第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その二百八十五
―――ゼファーとルルーシロアの空戦が、本格化する。
風を読解しながら、地上の戦況を見回しながら。
知覚が及ぶあらゆる範囲を、互いに使いこなす。
ふたりは心のなかに、ほとんど完全な世界を再現していった……。
『……せかいを、ぜんぶ。ぼくのものに、するんだ』
『……おまえのかんがえごとき、すべて……しょうあくしてみせる』
―――夏の太陽は地上を焼いて、上昇気流の柱を生み出した。
見えないはずの風の道に、ゼファーもルルーシロアも完璧な反応をする。
風を読むのは、本来は竜騎士の技巧であり知識だ。
ゼファーが修得しているのは当然だけど、ルルーシロアも覚え始めている……。
―――戦いから、学んだのさ。
ゼファーの飛び方を探り、自分がより強くなるために見て盗んだ。
ふたりは同時に上昇気流へと飛び込むと、空高くにまで舞い上がる。
帝国兵どもは矢を準備して放つが、蒼穹の高みを貫くように飛ぶ竜に届きはしない……。
「な、なんて……速さなんだ」
「一気に、あんな高さまで……っ」
「違う。鳥を、射るような撃ち方では、あ、当たるハズがねえだろうが!?」
「あれが、あれが……竜なのか」
―――圧巻の上昇だった、蒼穹を貫くように上昇した黒と白の竜を見届けることは。
神話に歌われた光景そのものであり、伝説に歌われた事象そのものだ。
帝国兵も帝国の傭兵どもも、この美しく力強い瞬間に心を奪われている。
恐怖というよりも、まるで神々に抱く畏怖の感情だね……。
―――実に、正しい考えだった。
ふたりの飛び方は、神聖だと評価してやるべきものだ。
歴史的な光景だよ、そもそも『グレート・ドラゴン/耐久卵の仔』が複数いるなんて。
ガルーナの歴史においても、ありえないことなのだから……。
―――生物の霊長である、竜の頂点たち。
それが共演して、空に舞い上がる光景を最も近い場所から見上げられるなんて。
神話や伝説との遭遇と、まったくもって同じことだよ。
神々の一種と同じ力を持つ竜たちを、畏怖の震えで表するのは最高の礼儀だ……。
―――自分たちに浴びせられる、雑魚どもの視線。
そんなものにゼファーもルルーシロアも、気に取られることはない。
竜らしく、雑魚を気にかけはしないんだ。
今この飛翔の最中は、ふたりだけの世界だったよ……。
―――猟兵らしい笑みを、ゼファーは選ぶ。
まるでソルジェか、あるいはアーレスのようにね。
背中に誰も乗せていないゼファーは、普段よりもシンプルな飛翔能力は高い。
ルルーシロアさえも、追いつけなかった……。
『それでも、かんぜんに……ついてくる』
『あたりまえだ。おまえを、のがすとおもっているのか』
―――突き刺さり、燃やされてしまいそうなほどの視線だ。
ゼファーのウロコが警戒心に揺さぶられたが、それ以外の感情も得る。
『共存』を選んだ者には、大いなる視野が開かれるものだ。
この夏の青い空と同じように、ゼファーの心は澄み渡りながら広がっていく……。
―――記憶を探る、自分の『血』の歴史だ。
空の高みに近づくほど、アーレスを感じられる。
偉大なる祖父竜は、自分のためだけには戦わなかった。
ガルーナと、愛する竜騎士姫の『血』を引くストラウス家のために……。
―――誰かのために戦うことは、竜らしくないとは限らないのだ。
この飛翔速度に複雑さはないが、それに至る風を読ませたのは竜騎士の力。
歴史といっしょに、ゼファーは飛んでいる。
それを理解すると、ルルーシロアの罵りの言葉は耳に入らなくなった……。
『これは、ただしい』
―――自分を認めながら、ゼファーは高く高く上昇する。
ルルーシロアも、完全に追いかけていた。
むしろ、追いつこうとしている。
ふたりのあいだにある距離が、ちょっとずつだが狭まっていた……。
―――ブラックミスリルの鎧の重さだけ、ゼファーは不利なのだ。
ヒトの作ったものに頼るから、この遅れは出ている。
ルルーシロアは、そう考えた。
だが、ゼファーの考えは違う……。
―――謙虚に考えていた、自分を上回る力を出せるルルーシロア。
彼女が単純に、自分よりも『格上』なだけだと。
敗北宣言ではないよ、ただ認めがたい事実を認めてみせただけ。
ゼファーの幼い心とプライドが、認めにくい事実をひとつ受け入れたんだ……。
『おまえは、やっぱり……すごいやつだ!』
『あたり、まえだ!もうすぐ、おいついて……きりさいてやるぞ!!』
―――高く高く、蒼穹の頂点。
空気が薄くなって、羽ばたきが空振りしていく高み。
そこまで競れた、自分よりも強いルルーシロアと。
上等だし、確かめられたこともある……。
―――全身がキツかった、呼吸もしにくいし翼も傷む。
呼吸も荒くなっているが、それはルルーシロアも同じ。
そうだ、ルルーシロアも必死にならなければこの高みには至れない。
それは、ひとつの事実を物語っている……。
『ぼくたちは、りゅうきしのちからで……ここまで、たかくとんだ。おまえだけじゃ、ぼくだけじゃ……ここまで、これなかっただろう』
―――無言だ、怒りの言葉さえも出せない。
そんな言葉よりも大切なのは、ただゼファーに飛びかかり永遠に沈黙させることだ。
だが、心は動揺しかける。
竜騎士の力を借りた、奪っただけであると否定しようとしたが……。
『『どーじぇ』と、みあが、いなければ……もっと、ひくくしか、とべない。りゅうは、りゅうきしといっしょにいると、たかくとべる。はやくとべる。つよく、なれる……そうだよね、あーれす!!』
―――あらゆる竜がそうとは言わないが、騎士道に生きる竜はそうだ。
自分のための力ではない、竜騎士と共に生きることで得られる力がある。
多くの者を守る義務だ、国も民も仲間も。
その重みは翼を鈍らせはしない、誰かのために飛ぶガルーナの竜は強い……。
『なにが、いいたい』
『だれかといきると、ちからをえられる。るるーしろあ、おまえからも、ぼくは……ちからをもらう。おまえのとびかたも、つかいこなして……ぼくよりつよい、るるーしろあに、かってやる!』




