第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その二百七十九
―――ロロカが送った使者に対して、帝国軍は返事こそしなかったけれど反応はした。
負傷兵の輸送が始まると、敵陣の大きさは一回り小さくなる。
傷ついた者を運ぶために、兵士が使われているからだよ。
帝国軍の士官どもは不安を覚えながらも、ロロカの提案に乗る……。
「……あちらが、襲ってくるかもしれないが……しかし……」
「見殺しには、できない。若い者たちも、多いんだ……」
「警戒を、しておけ。亜人種どもが、約束を守るとは限らん!」
「卑劣な劣等種族どもだからな!あいつらは、敵なんだ!!」
―――戦場で職業倫理を守る者は、敵からも尊敬される。
負傷兵の輸送を許す行為は、尊敬すべき行いではあった。
帝国兵どもは亜人種が含まれる『プレイレス』軍を、憎みつづけようと必死になるものの。
『プレイレス』軍には人間族の戦士も多いからね、彼らに対しては差別感情を持てない……。
―――『プレイレス』は文明の発展した土地ゆえに、他の地域からの尊敬もある。
帝国兵どもは、ダブルスタンダードを使いこなすことになった。
『プレイレス』軍の人間族の戦士たちは、すばらしく人道的である。
『プレイレス』軍の亜人種の戦士たちは、絶対に信じられない……。
―――そんな矛盾を抱えてしまうと、帝国兵どもには迷いが生まれてしまう。
尊敬すべきか軽蔑すべき、自分が作った差別感情に悩まされていた。
間抜けなハナシだけれど、こちらには好都合だよ。
心理戦として、大きな勝利を得たからだ……。
―――どんなに差別の力を用いようとしても、やはり尊敬するしかない態度だからね。
負傷兵のなかに兄弟や友人がいた者、同郷の出身者がいた者は多い。
正しい振る舞いは、大きな権威を与えてくれるものだ。
戦場で尊敬を集めた軍はいつだって強くなるよ、権威にヒトは捕らわれるからね……。
「……敵の方が、強く……そのうえ、正しいか」
―――大声では言えないが、それは真実だ。
戦術と戦士の質で圧倒し、負傷兵に対しての礼節も欠かさない。
憎しみと侮蔑と、尊敬と敗北の悔しさに帝国兵どもは混乱していく。
感情の浪費みたいなものでね、それは士気を維持する精神力の消耗に直結した……。
―――負傷兵の輸送に乗じる形で、『プレイレス』軍が攻撃を仕掛けることは当然ない。
その事実が帝国兵どもの心を、揺さぶっていく。
若い兵士が死傷し、この軍勢から消え去った今では賢いベテランばかりだ。
憎しみや怒鳴り声だけで、軍隊の士気が維持できるなんて馬鹿なことを信じていない……。
「……もう、士気がもたん」
「『プレイレス』軍は、隊列を維持しているぞ。角馬どもも、しっかりと休んでいる」
「退却すべきだ。日差しも強くなり過ぎた。我々は、次の角馬どもの突撃があれば、崩壊させられるぞ」
「……敗北を、語るな。その判断を成すのは、士官だ……」
―――軍隊のなかで階級は絶対的なものだけど、ベテランの発言権は大きい。
帝国貴族の息子や大商人の息子が、金で買ったような階級に重みは少ないしね。
大陸全土を掌握してみせた時代の、古強者の言葉に若い士官も刃向かえないさ。
兜の内側を汗でびっしょりにしながら、やがて判断は下される……。
「……退却の準備をしろ。国境線を死守すればいい。『オルテガ』から、戦力が戻れば……彼らと合流し、『プレイレス』軍を粉砕してやるぞ!!」
―――敵ながら妥当な判断であり、ロロカが望む形になろうとしていた。
敵が見せる動きに、ロロカは選択肢を得る。
もう一度、突撃を与えてやるべきか。
それとも、次の戦いに備えて戦力を維持するべきか……。
「当然ですが、敵を削っておくべきですね」
―――次の戦いのためにも、叩けるときに叩くべきだ。
こちらには余力もあるし、連戦で疲弊しているはずの『オルテガ』の援護もしたい。
ロロカは敵が後退し始めるタイミングを、推し量ろうと視力と知性を総動員する。
最良の形で、敵を打撃するべきだからね……。
―――虎の子のユニコーン騎兵たちを、左翼に集めていく。
通常の騎兵たちも、それに混ぜるようにして。
視覚効果もあるよ、ユニコーン騎兵たちの数が多く見える。
脅しとして機能させつつ、右翼にもユニコーン騎兵の集団を用意していた……。
―――帝国軍に左翼を意識させたうえで、右翼のユニコーン騎兵で切り崩す。
そういう戦術をデザインしている、敵戦力の消耗を考えれば有効な戦い方だよ。
逃げ去る敵を追いかけながら包囲する、それもまた最良の形だ。
破滅的な被害を防ぐためにも、敵は精強な部隊を編成してしんがりを守らせる……。
―――それをすばやく打ち崩せれば、敵軍をせん滅させることも可能になるだろう。
ロロカと『白夜』の突撃が、決め手と言えるね。
ロロカは右翼のユニコーン騎兵たちに混じり、出発の機会を待つ。
しばらくすると、帝国軍どもはゆっくりと退却を始めた……。
「突撃を仕掛けま―――す、よ……っ!?」
―――めまいがした、夏の日差しにやられたのかとロロカは考える。
首を横に振り、意識を集中し直しにかかった。
指揮官がこんなことではいけないと、自分を叱りながらロロカは背筋を伸ばす。
『白夜』が異変の本質を察し、ロロカに教えたのはそのときだった……。
『ヒヒイイン!!』
「……え?そんな、ことがあるはず……?」
―――『白夜』は伝えてくれたのだ、すべてのユニコーンが一斉に『弱った』と。
ディロスたちの全員が、同じようにめまいに襲われたのだと。
ありえないことだったけれど、『白夜』は正しかった。
そしてロロカや『白夜』のような強者よりも、他のユニコーン騎兵たちの方が……。
「大きく、魔力が……消失している……!?」




