第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その三百十
―――整然とした帝国軍の隊列が迫るなか、ロロカは戦士たちに足踏みをさせる。
こちらも一致したリズムを作り、士気を鼓舞するためだった。
戦場において音は大きな意味を持つものだよ、作戦を全員に明瞭に伝える力を持つからね。
権能対策を施しているカミラにとっても、幸いだ……。
『こちらの動きも、把握しやすくなるっすからね!!』
―――敵の術のリズムに、守るべき仲間たちのリズム。
それらをカミラは感じ取りながら、『闇』の力の制御に尽くしていく。
大きな課題ではあるけれど、それだけに成長を促すことにもなっていた。
カミラはまだ『闇』を扱い切れていない、成長途中の未熟な猟兵でもある……。
―――未熟さや課題の多さが、脆さにつながるとは限らないものだ。
多くの賢者が書き残してきたように、それらは発明の母ともなる。
完成してはいないからこそ、カミラはとても柔軟に可能性を使えたのさ。
吸い上げられていく魔力の流れを感じたとき、『受け渡せるのではないか』と考える……。
―――ククリとククルの双子が、成し遂げていた戦術があったからね。
ふたりがかりで、魔術を組み上げるという技巧だよ。
魔力や魔術というものは、ただひとりの体内で完結しているものじゃない。
そういう可能性を、すでにカミラは見ていたからこそ考える……。
『この魔力の流れを、利用できるかも……敵に吸われるのを防ごうとはしているっすけど。完璧じゃないっすからね。じゃあ……『どうせ吸い上げられてしまう』のなら、それの流れの方向を変えられたら……?』
―――カミラは自らの分身である『コウモリ』を一匹、リエルのもとへと飛ばす。
弓に矢をつがえて、敵の出鼻に撃ち込もうとしていた森のエルフの弓姫。
リエルの矢は戦場で圧倒的な武器にはなるものの、もうひとつの武器も強力だ。
『戦場では使うべきではないとされている攻撃用の魔術』、最強の魔術師のひとりだよ……。
「どうしたのだ、カミラ?」
『リエルちゃん。上空に、敵に吸い取られそうな魔力があるっす。それを、魔術として敵にぶっ放せないっすか?』
―――魔術のシロウトでもあるからこそ、カミラの発想は伝統や常識を乗り越えていた。
奪われてしまった魔力を、カミラが操り。
その魔力をリエルが構成して、魔術と成す。
ふたりの会話を聞いていたロロカが、眼鏡の下で目を見開いていた……。
「リエル、やれますか?」
「……ロロカ姉さま、私ならば、やれます!!」
―――自信満々の笑顔になっていたよ、リエルは自分こそが最強の魔術師だと信じている。
魔術の制御については、誰にも負けはしない。
何よりも、楽しそうだと感じていた。
不謹慎な天才性が、もちろんリエルにもあるのさ……。
「カミラ、やってやるぞ!!我々から奪われた魔力、敵に使われる前に、私が使ってやるとしよう!!」
『は、はいっす!!』
「可能ならば、『炎』……『火球』を。『空からの爆撃』です。まるで、ゼファーのそれのようなものがいい。竜がこの戦場に来たと、敵に思わせたい」
「さすがは、ロロカ姉さまだ!!」
―――カードゲームの達人は、駆け引きを心得ている。
竜が参戦したと思い込ませれば、効果的に敵の士気をくじけるだろうからね。
それに、空を警戒しながら進む軍勢の勢いは弱まる。
ロロカの選択は、いつでも効果的だった……。
―――リエルはさっそく、魔術を詠唱し始める。
リエルにとっても、初めての挑戦ではあった。
『自分以外の魔力』で、魔術を使うなんてね。
だが、やれると信じた……。
「シンプルで、力強い。竜の『火球』のような一撃……初歩の初歩。私が、三才のときに始めて使った魔術が、ちいさな『火球』である……カミラ、私のアタマにとまるがいい!」
『はいっす!!ちゃーくち!!』
―――銀髪のなびくアタマのてっぺんに、『コウモリ』がとまる。
リエルは命じたよ、「私と動きを同調させるのだ!」。
『こうっすか!?』、『コウモリ』のちいさな翼が空に向けられた。
「呼吸を合わせろ。お前とふたりがかりで、魔術を成すぞ!!」……。
―――カミラにとっても、初めての魔術と言える。
『闇』以外の魔術は、『吸血鬼』である彼女は使えなかったからね。
間接的にではあるけれど、『ヒトに許された魔術』を使えるなんて。
カミラには、心が躍る行いでもあった……。
「うむ……掴めて来たぞ。やれる、カミラ……私の矢が、最も高く飛んだとき。それに魔力を押し込むのだ。そうすれば、術は成る!!」
『は、はいっす!!』
―――リエルが空に向けて矢を放つ、天空の高みに飛んだそれが『起点』となった。
緋色にかがやく紋章が、その矢からあふれるように広がっていくのさ。
それに向けて、カミラは魔力の流れを操作してみせる。
軍隊ひとつから吸い上げられた魔力の量、それらの一部が『起点』へと合流した……。
―――魔術は、魔力の量と術を成す才能から組み上げられるものだよ。
普通はひとりの体のなかで、それらのプロセスのすべてが行われるけれど。
『単純な初歩の魔術/火球』ならば、ぶつけ本番でも成功してみせた。
さすがはリエルとロロカ、大魔王の妻たちらしい才覚だろう……。
―――空が赤くかがやいて、巨大な『火球』が生まれていた。
轟々とうなる声で空をかき混ぜてしまいながら、そいつは敵陣目掛けて落ちていく。
完璧な隊列を見せつける、敵の隊列の最前線を狙ってね。
出鼻をくじく、あるいは「見せつけてやるのだ!」というリエルらしい発想だった……。
―――帝国兵どもは、空から襲いかかる死の運命に驚愕する。
ゼファーの『火球』ほどの速度はないが、彼らはそれほど竜に詳しいわけじゃないからね。
ロロカの計算の通り、「竜だ!!!」と誤認してくれた。
この『火球』の速度、かなり遅くはあったけれど威力は十分だったしね……。
―――数百人分の魔力で作った、『火球』は竜のそれ以上の威力だったよ。
数十人の帝国兵どもが、この爆撃で吹き飛んでいた。
ケガの功名というものか、女神の権能に奪われた魔力の有効活用だったね。
もちろん敵は混乱したし、もちろんロロカがこの絶好機を逃すはずがない……。
「中央突破で、打撃しますッッッ!!!」




