第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その二百九十三
―――血まみれのルルーシロアが、蒼穹に怒りをぶつける。
爆撃を仕掛けようとしていた『ゴルメゾア』に、高速で衝突していた。
『火球』の軌道が大きく変わり、それが亜人種の戦士たちに死を与えることはない。
海面にぶつかった『火球』が、巨大な火柱を空高く踊らせただけで済んだのだ……。
―――ゾロ島のキケは、大いに喜ぶ。
仲間たちが死ななかったことも嬉しいし、本物の赤い竜に真の希望を見出していた。
世界を変えてくれるかもしれない兆しを帯びて、この血まみれの竜は来たのだ。
『狭間』を娶った男の目の前に、アリーチェの使徒が現れている……。
―――それが、とてつもなく嬉しいことだったのさ。
多くの苦しみに耐えて、多くの絶望を目撃している。
亜人種であることや、『狭間』のパートナーを持つことは帝国の暴力に晒されることだ。
犠牲者という立ち回りを強いられることだが、それを変えてくれる力がいる……。
―――ルルーシロアに、そういう思想はなかったとしても。
今の血まみれになって戦う姿は、アリーチェと赤い竜の幻を見た者たちの心に響いた。
希望そのものだよ、今のルルーシロアは亜人種と『狭間』の守護神のようだ。
多くの戦士たちが、蒼穹に君臨する強大な赤い竜に歓声で応える……。
「赤い竜だ!!あの夢は、本当だったんだ!!」
「オレたちを、守ってくれる!!」
「ハーフ・エルフを、乗せているのか!?」
「何だって、かまわない!!助けてくれ、竜よ!!」
―――ルルーシロアに、戦士たちの喜びの声は届かない。
聞こえていたとしても、そんなことを気にするような子じゃないからね。
彼女は自分の使命を決めている、今すべきことは一つだけだ。
竜という至高の種族である自分たちを、冒涜している敵を即刻排除する……。
『きさまは、ゆるさんぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!』
―――空中で体勢を崩した『ゴルメゾア』に、ルルーシロアは飛びかかる。
蹴爪を叩き込み、牙で噛みついて背中の肉を大きくはぎ取っていた。
『ゴルメゾア』の無数にある『口』から、悲鳴の大合唱がはなたれる。
えぐれて背骨まで見える大傷を与えられたのだ、普通の命であれば即死級の傷だった……。
―――それでも『ゴルメゾア』は特別な怪物らしい、死ぬことはない。
死者で編まれた肉体の奥底から、青ざめた多くの腕が生えてくる。
背骨は普通の背骨ではなくて、どうやら死者たちの骨で構成されているらしい。
頭蓋骨も肋骨も、腕の骨さえも背骨を組み上げるパーツにされていたんだ……。
「ま、魔術を使う気だぞ!!」
「気をつけろ、竜!!」
「そいつ、とんでもねえ魔力してるぞ!!」
「逃げろ!!かわすんだあああ!!」
―――エルフの漁師たちや、魔術の才に長けた戦士たちが叫んでくれる。
ルルーシロアを心配しているんだ、『ゴルメゾア』は数十人分の魔力を使っているからね。
無数の『口』からは呪文をこぼし、無数の腕の先には魔術の『炎』が集まっていた。
おそろしい数の『ファイヤーボール』を、死者の青ざめた腕の群れが撃ち放つ……。
―――ルルーシロアは避けることもしない、『風』の魔力を体外に放つだけだ。
それらが『ファイヤーボール』を弾き飛ばしてくれるから、彼女はまったくの無傷だよ。
ゼファーとの決闘から学び取る技巧も多い、今もそれを行っている。
『ゴルメゾア』は失敗したね、多数よりも収束した一撃の魔力が必要になる相手だ……。
『ぬるいんだよ、にせものめッッッ!!!』
―――短気なプライドが、『ゴルメゾア』の背骨に噛みついた。
無数の死者たちの骨が、悲鳴を叫びながら粉砕される。
ルルーシロアはそれを呑み込むことで、血と肉を我が物としてみせた。
魔力を回復しているんだよ、このおぞましい敵を喰らうことでね……。
―――ゼファーとの戦いで、大きく疲弊してしまったからだ。
真の自然の竜にとっては、あらゆるモノが肉に過ぎない。
すべての食物連鎖の頂点である彼女は、敵さえも肉として認識する。
『ゴルメゾア』を空中で噛みちぎりながら、魔力はすぐさま回復していった……。
「く、食ってやがる!?」
「す、すげーぞっ。この竜、めちゃくちゃだあ……っ!!」
「魔術も、弾いちまっている!!」
