第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その三百二
―――誰かを導く言葉が必要だった、『自由』は大きすぎるものだから。
誰もが自在に操り切れるとは限らない、誰かの言葉に形を与えてもらいたいときもある。
人間族の若者たちが女神イースに挑む、宙に浮かび巨大な翼を振り回す異質な最強に。
能力だけならば天と地ほど、離れているだろうけれど迷うことはない……。
―――世界を変えるための力の一員だと信じていれば、死地に赴く覚悟は容易いものだ。
自分のためだけじゃなく、誰かのために戦うとき。
ヒトはとても狂暴になって、迷いさえもなくなる。
扇動していると、女神イースはソルジェの言葉を嫌った……。
『人々を、騙すか。私に、彼らを殺させたいのか?私は、人間族を救いたいと願っているのだぞ?』
「騙す?……こいつらが、自分で決めている。オレたち全員の総意だ!!」
『迷わんぞ。私にも、千年間がある!!』
「過去よりも、『未来』が欲しいと願っている!!」
―――怒涛の勢いで、人間族の若者たちが女神イースに殺到した。
鋼を振り回し、女神イースに斬りつける。
赤い翼の守りは硬く、女神も容赦なく反撃を試みた。
槍が折られて剣が砕かれる、ガンダラが命じる……。
「自分だけで戦わないことです!!鋼を折られたならば、下がりなさい!!常に仲間を交代することを、意識する!!全霊を込めた一撃離脱、交代し続け、群れであることを活かしなさい!!」
―――援護でもいい、十分だ。
全力を込めた一撃ならば、たったの一撃なら。
強化された女神イースから、わずかでも動きを止められる。
それでいい、こちらは数で対抗すべきだ……。
「そういう戦い方だよ!!みんなで、援護し合うんだ!!それぞれに得意な武術を使うの!!こいつはね、女神イースは、他流の戦い方に、なれていていんだから!!」
―――『カール・メアー』の武術は、優秀ではあるだろう。
でも、それは他のすべての流派においても同じだ。
戦場で使いこなすべきは、『ありとあらゆるもの』。
何かひとつだけの力を磨いただけじゃ、ここでは足りないのさ……。
―――武術はそれぞれの土地で異なり、ヒトもそれぞれの人生で違いがあった。
戦士たちは生まれ育った伝統を背負い、自分だけの記憶を積み重ねていく。
女神イースは目撃する、あまりに雑多な力の混沌をね。
ちなみに感情的になった若者たちを動かしているのは、粗い動きなんかではないよ……。
―――自分なりの全力を出し尽くそうとしたとき、彼らが頼ったのは固有の人生そのもの。
それは故郷で振り抜いた剣の技巧、強くなりたいと願いながら振った槍の打ち方。
父親や師匠に習った動き、あるいは競い合うなかで獲得した得意なそれ。
一撃に、自分ならではの癖のある動きを込めていく……。
―――統率されていながらも、彼ら彼女らは自分なりの表現をしていた。
拙かろうが合理的でなかろうが、たとえ赤い翼の前に一瞬で打ち負けても問題はない。
ひとりじゃないからね、交代していけばいいんだ。
多くの若者が、ここにはいる……。
「ああ!!だから、戦場ってのは……最高に面白いんだよッッッ!!!」
―――ソルジェは不謹慎なまでに、戦士だったね。
戦いで表現される固有の人生、そういうものに触れ合うのが大好きなんだ。
この強大な敵と戦いながらでも、ソルジェの喜びは変わらない。
無数の若者たちの技巧がある、『オルテガ』の歴史を読み解く楽しみもあった……。
―――支配者が何度も変わった迷宮都市、そこには無数の武術が流れ着いている。
ソルジェと竜太刀の動きを合わそうとして、大剣を振り抜いた者。
ミアが誘い出した赤い翼の一枚に、槍の突きを命中させた者。
多くの固有の技巧があり、それを感じるほどにストラウス兄妹は笑う……。
「それで、いいんだよ!!どんどん、こいつを惑わせるんだ!!」
「全員で、倒すぞ!!」
「は、はい!!」
