第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その二百八十
―――それはあまりにも恐ろしい状況であり、ロロカでさえも想定外の現象だった。
疲労は当たり前であるし、この夏の暑さで戦争なんてやっていればめまいも起きる。
だが、全員が同時にこれほど魔力を消失してしまうなんて。
聞いたこともなければ経験したこともない現象だ、ロロカ自身も異常に疲弊していた……。
―――周囲を見回す、『白夜』の感覚とつながりながら状況把握につとめた。
戦士たちがフラフラしていたし、なかには嘔吐する者までいる。
『どうしてなのか?』という問いが、ロロカの賢い分析の包囲をすり抜けてしまうのだ。
何が起きているのかまったく分からない、知識ではカバーし切れない現象だった……。
―――だからこそ、ロロカは落ち着いて現実だけを見回していく。
疲弊している者たちがいる、いきなりとてつもなく疲れ果ててしまっているのだ。
まるで一日中行軍でもしたかのような疲労、それが多くの者に現れている。
『多くの者にいきなり』、知性がその不可解さに対して解剖を始めていたよ……。
―――『いきなり現れた理由』なんて、分かるはずもないからロロカは考えない。
それよりも『多くの者』に、という把握可能な事実から分析すべきだと判断した。
自分も再び襲って来ためまいに苦しみながら、『白夜』の背から降りてしまいながらも。
『多くの者』のという囲いのなかに、読み解くべき真実を見つけている……。
「例外が、いる。全員じゃ、ないの」
―――ディアロスたちは全員が、ふらついているように見えた。
エルフもそうだしドワーフも、ケットシーも巨人族も。
つまりこの問いに対しての一つの答えは、何とも簡単なものである。
亜人種に対してだけ、魔力の異常消失現象が起きてしまっていた……。
「人間族の、戦士のみなさん!……亜人種の戦士たちより、前に……戦列を、維持するために……動いて、ください!」
「は、はい!?」
「どういう状況なのでしょうか……何故、いきなり……大勢が疲れ果てて……!?」
「何故かは、分かりません。ですが、亜人種は魔力を奪われて、人間族はどうやらその異常に襲われていないのです。カバーを、よろしくお願いいたします!」
―――すばらしい指揮だったよ、せっかく帝国軍が退却を始めているのだから。
そのアドバンテージを保つべきだった、そのためには人間族の戦士に頼るしかない。
戦列が新しく、偽装される。
それでも、敵にはバレているだろうとロロカは考えていた……。
「やらないよりは、ずっといい。可能性は、低くとも……一秒でも、考えるべきです。対策を、この現象の理由を……ッ」
―――『ありえない現象』に対して、ロロカは経験がある。
自分のような圧倒的な強者が、あっさりと謎の状況に苦戦させられる経験は少ないものだ。
それでもゼロではない、こういった経験は過去一度だけある。
故郷の極北の土地で、あっさりと自分の肉体のコントロールを奪われたことが……。
「『ゼルアガ』の、権能……ッ!!」
―――ロロカの賢い分析能力は、また真実を探り当てていた。
これは『ゼルアガ/侵略神』の影響であり、抗いがたい絶対的な神の『権能』だよ。
魔力の影響でも、物理現象でもない。
ただ得体の知れない、おぞましく絶対的な力に圧倒される……。
「腹立たしく、屈辱的な……ッ。これは、つまり……『オルテガ』で、何か、良からぬことが起きていると……ッ」
―――『ギルガレア』についての情報は、もちろん『フクロウ』が運んでくれている。
共有されているのさ、『ギルガレア』という『ゼルアガ/侵略神』らしき存在について。
どこから新たな『ゼルアガ』が湧いて来たとしても、その可能性はゼロじゃないが。
やはり極めて珍しい存在だからね、神さまはレアなものだ……。
―――ロロカは冷や汗をかいたよ、もしもこの現象が『オルテガ』で起きていたとする。
そしてこの現象が、『発生源』に近い方が深刻なものであったなら?
想像力はやはり、恐怖と相性がいいものだ。
遠く離れたこの戦場で、これだけ息苦しい疲労を浴びせられるのだからね……。
―――『オルテガ』にいる亜人種たちは、下手すれば即死するんじゃないだろうか?
ロロカは客観的な分析で、絶望的な危機を心に描いてしまう。
空を見上げる、空に異常な現象でも起きていれば賢い分析が噛みつける場所になったはず。
だが、そんな異変はどこにもないよ……。
―――はるかな南、『オルテガ』のあるはずの空の彼方でもね。
ロロカは想像力をひとつ、閉ざしておくことにした。
この異常な現象は、『空間に依存しない』と仮定しておくことにする。
そうでなければ『オルテガ』は死者の群れで埋まる、そんな絶望は考えるべきではない……。
―――根拠もあるよ、『ゼルアガ』の遺した権能は世界を丸ごと支配する。
距離や空間になど、依存してはいないものもあるのだ。
『呪いの風』と呼ばれるものは、見えない大気の道として大陸の空を駆け巡り。
あちこちに魔物を生む原因となっているが、起点を分析できた学術研究はない……。
―――『オルテガ』もこの戦場でも、亜人種の魔力消失現象は同程度だと予測する。
それでも十分に不利な状況であり、『範囲』についても恐ろしい推論が浮かんだ。
『もしかして大陸全土の亜人種が、これほどの苦しみを背負わされている』のでは?
しかも、『これに終わりがある保証さえない』のが恐ろしい……。
―――未知と想像力は、恐怖の温床になる。
ロロカでさえも、そうであった。
ただし、大陸で指折りの賢さを持っているからね。
たったの一瞬で、穴だらけではあるものの真実を引きずり出せたことは大きい……。
「なすべきことは、ひとつ。魔力を奪われて、体力も弱まってしまう!敵にハッタリを仕掛け、退却を期待するのが第一!それが、裏切られる結果となったときは、可能な限り速く、『攻める』!!」
「こ、この疲弊の状態で、『攻める』のですか!?」
「……今より、弱体化しないとは限りませんから」
「……そ、そんな、ことになったら……ッ」
「壊滅的というか、破滅です。この現象は、私たちだけが背負わされてはいないでしょう。逃げ切れもしない……このまま、退却の動きをして疲れ果ててしまえば、それこそ戦えない。全滅必至となる……」
「そ、それよりは、まだ……戦った方が、ずっとマシ……っ」
「そうなりますね。とても、選びたくない道ですが。まともに逃げ延びることさえ難しい状況では、それが次善策」
「敵が、このまま退いてくれれば、最善なのですが……」
「見られていましたからね。こちらの動きを、じっと。観察能力の高い精鋭たちの目が、にらみつけていた。撤退を始めようとしていたときなのですから……見抜かれていなければ、幸いですが……それは、あまりにも都合の良い考えです。皆、覚悟を!迷わず、攻める!!それだけが、状況を改善させる力になる!」