「強いぜ!!でも、オレたちも援護しよう!!」
―――海上の戦士たちは、この赤い竜に協力したくなる。
自分たちを助けてくれているからでもあるし、アリーチェの見せた夢の力もあった。
『自由同盟』の政治思想は、あらゆる人種の共存だ。
それを体現するような赤い竜に、彼らは力を貸したくなっている……。
―――大きな使命を、彼らの一人一人が見つけ出そうとしていた。
世界を変えてしまうためには、無数の戦士たちの力が必要だ。
彼らは世界を変えるための力そのものに、参加したくてしょうがない。
恐怖が消えていく、彼らは自分たちの『正義』と融け合っているんだよ……。
「矢を、放て!!」
「竜を、援護するんだ!!」
「オレたちは、『自由同盟』の一員なんだ!!竜と共に戦う、ストラウス卿の戦士!!」
「帝国の作ったバケモノを、竜と共に倒すんだ!!」
―――ルルーシロアにガルーナの伝統はない、彼女はただの野生の竜だから。
戦士たちと共闘するなんて行いは、大嫌いだよ。
ミアを背中に乗せて、戦ったあの日のことを思い出すと自分に腹が立つ。
どうして、ヒトなんて連中とつるまなければならないのか……。
―――最強であり霊長である竜がヒトみたいに、空も飛べない雑魚と共闘する。
そんな行いは、やはり間違いでしかないとルルーシロアは信じていた。
だが、ゼファーとの戦いのおかげで感情に少しだけ変化が生まれている。
ゼファーは『外』からまで、力を引き出していたからね……。
―――ルルーシロアは学んでいるのさ、とんでもなく賢い子だから。
『外』とつながることで、ゼファーが力を引き出して自らと互角に競り合えた。
ルルーシロアの方が格上なのに、判断の仕方では勝利と言えるような結果になっている。
有効なのだ、自分以外の力と共に生きることも……。
―――ミアが心に浮かぶ、ちいさくて空も飛べないが。
誰よりも強い猟兵たちのひとりにして、ガルーナの最も新しい竜騎士である。
共に飛んだとき、すこしは強くなったような気もした。
ミアを乗せていれば、おそらく先ほどの戦いも圧倒したような気がする……。
―――事実を認めなられないほど、ルルーシロアは愚かではない。
『ゴルメゾア』に挑む者たちを見下ろす、圧倒的に弱い戦士たちではあるものの。
臆することはなく、巨大さだけならルルーシロアよりもある空飛ぶ怪物に向け進む。
船を漕いで帆柱の上に登り、援護しようと鋼を放つんだ……。
―――この戦士たちは、間違いなくひとりだけならここまでの勇気を出せない。
『ゴルメゾア』に怯えて、ただ逃げまどいながら殺されるだけだった。
絶対的な被害者と呼べるほどに、弱い存在のくせに。
『何か』といっしょにいるから、強くなっている……。
―――戦士には『正義』が必要だ、戦うためには大儀が必要だ。
自分を捧げても構わないと信じられるほどの、何か尊いものがね。
彼らの心は希望を求めて熱狂しているんだ、ルルーシロア/赤い竜と共に戦いたい。
ルルーシロアは不思議なことに、腹を立てずにいた……。
―――『ゴルメゾア』に向けて放つ矢と、投げ槍の数々。
それは自分の戦いを邪魔するための、余計な手出しであるはずなのに。
何故だろうか、弱いはずの生き物が強くなっている様子が興味深いからか。
あるいは、この戦士たちを見ていると不思議な力が湧いてくるからか……。
―――竜たちが、竜騎士たちと契約した根源的な理由は『力のため』だ。
より強くなれるから、竜は竜騎士を利用しようと契約を成し遂げる。
強さが好きなのだ、それは技巧だと知識だとか肉体的で物理的な要素だけじゃない。
はるかな大昔に竜は認識したのさ、ヒトの戦いが帯びる大きな気高さを……。
―――それは弱さを打ち消して、強大な群れを作り上げる力だ。
ヒトが自分自身を越えて、誰かのために戦おうとするときの心の力だ。
強者も弱者も関係ない、自らの大切な者のために帯びる気高い近い。
死も生も自も他も越えて、大いなる行いを成し遂げようとする歌の力である……。
―――ルルーシロアは、ニヤリと笑った。
細かいことなど、どうでもいい。
事実のみを竜は認識し、常に戦いで勝利すればいいのだから。
彼女は『外』からの力を身に招き、強大な『火球』の歌を放つ……。
『GHAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHッッッ!!!』




