第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その二百九十七
―――賢く成長していくのが、子供たちの特権だ。
13才のミア・マルー・ストラウスも、まさに成長期そのもの。
多くの経験が、与えられていた知識の遺産を使いこなし始めている。
ミアの洞察力は、かなりの真実を言い当てていた……。
―――『繭』は媒介あり、『罠』でもある。
不用意に近づけば、そのまま呑み込まれて虜になっていたかもしれない。
あるいは、もっと残酷な状態になってしまっていたかも。
ミアの言葉に、ドワーフの戦士も戦斧を叩き込もうという短慮は封じていた……。
「慎重に、行動すべきだよ」
「……了解。『人買い』のためではなく、自分たちの勝利のために」
「うん。それでいい。それが、正しい認識だからね。ビビ、知恵を貸して欲しいの」
「ええ。任せなさい。状況を解決に導く。そのために、私はここまで来たんだ」
―――すべては一つの勝利につながる、これはジーの一族だけの問題ではない。
女神イースという脅威を解決すれば、誰もが目的を達成できるのだ。
ビビアナは、ミアの直感を補完するために賢さを使い始める。
『繭』が循環器であり、魔力を吸い上げるための装置だという仮定でね……。
「……循環器とつながっているのは、大きな血管」
「動脈だよね!それと、静脈も」
「ええ。一方通行じゃ、ないかもしれない」
「女神イースに、魔力を送っているだけじゃない?」
「それが、動脈だとすれば……静脈もあるかも。この『繭』は、そもそもたくさんの人たちから、魔力を集めてもいた」
「……オレたちの仲間も、操られていたぞ」
「それって、女神イースの権能じゃないの?」
「……女神イースが、『繭』に出る前から、操られていた」
「じゃあ、『繭』そのものに、そういう……『つながる力』があるのかも」
「……可能ならば、破壊しておくべきだと思う。率直な意見ではな」
「『罠』かもしれないから、それはない」
「……分かっているさ。短慮をやるべきでは、ない……」
「『罠』だとすれば、どういう仕掛けになるのかしら?」
「そだね。壊したら、戦況が悪化するような……」
「悪化、ということは。敵の願いが叶うってことよね?」
「うん。そういう仕掛けを、していると思うの」
「敵は……『カール・メアー』は、『狭間』と亜人種の抹殺を望んでいた」
「オレたちを、抹殺……ッ」
「私も含めてよ。私ね、『狭間』だから。ハーフ・エルフ。耳は、両親のおかげで、伸びなかった」
「命がけの呪術で、ビビは守られたんだよ」
―――ドワーフの戦士の多くは、保守的なガンコさがあるものだ。
でも、ビビアナの運命と出自に対して今の彼は否定的な感情を抱かなかった。
ちょっと前まで、『狭間』なんて大嫌いだったはずなのに。
彼もアリーチェの赤い竜を、夢うつつの世界で見た者のひとりだ……。
「……メダルド・ジーは、あんたが『狭間』だと知っていて、育てたんだな」
「もちろん、そうよ。問題、あるかしら?」
「ねえよ。ない。オレたちは……もめてるべきじゃない」
「うん。ビビ、どんどん推理してみて!」
「コツって、あるかしらね?」
「戦場は、悪意で出来ているの」
「悪意を、読めば……いいってわけね」
「うん。『考えられる限り、いちばん悪いコト』を考えるといいと思うよ」
「ああ。それなら……読めそうだわ……敵は、広範囲の呪術を、仕掛けているはずよ。力を集めて、女神イースに供給するためでもあるし……その逆だったとしても、広さは使う」
「『ルファード』も、襲撃したんだよね?」
「ええ。リュドミナの『本体』は、レイチェル・ミルラたちが倒した」
「西の『ルファード』に、東の敵の拠点に……もちろん、この『オルテガ』にも、呪術が仕掛けられている……すごく、広いね!」
「ええ。でも、人為的な呪術の範囲よ。他ならぬ、ストラウス卿は、もっと広範囲の呪術を作ったんだから」
「あれは、『プレイレス』にあった力を、そのまま利用してもいるの」
「この土地にも、あるわ。罪科の獣、『ギルガレア』の化身である『蟲』たち」
「魔力を、すごく上手に操るよね。死体からも、怪物を作ってしまうもの」
「……怪物……あいつ、だ。あいつも、動いていた」
「あいつって、誰?」
「私をさらった怪物。『ゴルメゾア』。あいつが、動くのを見た」
「そんな!?……倒した、ハズなのに」
「死んでも、動かせる。『ギルガレア』の『蟲』の力は、そういうものなんでしょう。とくに、女神イースが起きた今は、その力を、より強く使えるのかも……」
「……それは、マズいんじゃないのか?」
「マズい、わね。一度倒した敵も、蘇らせてしまう…………帝国兵の死体は、あちこちにあるわ」
「死霊の戦士として、オレたちを襲わせると!?」
「だとすれば、かなり厄介よね。でも、それでは……亜人種や『狭間』を、絶滅させるような力にはならない……苦戦するかもしれないけれど、勝てるはずだわ。リュドミナという女は、もっと、狡猾な策を練ると思う……そもそも、だけど」
「そもそも、なんだと言うんだ?」
「あいつは『慈悲』のつもりなの。女神イースも、リュドミナも。私たちを殺して、平和を創ろうとしている。私たちが、苦しみつづけることを……終わらせたいのよ」
「勝手な、言い分だぞ……」
「そうね。それでも、あいつらにとっては本気の『正義』だし、『慈悲』なの。私たちと、死者を戦わせるという形は、取らないと思う。女神イースさえ、出現すれば、勝ちが確定したと考えていたもの」
「もっと、『手っ取り早く』、目的にまっすぐ進むような『罠』かもしれないってコト?」
「……ええ。これは、とてつもなく巨大な……呪術のインフラみたいなものの一端……」
「……空にある、呪いの風の道みたいな?あれも、『ゼルアガ/侵略神』の遺した力だよ。各地の魔物は、あの風のせいで、あちこちに生まれてしまう」
「そういうのに、近いのかも。この『繭』は、そのインフラに……アクセスできる装置……おそらく、無数にある装置のひとつ」
「無数にある、だと……ッ」
「女神イースに、本気で力を送り届けるためなら、リュドミナは手段なんて択ばない。あいつは、私たちの『想像以上』を狙うわ。ストラウス卿たち猟兵や、竜がいるのに……勝てると踏んだのだから。信仰心だけじゃない。戦闘面での、勝算があるから実行に移した」
「……つ、つまり……『繭』だらけっ!?」
「女神イースを増産するつもりはないでしょうから、安心して。叔父さまの『心臓』が必要だったみたいだし」
「おっちゃんの心臓は、ひとつしかないもんね」
「……じゃ、じゃあ。ほかの『繭』ってのは……何を、するんだ?」
「『蟲』を寄生させられた、すべての戦死者たちが化けるかもしれない。死んでいても、血と肉には、魔力は残っているもの。それを、女神イースは集められるとすれば……ストラウス卿や竜にも、勝てると確信できるかもしれない」




