第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その三百九
―――すべての現象には、仕組みがある。
まして、戦術として使用するのならば絶対だ。
合理的にデザインされた悪意というものこそが、『攻撃』なのだからね。
カミラは吸い上げられようとしている戦士たちの命に、ブレーキをかけることにした……。
―――『持っていかれる』なら、それをさせなければいい。
敵の発生させている現象を妨害する、邪魔をする。
なんて、戦術的な発想なのだろう。
カミラは揺るぎない自信を持っている、ロロカのアイデアならば正しいはずだとね……。
―――戦場の空に広がった『コウモリ』たちは、吸われて遠ざかる命を感じ取ろうと試みる。
亜人種の戦士たちから、流失していく魔力。
それはわずかにだけど、血のにおいを帯びていたんだ。
『吸血鬼』の知覚は、それを正確に追いかけられる……。
『……んー。なんというか、これは……脈を、持っているっすね』
―――『吸血鬼』らしく、あるいは医療現場に従事した経験なのだろうか。
カミラは、この場所の『脈拍』から把握することにしていたよ。
医者が患者たちにするように、基礎的な診断方法を頼った。
血のにおいを帯びた魔力たちは、一定のリズムを保ちながら南に連行されていく……。
―――猟兵たちの全員が、ガルフ・コルテスの教えによって解剖学を修得している。
それは戦士としての技巧をより洗練するためであり、攻撃にも救命処置にも有益な情報だ。
カミラは『脈拍』を持っている血管は、動脈なのだと知っていた。
人体ならば心臓から全身に向けて、血を『送り届ける』ものだ……。
―――『吸い上げてはいる』、という解釈は間違いだったのかもしれない。
女神イースの権能は、とても図々しいが合理的な力だったのかもね。
『亜人種の戦士たちは自らの意志に反して、自身の力を用いて魔力を送っている』。
この『脈拍』の存在は、カミラに医学的な直感を与えてくれたのさ……。
『なるほど。自分の力を使って、敵に魔力を献上させているっすか。悪趣味っすね』
―――有効な戦術ではあるね、亜人種の戦士たちはどこまでも疲れ果てることになる。
女神イースはただただ与えられるだけだから、何という『特権』なのだろう。
カミラは過去を思い出す、故郷の村を襲った『先代の吸血鬼』だ。
彼女はカミラたち無力な村人たちを支配し、領主のように振る舞った……。
―――彼女は税金ではなく、血と忠誠を捧げるようにカミラたちに敷いたのさ。
圧倒的な暴力に恐れて、村人たちの全員が彼女の言いなりになる。
自ら血を捧げるために、彼女のもとへと向かうことになった。
過去の悔しさが、カミラにモチベーションを与えてくれる……。
『あのときとは、違うっす。自分は、もう無力じゃない』
―――『コウモリ』たちが、一斉に南の空の果てをにらみつける。
集中力を使い、空を流れ続ける膨大な魔力の『脈拍』を『見る』のさ。
血に命じたよ、『闇』の魔力は女神イースの目論見に噛みついた。
南に向かう魔力の流れが、その瞬間から急速な減少を始めてくれる……。
「おお。ロロカ姉さま。吸い取られる感覚が、弱くなりました!」
「ええ。カミラが、やってくれたようです。さすがね」
「皆の者!呼吸を、整えるのだ!!敵との接触に、備えろ!!」
「はい!!リエルさま!!」
―――亜人種の戦士たちは、勇気づけられていたよ。
帝国兵のベテランどもの迫力に、吞まれかけていた心が落ち着きを取り戻せた。
ロロカは戦士たちを密集させる、敵に突破しやすい薄さではないと教えるためであり。
カミラの力が制御しなければならない『範囲』が、せまいほど有効だと考えたからだ……。
―――敵の権能は、死ぬほど『広い』と理解しているからね。
『オルテガ』から、ここまでの範囲はあるのだと。
以前、読んだ建築学の本がロロカに考え方を教えてくれる。
『連鎖する美学を作り上げるのが、デザインである』と……。
―――難解なその書物は、常人では読み解くことさえ難しいものだったけれど。
うちのロロカは賢いから、まったく問題なかった。
その書物はデザインについて、教えてくれている。
『空間に秘められた文脈に従えば、効率は成されるものだ』……。
―――『空間の文脈が有効なのは、局所的な絶対性を保つときのみである』。
難解すぎるから要約してしまえば、せまい範囲でこそ真に有効なデザインになる。
つまり、敵の術も『条件を限定することで威力を発揮する』し。
その逆に、カミラの力も限定的に使うことで敵の術をよりよく介入できるのだと……。
―――ロロカらしく、単純に見えて複雑な考えが張り巡らされていた。
カミラはその意図の全容に気づくことなど出来ないが、『やりやすくなった』と感じたよ。
密集してロロカに統制された戦士たちの呼吸や心拍は、同調をしていたからでもある。
敵に利用されている『脈拍』のリズムを、より読み解きやすくなったのさ……。
『『風』の魔力、『炎』、『雷』も……それに、たぶん、それ以外……自分たちには分からない、第四属性、『氷』の魔力も、体から盗まれているっすね。臓腑に蓄えられた、それぞれの魔力の属性に応じて、吸い上げていく『順番』がある……』
―――敵の術を、本能的な分析で理解していく。
カミラは医学と『吸血鬼』の力を使いながら、より効率的に敵の術を妨害しようと試みた。
単純なことさ、三大属性の法則に従えばいいだけのこと。
『炎』は『雷』を妨害し、『雷』は『風』であり『風』は『炎』を妨害する……。
―――単純なパズルのように、『炎』が吸われるときは『風』を活性化するように試みた。
それだけで女神イースの権能は、妨害されていく。
あくまでも魔力、ボクたちヒトが扱える力を女神イースは吸い取ろうとしている。
ちゃんと三大属性の法則は、有効に機能してくれたんだ……。
―――ロロカのアドバイスと、『吸血鬼』特有のセンスが成した結果とはいえ。
やはりカミラの才能は、とてつもなく優秀だと言うしかないね。
女神イースの権能を、局所的にではあるものの短時間で妨害していたのだから。
効率化した妨害のリズムのおかげで、カミラの下にいる全軍が呼吸を整えられた……。
「……あとは、私の指揮の出番ですね。戦士たち!!敵は、最強の威力で迫る!!こちらも、それに応じて、打ち勝ちます!!!敵の心に、刻み付けるのです!!!『私たちが敵をせん滅するために、わざと弱ったフリをしたのだ』と!!!それで、敵は、長く戦う意図を放棄する!!!『罠にはめられたのだと、敵の知性に教え込む』のです!!!」
―――ロロカ・シャーネルは、カードゲームで負けたことがない。
ガンダラにさえ、長く戦えば勝利を得る。
『吸血鬼』の力という、『ワイルドカード/規格外の力』を有していたとはいえ。
敵が近づく数分のあいだに、不利な状況をここまで建て直してみせたのさ……。




