第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その二百八十四
「りゅ、竜が来るぞ!?しかも、に、二匹もいるじゃねえか!?」
「聞いてないぞ!!黒いのが、一匹だけってハナシじゃ……っ」
「ちがう!!聞いた、ことはあるぞ!!『モロー』で……『モロー』の沖で……」
「帝国の艦隊と、白い竜も戦っていたと……く、来る!!う、撃てええ!!」
―――『オルテガ』への一番乗りを決めるレースよりも、生存競争の方がやる気は出た。
帝国の傭兵どもが、次から次に空へと矢を放つ。
おびえた矢では、まして鳥を射るときのノウハウではかすりもしないというのに。
矢の群れをゼファーもルルーシロアも飛び越えて、羽ばたきの風に騎兵をまき込んだ……。
「ぐはあ!?うう、馬が……っ」
「あんなのと、戦うのかよ……命が、いくつあっても足りない」
「はあ、はあ。こりゃあ、退きどきかもしれんぞ―――」
「―――あ、あぶねえ!?」
―――ゼファーが戦術を使ってくれるのなら、レイチェルとジャンも呼応する。
竜たちの急接近にひるんだ敵どもに、『巨狼』が襲い掛かったよ。
体当たりで踏み潰し、その背に乗ったレイチェルの『諸刃の戦輪』が敵を裂いた。
空と地上を同時に警戒しなければならない状況は、小規模部隊にはあまりに厳しい……。
「やってくれますね、ゼファー」
『は、はい。『ルルーシロア』を、う、上手くこっちに誘導してくれているみたいです』
「美しい竜。気高い竜……ミアが、欲しがるわけです。怒りに満ちていますね。ゼファーにご執心というよりも……自らの価値観との衝突に、藻掻いているように見える」
『か、価値観との衝突……ですか?』
―――芸術家の感性は、いつものように難解さがある。
それでも、いつものように真実を照らした言葉だ。
幼い仔竜でもあるルルーシロアは、藻掻いている。
悔やんでもいるのだ、どうして『あんな選択』をしたのか……。
―――『モロー』の沖合いでミアを背中に乗せて、いっしょに戦ってしまった。
それが気に入らない、あの選択が気に入らない。
ひとりで敵を倒せば良かっただけなのに、どうして乗せたのか。
ルルーシロアは、あの日の選択をした自分に納得してやれなくなっている……。
―――ゼファーが猟兵たちと関わるのを見ると、あの過去が蘇った。
消せない過去を突きつけられ、心がぐるぐると怒りに空回りする。
過去を殺す方法は、竜でさえ持たないのだから。
どうにもならない屈辱に、閉じ込められている気持ちになる……。
―――空が重く、風がまとわりつく。
この感情を、どうやって処理するべきなのか。
とりあえずは、目の前を飛ぶゼファーを追いかけることにした。
ゼファーのしっぽから流れる血が、ルルーシロアの顔にかかる……。
―――『同族殺し』、『竜喰い』。
『耐久卵の卵/グレート・ドラゴン』の本能が、ゼファーの血で満たされる。
どんな獲物の血肉よりも、竜のそれは味が良かったから。
イライラすることは多いが、『ごちそう』を喰らいたくなる……。
『GHAAAOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHHHHッッッ!!!』
―――空を揺さぶる、あらゆる生物の霊長の歌。
帝国の傭兵どもの注意と警戒が、『オルテガ』から竜たちに向けられた。
歓喜と殺意が完璧に一致した感情が、空から降り注いでいる。
死を約束されたような気持ちとなり、『オルテガ』進撃の士気は削がれていた……。
「いい仕事をしてくれていますが、長くは持たないでしょうね」
『で、ですね。ルルーシロアは、完全に……ゼファーを、ね、狙っていますから』
「こちらの仲間と言い切ることは難しい関係性です。だからこそ、ジャン」
『は、はい!地上で、ぼ、ボクたちが敵を襲って……ご、誤魔化しましょう!!』
「敵の認識を、揺さぶってやるのです。各個撃破しながら、数を減らす……集中してくれたら、それはそれでチャンスですね。ゼファーが、『火球』で焼き払ってくれますから」
―――竜への対策を、帝国側も考えつつある。
密集すれば、まとめて吹き飛ばされるという事実を理解していた。
今は密集したくもなっているが、気軽にそれをやれない。
そのジレンマに乗じて、レイチェルとジャンの『狩り』は続行していくわけだ……。
