第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その三百十二
―――『オルテガ』の状況は、悲惨の一言に尽きたよ。
亜人種の戦士たちどころか、非戦闘員も含めて完全に青息吐息だ。
意識を保っているだけ、上出来と評価してもいいかもしれない。
例外あつかいされているのは、ミアとビビアナだけ……。
「しっかりしろ!!パロム!!」
「はあ、はあ……分かって、いますよ……っ!!」
―――屋根から屋根に飛び移るなんてマネは、今のパロムにはもちろんやれない。
だから、同行しているフリジアは肩を貸した。
傷だらけだったよ、ふたりともね。
屋根から落ちかけたパロムの腕をつかんだあと、もつれるように路上に落ちたからだ……。
「人間族は、この状況でも、息苦しくないようですね……っ」
「そうらしい。女神イースの、せいだろう」
「……でしょうね。『曙』が、教えてくれていますから」
「『水晶の角』とやらは、便利なものだな」
―――体調の悪化を感じつつも、パロムはムリして飛んでいたよ。
その結果、飛び移れずに地上に落ちかけた。
フリジアは見捨てられなかった、いいヤツだからね。
そのせいで、あちこち強打してしまっていたが……。
「……助けて、くれるとは……でも、足手まといを増やした」
「足手まといには、ならない。かならず、ミアやビビの役に立つ」
「……なら!……私を、置いていけば、いいのに……」
「お前は、行きたいんだろ。戦場に」
「当たり前です!!これは、亜人種たちへの呪い。同胞たちが、苦しんでいるのなら!!戦うのが、ディアロス……っ」
「強いな。感心する」
「……うるさい。こんな、意固地になってる……足手まといに、そんな評価しないでくださいよ!!」
「それでも、一緒に行きたい……」
「……ずるい、女です。あなたは……」
「そうかもしれない。いや。そう、だろうな」
「女神イースが!!……あなたの、敵になろうとしているから……っ。ひとりで、戦いの場に向かうのが、怖い、だけでしょうに!!」
「うん。認めるよ。私は、私は……その場に、行くのが、怖くもある」
―――『カール・メアー』のせいだから、元・『カール・メアー』の巫女戦士は責められる。
それを覚悟していたはずだけど、状況はさらに悪化していた。
路上に亜人種たちが転がり、彼らは苦しそうに呻いているのだから。
この責任を、フリジアは背負わなければならない……。
「私のせいでもある。これを、こんなコトを望んではいない。いなかったけれど。それでも、『カール・メアー』の責任なんだ……っ」
「……そう、ですよ。本当に、あなたたちって、サイテーです……っ」
「もっと、私に体重をかけていい。背負ってだって、やれる」
「けっこうですよ……っ。そんなマネ、したくない。されたくないんだ!」
「憎まれても、当然だからな」
「……あなたが、憎いわけじゃない。でも……っ」
「うん。ありがとう。だから、怖がらずに……いや、怖くても進めてる」
「……やっぱり、理解できない。あなたは、バカです!!」
―――どれだけの憎悪を、浴びることになるのか。
勇敢で単純なパロムでさえ、理解が及ぶに決まっている。
殺してやりたちと、亜人種の全員が考えているはずだった。
ミアやビビアナさえ憎しみを向けてもおかしくないのに、とパロムは考える……。
「だって、こんなに……死ぬほど、苦しいのに……っ」
―――それは、あまりにも怖い感覚だった。
死の持つ冷たさや空虚さが、全身に広がっていく。
戦いで死ぬのならば、覚悟していた。
戦えもせずに、ただ弱り切り死ぬかもしれないなんて……。
「命が、消えていくような、感覚が怖くて、怖くて……なさけない、気持ちになるのに……」
「……私は、これを。否定したいんだ」
「意味、分からないですよ……」
「女神イースの慈悲は、こんなものじゃない。もっと、やさしくあるべきなんだ」
「あなたの、思い込みでしょうに……」
「……いいや。思い込みじゃない。それを、証明してやる」
「……ちくしょう。ほんとうに、ずるい……っ!」
「そうかも。旗幟鮮明とは、まったくの逆な行いだな。私は、『カール・メアー』なのに」
「嫌いです。嫌いだ……っ。大嫌い。もっと、世界って、シンプルじゃないと……憎めもしない。こんな、苦しくて、情けない状況にされているのに……怒りもぶつけられません!!」
―――いい子だった、パロムは模範的なディアロスの戦士だ。
戦いで死にたいと考えている、だからこそ『間違った判断』にすがりつく。
これだけ疲弊した自分では、何の役にも立ちはしないのに。
ただの自己満足にすがりついて、フリジアに負担をかけ続けてしまっている……。
「私は、バカだ。バカだ!……こんな間違った選択をして、歯がゆさで泣いてる。みじめな、戦士です。もっと!優等生だと、思っていたのに……っ」
「似ているな。私も、自分をもっと優秀だと信じていた」
「どうして、達観していられるの?あきらめてもいないくせに……」
「私も、意外とバカだったタイプだから。説明なんて、やれない……けど」
「けど、なんですか?」
「信じているだけだ。諸々の間違いを、正すために、すべてを捧げればいいと」
「……嫌い。弱っちいくせに。大したヤツじゃないくせに。本当に……本当に……」
「……うん。すまない。もっと、正しくて強いヤツだったらよかったのにな」
「……あなた、ごときが。誰かの助けになるなんて、思えません。強行軍で、ボロボロです。私まで、かばって……っ」
「ああ。ミアとビビを助けたい。それでも、力不足は知っている」
「なら、どうして……」
「助けにならないかもしれない。助けられないかも、しれない。でも、助けたい。助けたいんだよ。弱くても、雑魚でも……弾避けぐらいには、なってやりたいんだ……ッ」
―――ディアロスの戦士にとって、最前線で死ぬのは名誉だ。
北方の戦士たちの多くに共通する、戦での死の栄誉。
パロムも、それに殉じたかった。
きっと家族もそれを望むだろうし、何より自分が満足するだろう……。
―――唇を噛みしめて、若い血があふれてしまっていた。
無意味な自傷だが、この屈辱に耐えるためには必要だ。
彼女だって、どれほど不本意なのか。
それでもパロムは選ぶのだ、彼女の願いに『曙』は応えていた……。
『ヒヒイイン!!』
「お、お前は?」
「『曙』ですよ、私のパートナー」
「そうか。こいつがいてくれるなら……!」
―――戦場から、『曙』が駆けつけてくれる。
フリジアとパロムの目の前で止まり、その背中に『乗れ』と伝えた。
フリジアは素早く飛び乗ると、パロムに手を貸そうとした。
引き上げてやるつもりだったが、パロムは首を横に振っていたよ……。
「どうして!?戦いに、行きたいんだろう!?」
「役に、立たないからです。『曙』だって、疲れている。無理をさせれば、弱くてなってしまいます……っ。だから、せめて……っ」
―――ディアロスの戦士にとって、この『譲歩』がどれほどの苦悩なのか。
フリジアにも伝わっていたよ、あまりにも大粒の涙が純粋だったから。
泣いている、泣くに相応しい。
戦士にとって、自分が役立たずと判断してしまうなんて……。
「運命って、不公平だ!!」
「どうした、いきなり!?」
「どんなに望んでいても。あきらめたくなくても。やるしかない。見届けるコトだって、やれない」
「パロム、お前……」
「行って、ください。私の、分まで……っ。戦いなさい、『カール・メアー』!!フリジア・ノーベル!!それが、それが……弱っちい私にやれる、最善の策なんですからっ!!」




