第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その二百八十九
―――ゼファーとルルーシロアは血まみれだった、技巧と体力を尽くしたからね。
世界最強の竜同士が、一切の手加減なしで殺し合いをしているのだから。
だが、これは竜という生き物の本能を何よりも満たしている。
ふたりとも最高の笑顔を見せつけているのが、その証拠だよ……。
『GHAAAAAAAAAAAAAOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHッッッ!!!』
『GHAAAAAAAAAAAAAOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHッッッ!!!』
―――歌と歌が融け合って、互いに向けてぶっ放した黄金色の『火球』同士が衝突する。
至近距離で、まったくの同時に。
巨大な爆炎が猛火の柱となって、地上も空も焦がしていく。
巻き込まれた帝国兵どもが、まっ黒な欠片となって世界に爆ぜて飛び散った……。
―――巻き込まれただけでも消し炭になるほどの火力を、ふたりはどう対処したのか?
爆風に乗って、より高く飛ぶこともやれただろうけど。
ふたりはどちらも、そんな消極的な道を選ぶことはない。
渦巻く爆風のなかを、『泳いだ』……。
―――灼熱に暴れる黄金色の爆心地に向けて、迷いもなくアタマから突っ込んでいく。
ゼファーの伸びた首が、白い獲物の肌に牙を届けさせた。
ルルーシロアの伸びた首も、黒い獲物の肌に牙を届けたように。
空中でお互い噛みつき合っていたよ、首の付け根のあたりにね……。
『がるううううううううううううううううううッッッ!!!』
『ぐるううううううううううううううううううッッッ!!!』
―――血走った眼に、闘争に歓喜するウロコの震え。
相手の骨格をも軋ませながら、爆炎に焼き払われながら。
そんなことはお構いなしに、全身全霊の力比べで競り合った。
突き落としてやるつもりだ、この空から地上に向けて……。
―――もつれ合いながら炎に包まれているふたりが、地上へと衝突した。
大地が揺れて、何かが削られていくような残酷な音が響いている。
土煙が巻き上がり、乾いた夏の空は黄土色に塗りつぶされそうだったよ。
ふたりは数十メートルも地面を引っ掻きながら、ようやく止まる……。
―――いや、止まったという言い方には間違いが含まれてしまうか。
すでに地上戦を始めていたからだ、同時墜落の全身打撲をしていたのに構わずね。
焼け焦げて、すり傷だらけの巨体をはげしさで揺らしながら。
ぶつかり合っていく、頭突きであり翼で叩き蹴り上げてしっぽで殴りつける……。
―――どれもがバカげた破壊力の打ち合いだよ、馬車だって一瞬で粉砕される威力だった。
ドワーフの鍛冶屋がハンマーをぶつけている金床、それが耳元にあるみたいな騒がしさだ。
壮絶な音の応酬は、それだけで小心者を恐怖のどん底に突き落としただろう。
神話や伝説のたぐいと同じレベルの打撃戦だから、しょうがない……。
―――困ったことに、ふたりともまだやるつもりだ。
竜の本能のまま、どちらかを殺すつもりになっている。
笑顔でね、そういう生き物だ。
自分が殺すために生まれた生き物だと、ふたりとも信じて疑ってなどいない……。
―――とくに、野生のままのルルーシロアはそうだ。
殺し合い以外の手段は、彼女にとって邪道であり不法であり冒涜である。
ゼファーを殺すため、脊柱を狙い始めていた。
首の骨をへし折って、死を与えてやろうと……。
「猟兵の流儀を、教えてやりましょう」
『……はい!!戦場に、一対一なんていう甘ったれた状況は、な、ないんだ!!』
―――誰よりも勇敢な『巨狼』が、殺し合いに興じる竜たちに向けて突撃する。
これ以上の戦いでは、どちらかが死ぬからね。
レイチェルの読みでは、ルルーシロアにゼファーが殺されていた。
それは避けねばならないし、そもそも戦場に一対一などというヘンテコな状況はない……。
―――ガルフ・コルテスならば、ニヤリと笑いながらルルーシロアに教えただろう。
「嬢ちゃん、地上に降りちまった時点で負けだ」。
「そこにいるのは、どっちの仲間なんだい」。
一対一の決闘の行方など、どうでもいいんだよ……。
―――これが戦場であれば、ゼファーの勝ちだった。
ボクたち猟兵からすれば、竜の本能よりも分かりやすい真実だよ。
『巨狼』に化けたジャンが、ルルーシロアの巨体に頭突きを入れた。
爪で踏ん張ろうとしたものの、ルルーシロアは大きく地上から離される……。
『……いぬ……っころ……ッ!!』
『お、『狼』だよ!!』
―――ルルーシロアに隙が生まれてしまっていた、それにゼファーが反応する。
竜の本能が強いのは、ゼファーも同じことだよ。
殺そうとしていた、ルルーシロアの喉笛に噛みつきを放とうと。
だから、『人魚』にしかられてしまう……。
―――『巨狼』の背から、ゼファーの狂喜する顔に向かって跳躍した。
レイチェルは身体構造理解のスペシャリストで、解剖学も教え込まれている。
知っていたよ、芸術家の目はどこまでも真実を追いかけていくからね。
ゼファーという竜のあごには、弱点があった……。
―――嚙む力は恐ろしく強いけれど、あごを開く力はせいぜい馬の全力の蹴り脚程度。
弱いというには、すこしばかり難があるかもしれないけれど。
『人魚』の身体能力からすれば、攻略可能な範囲の『弱さ』だった。
ルルーシロアの喉笛に噛みつく寸前、ゼファーの鼻先はレイチェルに蹴られる……。
―――喉を噛みちぎってしまう前に、あごは閉じられた。
おかげで、ルルーシロアは頭突き程度のダメージで済んだよ。
死なずに済んだ、プライドは傷ついたかもしれないけれど。
どちらにも死んでほしくない我々からすれば、無視していい傷だね……。




