第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その三百三
―――猟兵らしく、役割分担ということだね。
ゼファーは地上を走り始め、ジャンは帝国兵どもの群れへと向かった。
帝国兵どもは女神イースの生きた祭壇、あるいは死体の祭壇となっている。
うごめきながら女神に魔力を供給するそれらは、とても醜いものさ……。
―――ジャンはそれらを襲撃していき、片っぱしから潰して回る。
機能させていてはマズい、という本能的な察知ゆえにだし。
これが死者への冒涜なのだと、考えていた。
『魔王の騎士』としては、騎士道に反するモノを見捨ててはおけない……。
『ヒトを、道具にしてはいけない!!わ、分かるよ……『お母さん』みたいに、ヒトを操ろうとしているカンジがするから!!』
―――子供のころに、悪神に『狼男』として覚醒を強いられている。
それはいつまでだって消えない傷として、心に刻み付けられたままだよ。
自分の意志を奪われて、悪神の手先にされる。
それは間違いなく悪夢であり、悪夢からは解放してやるのも慈悲だった……。
「お、狼が!?」
「く、くそ!?傭兵たち、わ、我々を守れ!!」
―――角笛を吹いて、傭兵どもに救援を要請する。
少なくない数が、それを無視した。
ルルーシロアの不在は、傭兵どもに『オルテガ』一番乗りの賞金獲得を思い出させている。
だが、雇われの身の流儀に従う傭兵も少しだけいたよ……。
「面倒だが、聞こえちまったものなら反応してやるしかないか」
「助けに、行くんですかい?」
「そうだ。ついでに国境まで戻る。恩を着せてやるとしようぜ。他の傭兵たちは、命令よりも賞金に目がくらんでいる」
「了解!狼を、包囲してやりましょう!!」
―――ゼファーは地上を駆け抜けていたよ、レイチェルの命令だ。
翼に塗った血止めの秘薬の効果を、わずかでも高めてやるために。
造血の秘薬も打ち込まれていくよ、首筋に何本も注射器が突き立てられる。
連戦で消耗しているのは、ゼファーも同じだ……。
―――だからこそ、地上で『補給』をしてやる必要もある。
レイチェルは判断し、適切なターゲットを指で示した。
そうさ、『食べろ』と命じているんだよ。
帝国兵どもを救援に向かった傭兵どもに、ゼファーの巨体が突っ込んでいく……。
「竜が、く、来る―――」
「う、うわあああああああああああああああ!!?」
「だ、だ、団長が……ッ」
「ま、丸のみにされちまったあああああ!!?」
―――レイチェルは当てていた、そのグループを指揮していた者が誰かをね。
ゼファーは丸呑みにして、胃袋の奥にそいつを押し込んだ。
暴れることはない、喉を通過するときに筋肉を使って仕留めているからね。
鋼だって、竜の胃酸ならすぐに融かしてしまえるよ……。
『えいよう、たべた!!』
「傭兵どもよ。帝国軍に伝えなさい。竜の好物は、帝国兵とそれに協力する傭兵です」
―――『心理攻撃/いやがらせ』も、忘れはしない。
恐怖を与えれば、敵は委縮してくれるからね。
傭兵どもは、いいメッセンジャーになってくれるだろう。
彼らは竜の恐怖を、余すことなく体験した者の一員となったのだから……。
「ゼファー、飛びなさい」
『うん!……つかまっていてね!』
―――怯え切った傭兵どもを残して、ゼファーは加速し風に乗っる。
翼の傷からは血が吹き出したものの、想定以上の少なさではあった。
『マージェ』の秘薬との相性は、バツグンなのさ。
その事実はゼファーの心を、明るくさせる……。
『『まーじぇ』のくすり!きいているよー!!』
「リエルの愛情が込められたものですから。当然です。母親の愛情とは、とても強いものなのですよ」
―――そうだ、だからこそレイチェルの気力はいつになく充実している。
我が子を心配しているからだ、人間族の夫とのあいだに生まれた『狭間』の息子を。
自分と同じように苦しんでいるとしたら、一秒でも早く助けてあげたい。
息子の苦しみを代わってやれるのなら、レイチェルは今すぐに選んだだろう……。
―――でもね、やれないのさ。
そんな呪いも祝福も、権能だってレイチェル・ミルラにはない。
どんなに望んだとしても、取れるべき解決策はただひとつだけ。
確実に女神イースを排除する、それが愛する我が子を助ける方法でもあった……。
―――空へと舞い上がったゼファーは、翼で空を叩きつける。
西の海岸へと一直線に、突き進んでいった。
ルルーシロアが見える、全身を赤い血で染めたまま空で暴れる竜の女王が。
金色の眼でにらみつけている相手は、偽りの竜『ゴルメゾア』さ……。
―――ルルーシロアは、激怒している。
『ゴルメゾア』も亜人種たちから、魔力を奪っていたからね。
漁船は倒れ込む男たちで、あふれ返っていた。
それが気に食わない、ルルーシロアには何とも腹立たしい……。
『こいつらから、ちからを、うばいとっているのか……にせもの、ふぜいがッ!!』
―――あらゆる苦難の痛みは、若き魂に学びを与えてもくれる。
すべてが満ちたりたときよりも、足りない痛みを感じるほどに。
ルルーシロアは、イライラしていた。
ゾロ島のキケも、倒れているのだ……。
「はあ、はあ……ッ」
「親分さん、大丈夫かい?」
「……竜……竜……赤い、竜……ッ」
「うわごとを言っているのか……大丈夫だよ、あいつは、あの赤い竜は、オレたちを守ってくれるよ。親分さんを、守ってくれるから!」
―――知ったことではない、と思うべきだ。
竜はヒトなど気にすることはない、気にすべきではない。
それなのに、どうしてなのか腹が立ってしょうがないのだ。
自分は白い竜である、それなのに赤い竜などと誤認して叫んだ無礼者たち……。
―――罰してやっても当然な、愚かな連中だ。
それなのに、どうにもこうにもおかしいもので。
血が燃える、真の気高さを学びつつある仔竜の心に怒りが灯る。
今すぐ『ゴルメゾア』を、嚙み殺してやりたくてしょうがない……。
『ゆるさんぞ!!にせものがああああああああああああああッッッ!!!』
―――その怒りに使うべき説明の仕方を、まだルルーシロアは知らない。
自分を讃えてくれた戦士たちが、傷つけられているのだ。
それはまるで自分そのものを、傷つけられたかのように腹立たしい。
真の騎士道を獲得しようとしている者が、空にもいた……。




