第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その三百五
―――海中に叩き込まれた『ゴルメゾア』は、真っ二つになっている。
それほどの衝撃であったが、仕留めたとまでは言い難い。
真っ二つになったそれぞれから、お互いを絡め取るための触手が伸びた。
またたく間に再生される様子を観察しながら、ルルーシロアは情報収集に集中する……。
―――魔力の流れを竜の眼で読み解くことで、妨害のための術を得たいと考えていた。
ヒトよりもはるかに賢い知性の持ち主だから、自分ならばやれると信じている。
この得体の知れない権能さえも、竜ならば打ち破れるのだと。
『グレート・ドラゴン』らしい傲慢さであり、事実でもあったよ……。
―――この魔力の吸収は、『ゼルアガ/侵略神』の権能を利用している。
だが、その術の骨格を作り上げたのはヒトだからね。
リヒトホーフェンやリュドミナが、大昔の『蟲』の力を利用してものだ。
ヒトの術には必ず弱点があるもので、竜ならばそれを読み解けるはずだった……。
―――『ゴルメゾア』から突き出た赤い骨、それは魔力を吸い取る装置らしい。
海に叩きつけられた衝撃で、それらが折られている。
おかげで、海上の戦士たちの呼吸と心音がいくらか和らいでいた。
因果関係を手に入れたルルーシロアは、状況を改善するための手段を見抜く……。
『それを、ぜんぶ、たたきおってやるぞ!!』
―――金色の双眸を嗜虐の歓喜で細めると、ルルーシロアは『雷』を放った。
ギンドウの雷槍を模倣したものであり、それらは海さえ貫き狙いの通りに走り抜ける。
再生中の『ゴルメゾア』から突き出した、赤い骨の装置が精確に破壊された。
海上の呼吸と心音が、落ち着きを取り戻すことをルルーシロアは喜ぶ……。
―――自分の考えた通りに、状況を変えてやれたのだからね。
気高い彼女には、大きな快感だったと言える。
だが、『ゴルメゾア』には莫大な魔力の加護があった。
そして、竜よりはるかに弱いヒトの術ならではの工夫もね……。
―――結びつこうとしていたはずの赤黒い巨体が、分散する。
赤い骨の生えた『肉片』どもを、『ゴルメゾア』は解き放ったのさ。
そいつらは例の懲罰部隊の被験者どもに、よく似ていたんだ。
魚とヒトが融け合ったような、おぞましい怪物どもだよ……。
―――それらは背中だとかアタマ、あるいは腹やふともも。
法則性を与えられるほどの考えが、それらには注がれていなかったのか。
あるいは、どこであれ重要なのは『魔力を吸収する装置』があればいいということか。
『ゴルメゾア』の『分身体』どもは、海中で素早く四方に分散を始める……。
『にげる、つもりか……ッ!!』
―――こいつらが選んだ戦術を、ルルーシロアは理解したよ。
自分から逃げて、作戦を継続しようとしている。
ルルーシロアとの戦闘だけを、『ゴルメゾア』は意識しているわけじゃない。
より大切なのは、亜人種たちから命を奪い取り続けることの方だ……。
―――竜よりは強くないのだから、工夫を選ぶ必要があるのさ。
ヒトで作られた怪物らしく、『ゴルメゾア』は戦術家だったよ。
ルルーシロアは、状況の悪化を予測した。
この敵は卑劣であり、柔軟な戦術で応戦して来るだろう……。
「う、うう……っ」
「親分さん、しっかりしろ!!」
―――腹立たしい、気にしなくてもいいはずだったのに。
気が散っているのが、悔しくてしょうがない。
こんな雑音など聞かねばいいのに、聞いてしまうものだから。
海中から飛び出した『ゴルメゾア』の攻めを、打ち崩してやれなかったのだ……。
『シャガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!』
―――空中で回避する、華麗な動きではあったものの。
全身の傷が開いて、また血が吹き出していた。
戦士たちは竜の血の雨を浴びる、『ゴルメゾア』は戦士たちから奪った命を利用したんだ。
