第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その三百八
―――国境線での戦いを指揮するロロカは、カミラに頼るしかないという結論に至る。
ロロカはこの未知の現象について、どのようなものなのかを知らないままだ。
それでも魔力消失のための対処法があるとすれば、『吸血鬼』の能力だけ。
カミラも人間族であり、女神イースの権能の影響を受けていないからね……。
「カミラ、無理を承知で言います。あなたの『第五属性』の力で……この呪術か権能の影響を、消してくれますか?」
―――帝国軍のベテラン兵士どもは、こちらの窮状につけ込もうとしている。
古強者の気風を目の当たりにするだけで、ロロカは圧倒的な不利を感じ取った。
戦術では完勝していたのに、この戦場の外からの影響で状況は逆転している。
カミラに頼るほかにない、そうでなければ大勢の戦士が殺されることになるのだから……。
―――カミラは、迷わなかったよ。
ロロカのムチャな要求に対しても、やり遂げる覚悟をした。
呪術であろうとも、権能であろうとも。
弱りかけた魔力の循環を維持することで、安定はさせられている……。
「や、やってみるっすよ!でも、全員を安定させるのは難しいかも……っ」
「ならば、この状況を作り上げている場所そのものを、変えられませんか?」
「場所、そのものを変える……っ?」
「空間そのものに作用している力です。つまりは、『空間のルール』を書き換えられているような状況だと認識してください」
「る、ルールを書き換えている……」
「そうです。この場所に『上書きされたルール』、それを『闇』の力で阻害できれば。場所そのものの守れるはずです」
―――ロロカは呪術の専門家ではないけれど、『往古の風』について体験している。
世界の文脈という概念については、知的な彼女はソルジェよりも理論的に把握もしていた。
『まるで神さまの力のような巨大な呪術』、それを成すために。
『世界の文脈/世界のルールを規定している何かしら』を、利用する必要がある……。
―――神々を『創っていた』、『古王朝』。
歴史上最大級の知性がそろっていた文明が、世界の文脈を頼る方法を遺したならば。
それは『最高の呪術の手段』だと、考えていても差し支えない。
呪術も魔力で動くのならば、カミラの『闇』ならば干渉できるはずだ……。
―――もちろん、『ゼルアガ/侵略神』の権能は魔力ではない。
しかし、ロロカは予想している。
『人々の魔力で編まれた世界の文脈』、それを『ゼルアガ』どもも利用していると。
この力はあまりにも広範囲に、人々へと影響を与えるものだからね……。
―――権能は、『世界の文脈』を『乗っ取っている』みたいなものだと予想した。
少なくとも、この権能はそうだろう。
ヒトから魔力を吸い上げている以上、魔力を管理するための仕掛けには違いない。
ならば『世界の文脈』を、『闇』で書き換えられたなら……。
「あらゆることには、理論があります。異常な現象であろうとも、それにも法則性が隠されています。敵は、『人種』で対象を分けてしまっているのです」
「人間族は、無事……帝国兵は、人間族だから」
「そういうルールを、この術に与えているの。まずは、それを理解して。『ゼルアガ』の権能であろうとも、呪術でもあろうとも。理解することで、より狙いを感じ取りやすくなれる」
「……認識すれば、『ゼルアガ』は、見えるようになるっすもんね」
―――『ゼルアガ』の異常性に、接触されない限り認識も不可能。
という特徴があるからね、あいつらの接近を前もって予想するのはムリだ。
それでも、関わり合いになればなるほど『ゼルアガ』を認識できる。
戦って、倒してしまうこともね……。
―――ロロカは考える、世界のルールを書き換えるために必要な工程とは何だ?
二秒も経たずに答えを得ていたよ、さすがはロロカ・シャーネル。
彼女なりの突発的な考えではあるが、『空間の恒常性』をいじる必要がある。
という『仮定』を、アタマに浮かべていた……。
―――何やら難しい言葉になっているから、カミラには使わない。
講釈をしたいわけでもなく、可能な限り明瞭な解決策を与えればいいだけのこと。
『空間が通常であろうとする能力/恒常性』を、どうすれば『復旧させられる』だろうか。
カミラにならば打ってつけの考え方があることに、ロロカは三秒目で気がついた……。
「この場所は、一種の『病気』に侵されているような状態なのだと考えてください。あなたの『闇』で、血管や臓腑の機能を、補ってあげられますよね。それを、場所に対して使おうとしてみてください。今、この場所は、敵のせいで『病気』にさせられているの」
―――カミラは田舎娘だから、哲学みたいに複雑なモノの考え方はしない。
だからこそ素直でもあって、『病人』だとか『病気の動物』を想像していた。
この場所は、そういう病んだ状態なのだと。
それを元気にしてやるためには、という『疑問』がアタマに浮かぶとニヤリと笑う……。
「『普通じゃなさそうなところ』を、普通になるようにしてあげれば、いいわけっすね!!」
「ええ。試してみてください」
―――ロロカはその具体的な方法までは、分からない。
方向性を示してあげるしか、やれはしないよ。
それでも賢いことは幸いだった、ロロカの予測はカミラを導いたのだから。
カミラはこの場所を、『病気の巨大な動物』だと信じることにした……。
「血の動きが、『おかしかった』っすからね。亜人種の方たちの血の動きが、変に乱れがあるっす……まるで、そう……『あっち』に吸い寄せられているみたいに、おかしいっす」
―――『吸血鬼』だからこそ、魔力だけではなく血の流れさえも完全に把握していた。
カミラはその『異常』に気づいてはいた、それが『病気』の原因だとは思えなかったけど。
でも、今はロロカのおかげで理解していたのさ。
この『異常』を正してやれば、『病気』が治るかもしれないと……。
「『オルテガ』の方角に、魔力が吸い上げられているわけですね。それに、抗うようにしてみてください。そうすれば、私たちの世界は、きっと……大丈夫ですから。そう。『対症療法』、です。シンプルに考えて。熱があれば冷ます。傷があるなら、止血する」
「……それなら、やれそうっす!」
―――強い力を介入させれば恒常性が是正され、因果律を取り戻すかもしれないだとか。
空間を変容させるための、何かしらの変数があってそれを元に戻せばいいのだとか。
ロロカのアタマで論文百ページ以上に書き綴られている考えは、口にしない。
数学やら理屈よりも、『病気の動物』を治療しようとする対症療法が要るのだから……。
―――幸いなことに、理論よりも直感を信じられるのがカミラだ。
『吸血鬼』の才能も、そしてカミラ自身の才能も。
この状況の解決には、向いている。
カミラは無数の『コウモリ』に化けて、南の空へと陣取った……。
「やれるはずです。すでに、自分の周囲の人々を、この影響から救っていたのですから」
―――ロロカの指摘の通り、カミラはすでにこの力に抗っていた。
魔力と血の流れを、操ってあげることで救えるのだ。
この権能は厄介ではあるものの、絶対的な脅威ではない。
『聖なる呪われた娘』、カミラ・ブリーズにとってはね……。
『あっちに、『持っていかれるのなら』……それを、逆にしてあげればいいだけっすよね!!』




