第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その二百八十八
―――泳ぐような柔らかさ、竜の翼の力強さ。
それが変幻自在な軌道を創り上げて、ゼファーに噛みつきのチャンスを与えてくれる。
長く首を伸ばして、ルルーシロアの翼を噛み潰そうとした。
水中での戦い方によく似ていたよ、鯨に対してもこうやって噛みつく……。
―――ルルーシロアは翼を高く跳ね上げることで、それを回避してみせた。
牙の列がぶつかり合って、火花が散る。
外れてはいたけれど、それでもゼファーの噛みつきには技巧が宿っていた。
『風』の魔力を帯びていたからね、『飛ぶ斬撃』じみた効果があったんだ……。
―――空に『風』の刃が走っていたよ、読まれないようにちいさな魔力だったから。
そのリーチは長いものじゃない、それでも純白のウロコを裂いて翼から出血させる。
竜の赤い血が、ふたたび空へと舞った。
もちろんルルーシロアの逆襲は、すみやかに開始されていたよ……。
―――『雷』を練りあげる、それは瞬間的な早業だったのさ
ゼファーが知る限りでは、『マージェ』よりも早かったかもしれない。
『雷』に関しての最強の天才、ギンドウと同じレベルの瞬発力だ。
『風』の魔力を瞬間的に感じ取ったから、それに相性でいい『雷』を選んだらしい……。
―――ギンドウに対しての、復讐の機会を待ち望んでいたこともある。
練習していたのさ、『雷槍ジゲルフィン』に競り負けたことに対しての怒りゆえに。
ルルーシロアの『殺してやりたい敵リスト』には、彼もまた記述されている。
本人は面倒がるだろうけれど、拒んだところで運命が変わってくれるとは限らない……。
―――これもまた、人生が与えた力だったよ。
ルルーシロアも猟兵との邂逅で、大きな力を得ていたんだ。
『雷』があらゆる包囲に向けて、放たれていた。
ゼファーも被弾するが、帝国兵の一団にもその雷電が襲い掛かっていく……。
―――ただの流れ弾に過ぎないけれど、なかなかの威力だったよ。
ルルーシロアの知性は高く、鋼に対して誘導性のある質を研究したようだ。
つまりはゼファーの鎧にも、帝国兵の鎧にも当たりやすさがある。
そういった質を頼ることで、瞬発的な魔術であっても命中精度を保ったらしい……。
―――帝国兵どもが、電熱に焼き払われて即死していく。
瞬間の死だから、喜ばしいことだったかもしれない。
ルルーシロアが殺傷性能を、よく磨き上げていた結果だ。
間接的にはギンドウのおかげでもある、これはギンドウ対策の技巧だから……。
『さすが、だ……っ!!』
―――嬉しくなっていたよ、ルルーシロアの強さにね。
雷撃に全身を焼かれながら、連続で攻めを浴びせる機会を奪われながらも。
敬意をもった喜びと共に、電流に収縮させられようとする翼を御した。
無理やり最大出力の羽ばたきを打つことで、電熱の麻痺をキャンセルした……。
―――器用なコントロールだ、『風』に対して『雷』は圧倒する法則性がある。
それを利用して、羽ばたきのために使う筋肉へ『風』の魔力を集めたんだ。
『雷』は誘導されて、ゼファーは思いのままの動きを相手の魔力で作り出した。
ヒトなら、この反射速度は出せなかっただろうね……。
―――ルルーシロアをしっかりと観察し、見ていたからこその反射的アイデアだ。
今のゼファーには無意味な反抗心はなく、相手に対しての敬意がある。
それがあればこそ、噛み合うものさ。
挑戦者らしい、粘りとも言える……。
―――ルルーシロアよりも、高く飛んでいた。
頭上を取られる屈辱を、やはり白い最強は受け入れることはない。
御しがたい本能のまま、飛び上がろうとするだろう。
ゼファーはそれを予想して、蹴爪を浴びせてやろうと待ち構えていたのだが……。
―――読みが崩されていたよ、ルルーシロアは普通の上昇なんてしなかった。
回転する、泳ぐような柔らかさの飛び方の専門家は彼女にこそある。
空中で素早く回転しながら、ゼファーの蹴爪の振り落としを受け止めた。
逆さまになることで、自分の爪でそれを受け止めていたんだよ……。
『あはは!!うけとめられた!!』
―――それだけでは終わらないことも、ゼファーは理解している。
受け止めるだけじゃなくて、自分の爪にルルーシロアの爪が絡んでいたからだ。
竜の体術だよ、ゼファーの巨体が地上に向けて引きずり込まれていく。
振り下ろす動きに沿うような力のデザインであり、これは防ぎようがない……。
―――地面に向けて、ゼファーが顔面から落とされそうになる。
そうくるのなら、ゼファーにも考えがあった。
竜は反射神経だけでなく、思考速度もヒトを超えているものだからね。
自ら右前下方に向けるように飛ぶことで、引き込みの勢いに乗ったんだ……。
―――地上のすれすれまで落ちるが、前方の回転で作った加速で『投げ』を放つ。
竜の体術であり、猛禽類同士のケンカにも似ていた。
ルルーシロアも、ゼファーの回転に巻き込まれる。
お互いに離れなければ、こんな崩れながらの投げでは共に墜落していたかもね……。
―――だからというわけじゃない、ふたりは互いを突き飛ばすように離れる。
あくまでも、次の瞬間の主導権を掌握するために。
空間と勢いと、飛行の角度が生まれる。
あらゆる力と知性を使いながら、ふたりは次の瞬間には交差するように衝突した……。
―――それからは目まぐるしい速度で、互いのポジションが入れ替わる。
牙と爪が互いの巨体を傷つけ破壊し、血を使って空に赤い軌跡を描いていった。
ウロコが散って、ブラックミスリルの鎧も壊されていく。
牙と牙までぶつかり合い、空には爆音みたいな衝突音が響いた……。
『わ、わあ……っ。ぜ、ゼファーも、ルルーシロアも、す、すごいや……』
「まるで、神話のような戦いですわね」
『は、はいっ。すごい戦いです。で、でも……っ』
「ええ。決着がつきそうですよ。援護に、向かうべきですね。ルルーシロアは、殺しかねませんから」




