第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その二百九十四
―――巨大な、とても巨大な爆発だったよ。
『ゴルメゾア』の無数の死者で編まれた、死の群れのような背骨さえ一瞬で砕くほどの。
疲れているはずのルルーシロア自身、意外なほどの威力がそこに出せていた。
ルルーシロアは追体験する、大いなる過去の遭遇を……。
―――竜たちは、蛮勇と出会ったのさ。
ここからはるか遠くにあるガルーナで、死をも恐れぬ勇気を持った戦士たちと。
それと共に在ることが、喜びであり力の強さを増すものだと知った。
かつてアーレスが感じたものと、今この瞬間のそれは似ていたのさ……。
―――もちろん、ルルーシロアはほだされることはない。
自分の成すべきことを、全うするために動くだけだ。
竜とは最強であり至高、敵に強さを叩き込み勝利する者である。
爆撃で真っ二つにされそうな『ゴルメゾア』に、追撃の噛みつきを行った……。
―――空で踊る、泳ぐように。
血まみれの赤い姿が、戦士たちの上空で舞い踊る。
『ゴルメゾア』に噛みついたままね、彼女は敵を海に向けてぶん投げていた。
巨大な水柱が生まれて、衝撃の強さにより敵は完全に上下に分かれてしまう……。
―――普通の生き物ならば、勝利だった。
だが、ルルーシロアも知っている。
この敵が、おぞましいまでの生命力を持っていることをね。
追撃の手を緩めることはなく、海に向かった……。
―――その瞬間に、『口』が異質な言葉を紡ぐ。
レナス・アップルに似てもいるが、より冷たい氷のような言葉だ。
女神イースの言葉であり、それはルルーシロアをも警戒させる。
真なる敵は、彼女に告げた……。
『竜よ、滅びるがいい』
―――海中から、すさまじい勢いで『雷』の矢が放たれる。
空を覆い尽くすほどの数、回避不可能なほどの速さで。
ルルーシロアが避けられたのは、経験値と直感の成せた幸運の結果に過ぎない。
『ゴルメゾア』の『口』が、それらを放つ寸前に横へと回避を始めていた……。
―――天空の高みまでも、それらは貫きそうな勢いだ。
『ゴルメゾア』に、女神イースは力を与えている?
そうじゃない、力の使い方を教えただけに過ぎない。
むさぼり食った無数の死者を、力に変える方法を伝授した……。
『こいつ、ほかのやつに……あやつられているのか』
―――ルルーシロアは真の敵を悟り、そいつがいる場所を金色の眼でにらみつける。
『オルテガ』だ、ゼファーが警戒し続けていたそこに真の敵がいるのだと。
そうでなければ、ゼファーがああまで上空に居座ることはない。
ひとつの行動から読み解けることは多々ある、戦場というものは単純なものだからね……。
―――海から『ゴルメゾア』が浮上する、昆虫じみた左右に横揺れする羽ばたきだ。
右に左に変幻自在、その巨体はすでに再生が始まっている。
聖歌も再開していたよ、『口』たちは実にしぶとい。
これは死者の力でもあり、信仰心の勝利でもあったのか……。
―――ガルーナの歴史が、竜と竜騎士に力を与えるように。
信仰もまた『ゴルメゾア』に、恐ろしいまでの力を与えていた。
これは感染力を持っている力であり、この海の戦場だけに響いているものじゃない。
ゼファーたちの前にも、聖歌を放つ『口』が出現していた……。
―――レイチェルとジャン、そしてゼファーたちに倒されたはずの帝国兵ども。
そのなかには生粋のイース教信者も、数多くいたんだ。
『ゴルメゾア』の出現から、その戦死者にも変異が起き始めている。
死者の体のあちこちに『口』が裂けるように現れ、聖歌を口ずさんだ……。
「ど、どうなっているんだっ!?」
「お、おい……し、しっかりしろよ、おい……っ!?」
「た、隊長!!こ、こいつらをどうすればいいんだ!?」
「……わ、私に聞くか!?こ、こんな現象の対処法など、知らん……知らんが……皇帝陛下は、仰られた!!呪術は、迷信は、排除するべきだと!!」
―――戦死者たちを回収して、退却しようとしていた帝国兵の部隊が。
蘇生して様子のおかしい者たちを、本能的に敵だと悟る。
ボクたちが仕掛けたのかもしれないと、疑っていたかもしれない。
イース教の聖歌の存在が、その予想に否定的な予測も与えただろうけれどね……。
―――『敵』だというのは、ある意味では正しかった。
生命を冒涜するそれは、帝国人やボクたちの別もなく。
邪悪と断じるべき、最悪な『敵』に違いない。
死者で編まれた者たちに、隊長が剣で斬りかかる……。
―――だが、『敵』は歩いていくんだ。
隊長にも生きているときは仲間だった同僚にも、目をくれることもなく。
ただただ、この連中はお互いを求めていた。
無数の蘇生した死者が、ひとつに集まっていく……。
―――真夏の戦場で、おぞましい信仰の極致が目撃されたよ。
裂けて弾ける皮膚と、踊るように飛び出す肉と骨。
ヒトとヒトとが、無理やりに組み合わされていく。
おぞましい巨体が、死者で編まれてもう一体誕生したんだ……。
『あれは、なに!?』
『こ、このにおい……っ。海のヤツと、同じ……っ。お、『オルテガ』からも、漂って来る……っ』
「女神イースとやらの、下僕ということでしょう。良き声の聖歌ですが、何とも耳障り。詠唱長リュドミナ、あなたは、こんなモノの聖歌を、認められるというのですか?」
『あ、あいつら、なにかをしてる!?』
―――空に向けて、たくさんの腕を伸ばしていた。
聖歌と共に行われるそれは、異常で異形ながら神秘を帯びてもいる。
女神イースの権能の力であり、信仰の汚染だ。
生きた帝国兵どもにまで、信仰が植え付けられていた……。
―――帝国兵どもの口から、女神イースを讃えるための聖歌が放たれる。
それらは帝国兵どもに勇気を与え、天へと伸ばした腕は大きな『儀式』の一端を担った。
より強大な権能を、この連続して大きな戦いが起きた土地に刻み付けるための儀式だよ。
『オルテガ』に『ルファード』、そしてより南での戦いの数々……。
―――女神イースの信徒であった者たちの死体が、この地域には無数に満ちている。
それらの体のあちこちが裂けて、『口』となり聖歌と儀式の一部に参加していくんだ。
死者たちを使った、おぞましい権能。
神さまにしか許されないような、いや神にも許してはいけない邪悪な儀式だね……。
―――正しくなかったとしても、それはボクたちの脅威として発生する現象だった。
ソルジェが『往古の風』を作ったのと、同じような力。
世界と歴史に刻まれた文脈を使った呪術ではなく、女神の権能だけどね。
女神イースは、力を引き出そうとしている……。
―――『ゴルメゾア』を、媒介にして広めたのかもしれない。
あれは、彼女たちにとっての最終兵器だった。
女神イースに力を送るため、死者や信徒を生贄にするための。
その術が、ボクたちの脅威となって目の前に現れていたんだ……。