「あの女と狼に集中すれば、竜にやられちまう……」
「集まれば、竜。密集しなければ、あいつらに……」
「どうすべきだ!?隊長、考えなくちゃならねえぞ」
「……『オルテガ』まで行けば、報酬が出る。ギャンブルは、乗るべきだ!」
―――傭兵稼業は過酷だけど、それを気に入る者は多くいる。
誰もがなれるわけじゃないが、戦闘狂という領域があってね。
命がけのスリルにこそ、生き甲斐を感じられる連中がいた。
そういう連中は、竜のプレッシャーに対しても考えを深めない……。
「突撃だ!!他の連中を、出し抜いてやればいい!!」
「で、ですよねえ!!」
「さすがは、隊長だ!!」
「稼いだあとは、退いても構わねえんだ。ボーナスだけは、もらうぞ!!」
―――もちろん、そういう連中は狙われもする。
猟兵の哲学は、『士気の高い強者から殺してしまえ』だからね。
ガルフ・コルテスの教えに従い、猟兵たちは戦場の狂信者から仕留めてみせた。
メッセージだよ、『お前たちは我々と戦って生き残れると思っているのか?』……。
『れいちぇる、じゃん。すごい……てきを、くぎづけにしている……っ!』
―――喜びが生まれ、空を叩くゼファーの翼に力が生まれた。
仲間と協調して飛び回ることに、ゼファーは幸福を感じられる。
それは大きな『変化』であり、かつてよりも自分はフクザツになったことを自覚させた。
ルルーシロアにぶつけられる言葉は、疑問を呼びはする……。
―――『竜らしく、ないかもしれない』。
竜の本能を果たそうとするルルーシロアと、自分のどちらが正しいのだろうか。
そんな思考を、ゼファーは一瞬だけする。
でも、迷うことはない……。
―――『ドージェ』が好きで、『マージェ』が好きだ。
竜は孤高であるべきかもしれないが、竜と同じぐらい強い猟兵たちとは共存できる。
ソルジェが王道を身につけつつあるように、ゼファーは騎士道を理解し始めていた。
他者や大義のために戦うことが、ガルーナの竜が持つ騎士道なのだと……。
―――究極の獣ではなく、ヒトと共存する獣となる。
それをルルーシロアは家畜化と見ているが、竜と竜騎士の関係性はもっと複雑だ。
竜だけではやれないことを、竜騎士だけではやれないことを成し遂げる。
そのための契約であり、それは竜の本能に勝る喜びを与えてくれた……。
『せかいは、ひろいんだ!!』
『なにを、いっている!?』
『ぼくたちは、とても、おおきなことをしている!!がるーなのりゅうは、あーれすの『ち』は、けだかい!!』
『そんな『ち』は、わたしが、すべて……のみほしてやる!!『かて』になれ、くろいやつ!!』
―――迷わない、ふたりの正義は揺らがない。
それでも戦術の沼に、引きずり込もうとゼファーは努力した。
敵の上空で、極限の追いかけっこをすればいい。
細かな部分は、地上にいる仲間に頼ればいいだけのこと……。
『ぼくだけじゃ、やれない。でも、やれている。なかまを、たすけているんだ!!』
『なかまなど……むれようと、するな!!りゅうとしての、ほこりはないのか!?』
『あるよ!おまえとは、ちがう……ほこりにも、たくさんある!!』
『ないね!もっともただしい。いちばんのおこない。『さいこう』とは、『きゅうきょく』とは、『れいちょう』とは……いつも、ただひとつ!!』
―――当然だけど、ルルーシロアは甘くない。
容赦もしないし、とてつもなく狂暴だ。
戦術を考えながら飛び回る状態のゼファーが、いつまでも逃げ続けられるはずもない。
撃たれた『火球』を回避して交差する瞬間、翼の半ばにある爪で傷つけられる……。
―――ブラックミスリルの鎧が裂かれて、血が空に舞った。
戦術の『ルール』を賢いルルーシロアは、とっくに把握している。
ゼファーのやりたい動きを、すべて見抜いてしまっていた。
ならば対策は簡単だ『ルールに乗ることで、ゼファーの動きを制限してやろう』……。
―――竜は賢い、教わっていない戦術さえも戦いながらすぐに理解し逆手に取った。
ゼファーは、ルルーシロアの賢さを思い知らされる。
あちこち傷つけられることになる、それでも勝機は捨てない。
ルルーシロアが喜ぶ事実だろうね、竜はあきらめるような生き物ではなかった……。
『……やっぱり、りゅうはすごい。『いちばん、ぼくがこまるうごきをする』。おまえが、それをするから。それを、ぼくも『よめるようになった』。さくせんで、おまえを……たおしてやるぞ!!』