お返しを仕掛けた、『雷』を解き放ってルルーシロアの体を焼いて痛めつける……。
―――血が焦げる、焼かれていく。
ルルーシロアは電熱を浴びたせいで、筋肉の制御に不調が訪れると判断していた。
次の一撃は、回避してみせるが。
その次の一撃は避けらず、長く伸びた『ゴルメゾア』の偽りの竜の牙に噛みつかれる……。
―――左脚の付け根に、思い切り噛みつかれていたんだ。
『ゴルメゾア』の太い首の筋肉、その内側で無数の死者が使役される。
奴隷のあつかいだ、太い首のなかに押し込まれた白骨の腕の群れ。
それらが大樹を切断するときに使う、大のこぎりでも引くときのように働かされた……。
―――『ゴルメゾア』のあごが、まるでのこぎりのような動作をする。
強靭な竜のウロコでさえも、この破壊の力学ならば切り裂けるのだ。
ヒトらしい、弱者なりの知恵を『ゴルメゾア』は選ぶ。
ルルーシロアは焼けるような痛みと、屈辱の怒りに身を震わせた……。
『わたしに、ふれるな!!!』
―――右の蹴爪を叩き込み、『ゴルメゾア』の首を断ち切ってしまう。
だが、アタマはルルーシロアに噛みついたまま死後の労働を続けてくるのだ。
ルルーシロアは魔力を消費し、そのアタマを焼き払う必要があった。
そんな攻防をしているうちに、『ゴルメゾア』は新しい首を復活させてしまう……。
―――ルルーシロアの集中力を分散させたのは、海中を逃げた『分身体』の動向だ。
そいつらはあまりにも広く逃げてしまい、一掃するのが難しいだろう。
そのうえ、戦士たちから魔力を吸い上げ続けているのだ。
途切れそうになるかすれた呼吸と、止まりそうに弱まる心音が竜を苛立たせる……。
『しゅうちゅうすれば、いいだけのこと……ッ!!きにしなければ、いいのだ!!』
―――圧倒的な生態系の頂点、すべての命の霊長なのだから。
踏みにじり見捨てればいい、野生の竜は他者に対してそうあるものだ。
だが、ルルーシロアは気になっている。
戦士たちも、そして……。
『シャガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』
―――意識が分散して、遅れを取る。
まだ幼い竜は、完璧ではないのだ。
戦場を構成する混沌とした関係性に、ルルーシロアさえも惑わされてしまう。
心配していたのさ、亜人種の戦士たちが苦しんでいるのならば……。
「あい、つも―――」
―――噛みつかれる寸前に、ルルーシロアは回避した。
背中に竜騎士がいれば、『やってくれる動き』。
それを模倣しながら、回避したんだ。
ソルジェを見ているからであるし、ミアを背中に乗せていたからだよ……。
―――だが、竜騎士がいればやれる動きだ。
竜騎士を乗せていないのに、そんな動きをしてしまえば。
体にムリをさせてしまうのは、当然だった。
強い反動が身を襲い、『ゴルメゾア』に攻撃の機会を与えてしまう……。
『……くそ、が!!』
―――プライドが傷つけられる、『助けられてしまう』と理解したからね。
加速したゼファーが突っ込み、『ゴルメゾア』を体当たりで突き飛ばした。
得意気に笑う眼が、気に食わない。
それに、この交差の一瞬で自らの背中に飛び乗ってきた女のこともだ……。
「ルルーシロア、共闘といきましょう」
『……おことわりだ。わたしは―――』
「―――ヒトを助けようと、戦えましたね。偉い子ですよ、貴方は」
『りゅうは、そんなことを……』
「ウソをつく必要は、ありません」
『……おまえも、しんぞうのおとが。そうか、おまえも、おなじか』
「『人魚』も、亜人種ですから。貴方は、私をすでに助けているのです。だから、恩返しをしたのです。こういう解釈ならば、貴方は受け入れられるでしょう」
『……ふん!しったことでは、ない!!』
―――それでも、嫌ではない。
借りを返してもらっただけなら、受け入れてやろう。
幼い心は、不完全なものだよ。
だからこそ、すべての『母親』は巧みな心理操作の演出を覚えるものさ……。