「私が鍛えた一撃を、喰らいなさいッッッ!!!」
―――鋼が打ち砕かれていく、それでも戦士たちは交代と突撃を繰り返していた。
わずかずつだが、女神イースを押さえ込めているよ。
ソルジェとミアと戦いながらだ、女神イースにも余裕があるわけじゃない。
若者たちがいなければ、猟兵だって負けていたかもしれないけど……。
―――今は、互角以上に女神イースと競り合えている。
傷が与えられていく、女神イースの美しい肌に傷がついた。
一瞬で治癒してしまうけれど、すべては無限ではない。
膨大な魔力が彼女を支えていたとしても、それを削ぎ落とすための傷にはなる……。
―――『作戦会議』のための、余裕も作れている。
押し寄せる人間族の若者に対して、女神イースは何らからの思索もしていたからね。
それは失望だったのかもしれないし、煩雑な怒りだったのかもしれない。
何だっていいが、その隙に付け込みストラウス兄妹は意志疎通を実現させた……。
―――単純な暗号だよ、ミアはソルジェと連携しながらも『信号』を送る。
体内で魔力を、強めたり弱めたりするのさ。
戦いの『流れ』とは関係ないから、ソルジェには『違和感』として伝わってくれる。
「竜、空、街に。分断、閉じ込めちゃえ!」……。
―――シンプルな信号だけど、ガルフはしっかりと孫娘に教え込んだ。
「魔力の揺らぎでもいいし、狼煙のリズムでもいい」。
「ちょっとのことだ。戦場ってのは、シンプルなものだ」。
「伝えなくちゃならないことは、お互いに『ちょっとしたもの』ってわけだぜ!」……。
―――ホタルの求愛の光のように、点滅することが信号となり話術の代役となった。
戦場での情報伝達を、秘密裏に行おうとするのは困難なことだけど。
それが達成できたなら、敵の裏をかけるからね。
ミアはビビアナとの会話で手に入れた、『最高の解決策』を伝えてくれたのさ……。
―――言葉にしてはあまりにも短いけれど、ソルジェは理解してくれる。
呪術師としての才能と、経験のおかげだろうね。
そして、誰よりも『当事者』だから分かるんだ。
ソルジェは『継承者』だ、この最悪の状況を解決できるのは彼だけだった……。
―――魔眼を使う、ゼファーとのつながりを頼る。
あっちの戦場にも、影響が出始めていた。
『オルテガ』から距離があるおかげか、ガンダラよりも症状は軽いけれど。
レイチェルも疲弊してしまっている、『人魚』も亜人種だからね……。
「めまいがしますね。魔力を、相当に吸われている……リュドミナ。これが貴方たちの答えの一つですか」
『だいじょうぶ?ぼくの、せなかから、おりないでね!まもるから!』
「ありがとう。ジルバ程度なら、踊れそうですから問題はありません」
『あ、亜人種から、魔力を奪う権能……っ。そ、それって、とんでもなくボクたちには不利です……っ』
―――ああ、ジャンは魔力をまったく奪われていない。
『狼男』は種族ではなくて、ただの呪いの結果だからね。
ジャンは人間族の、『狼男』病みたいな立場だということが証明された。
カミラもそうだ、あっちは人間族で『吸血鬼』を継承しただけ……。
「ジャンが動けるのは、ありがたいですね。帝国側は、混乱していますが……」
『る、ルルーシロアと戦っているバケモノも、気になります……っ。どっちに、行くべきでしょうか?』
「……リングマスターは、ゼファーを『オルテガ』に呼んでいるわけですね?」
『うん。るるーしろあも、よびたがってる』
「なるほど。決戦を仕掛けるわけですか。この厄介な権能を、封じる……ジャン、貴方はここで遊撃を続けてください。『オルテガ』の防衛力は、激減しているはずですから」
『で、ですねっ。亜人種の戦士たちが、よ、弱っているわけですもんっ』
「少しでも陽動をかけて、到着までの時間稼ぎを。ゼファー、私と共にルルーシロアを呼びに行きますよ。私なら、あの子を勧誘してあげられますからね」
『うん。ぼくじゃ、あいつを、せっとくできない……あいつのちからも、いるんだ!!』




