第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その三百四
―――『ゴルメゾア』は偽りの竜としての姿を、より強くしている。
無数の死者たちで編まれた巨体のあちこちから、痛ましく呪わしい赤い骨が突出した。
血を流す白骨などというものも、女神の権能の支配下では起きてしまうらしい。
赤い骨は魔力を集めて、すすっている……。
『それで、まりょくを……うばっているか!!』
―――ルルーシロアは自分のしたいことを、理解していた。
この怒りをどうにかするためには、『ゴルメゾア』を倒せばいい。
戦士たちを苦しめている者を、倒せばいい。
戦士たちのため、いいや自分のために……。
―――ガンコな彼女は、ヒトのために戦うなんてしたくなかった。
だからこそ、そういう方便も必要になってくる。
あくまでも自分のために、この腹立たしい敵を倒すだけのこと。
それならば問題ない、自分は竜である……。
―――ヒトとつるむなんて、間違いは犯さない。
ヒトの力を借りなくても、竜はそれだけで最強なのだから。
例外があったとしても、それでも自分はやはり己のために戦うのみ。
戦士たちの呼吸を聞いている、彼女を讃えた声たちはか細い祈りを捧げていた……。
「助けて、竜……赤い竜……くるしいよお」
「戦い、たい……っ。戦いたいのに、動けない……くやしいんだ……っ」
「死に、たくない……」
「夏なのに寒い、いやだ……溺れている、みたいに、呼吸が……助けて、くれ」
「……竜よ……竜よ……変えてくれ……ワシの妻は……幸せな、人生ではなかったのだ。ハーフ・エルフだ。みじめな暮らしを、強いられる……逃げて、逃げて、どうにか得た……幸せにしてやれたのかまでは、自信はないが……あいつが、理由なく……殴られずにすむ家ぐらいは、あたえてやれた……でも……そんなものじゃあ、足りない……世界が、欲しい」
―――死にかけて、苦しそうな呼吸たちが。
それぞれの祈りを捧げている、世界を変えてくれと願っている。
ルルーシロアには関係のないことであるはずだが、どうやらヒトの世界は不完全らしい。
何故だかは分からないが、それについても腹が立った……。
「変えて……くれ……ハーフ・エルフの子を、背負った赤い竜よ……お前なら、きっと……ぜんぶ、変えてくれる……世界が、欲しいのだ…………」
―――自分のために欲しいわけではないのだと、賢いルルーシロアは悟る。
今にも死んでしまいそうなこいつの祈りは、そういう意味を帯びてはいないのだと。
誰かのために、欲しいらしい。
それが自分のことのように、あるいは自分以上に大切なことらしい……。
―――ちっぽけな、死にかけだ。
そのくせ、理解しがたいことに。
竜である自分が、気にしている。
ヒトなど気にしてはいない、そんなことはかつてなかった……。
―――いいや、そうでもない。
ミアを思い出す、『モロー』の海上で自分の背に乗せて戦ったのは事実である。
あれも亜人種である、ここにいる猫耳たちのように。
もしかしたら、苦しんでいるのだろうか……。
『……しった、ことかッッッ!!!』
―――命を吸われて、息も絶え絶えな者たちが祈りを捧げる空。
ルルーシロアの血まみれの翼が、叩きつけた。
加速して、『ゴルメゾア』に襲いかかっていく。
『ゴルメゾア』は回避できない、ルルーシロアは自分の傷が開くのも気にしなかった……。
―――『モロー』の戦いで見せたような、彗星みたいな速さだったよ。
蹴爪を『ゴルメゾア』に叩き込み、そのまま至近距離で『火球』を放つ。
黄金色の爆撃は、『ゴルメゾア』を貫けない。
女神と同じように、この眷属もまた力を増しているのさ……。
『たえた、だと……ッ!?』
―――ルルーシロアも、弱っている。
血を流し過ぎれば、最強の空の女王といえども疲れてしまうよ。
『ゴルメゾア』とのあいだにあった、力量の差は狭まりつつある。
それでも、また彼女の方が強い……。
―――『ゴルメゾア』が反撃を仕掛けようと、その体から赤い骨を伸ばした。
人骨が組み合わされるようにして作られた、赤い呪いの槍だ。
それはルルーシロアの首を狙っていたが、彼女は流麗な動きで回避する。
避けながら作り上げた勢いを利用して、『ゴルメゾア』を横回転に巻き込んだ……。
―――勢いをつけたまま、海中に向かってぶん投げる。
海面に高速で激突させてやるつもりだったが、やはり失血の代償は大きい。
『ゴルメゾア』は骨張った翼を広げて、海面ギリギリで耐えてみせた。
腹が立つ、自分の疲労が不甲斐ないものだと……。
「竜よ……竜よ、お前なら………………」
―――呼吸がかすれるようなノイズを混ぜて、止まってしまう。
ああ、何かがまた痛みとなってルルーシロアの内側で暴れていた。
正体など知らない、まだこの痛みの価値を分からない。
ただし失望などさせたくはないのだ、この止まってしまった呼吸に対して……。
―――だから、使うのだ。
記憶のなかにいる、ミア・マルー・ストラウスを。
『ケットシーの竜乗り』は、竜騎士姫のパートナー。
忘れられた竜騎士姫の技巧を、『ケットシーの竜乗り』が再現した……。
―――『歌喰い』に喰われて、名前さえも忘れられた竜騎士姫。
主である彼女を真似するように、自分も名前を残しはしなかった。
それでも彼女の技巧と知識と執念は、時と世代を超えて受け継がれている。
ミアを乗せて飛んだ感覚を、ルルーシロアは『再現』した……。
『『みていろ』!!!これが、わたしのぜんりょくだッッッ!!!』
―――ほめただろう、『ケットシーの竜乗り』も。
「まるで、お姉さまを乗せたときのアーレスみたい」。
記憶など悪神に奪われていたとしても、『ケットシーの竜乗り』は確信を込めたはず。
空に再び描かれた彗星は、竜騎士を乗せた竜のように速くて強かったのだから……。
―――上昇しようとしていた『ゴルメゾア』に、彗星が叩き込まれる。
今度はどうにもならない、骨張った翼のすべてが折られてしまい。
『ゴルメゾア』は、海面に叩きつけられて巨大な水柱が上がった。
途絶えていた呼吸が、揺れた海面のせいか仲間の心臓マッサージのおかげか……。
「…………やる、じゃ、ねーか…………願いを、叶える……流れ星みたいだ……」
―――ずっと、昔。
遠い北の、ガルーナで。
アーレスが見せたように、ルルーシロアも笑った。
誰かのために戦う竜が、何よりも強いものだ……。




