の巫女戦士たちに応えたい。
彼女たちも『良かれと思って』、たくさんの亜人種や『狭間』を殺したんだ。
『良かれと思いながら』も迷いはあるよ、絶望に染まった者たちの瞳は物語るからね。
正しいと思い込もうとしても、その認識は悲鳴に揺るがされた……。
『彼女たちは、未来に約束しながら、多くの者たちを殺めた。死ぬ理由もない、罪なき幼子にさえも手をかけて。私は、そのような苛烈な覚悟の道を歩んでくれた『カール・メアー』に、呼び出された女神イース。応えてやる。多くの痛みに報いた、完璧な未来を与えることで。お前が見つけられなかった価値は、とっくの昔に支払われた痛みで保証されている』




