第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その二百七十七
―――『風』の生み出す大気の乱流に、矢は乱されてしまう。
撃ち出す角度を少しでも上に向けるだけで、矢の勢いは削がれた。
それでも重さのある投擲武器については、事情が異なる。
全力を込めた投げ槍だとか、ドワーフに至っては手斧もぶん投げていた……。
―――大気の乱流を、この重さのある攻撃は貫いていく。
『風』が生み出す流れの方向を、始めから知っていたことも大きい。
これらはすべて、ロロカ・シャーネルの演出した戦いの構成に所属している。
ロロカはたしかに突発的な戦いを得意とする『守備』の将だけど、それだけでもない……。
―――大陸でトップクラスの知的な天才でもあるから、『攻撃』だって組めた。
『守備』の将が得意とするのは、敵の攻めを読み解くことでもある。
この『攻撃』も敵の攻めを読んだうえでの、反撃とも言えなくもない。
戦いは流動的につながってはいるからね、裏と表さえ常に一帯だ……。
―――いずれにしても、投げ槍と手斧は『風』を貫いて敵に降り注ぐ。
悲鳴と血しぶきがあちこちに生まれて、帝国兵どもは落胆した。
即死した者の方が幸せだと思える重傷者も、多く発生している。
帝国兵どもは負傷者を引きずりながら、後退を始めていたよ……。
―――ベテランのせっかくのアドバイスも、空振りしてしまったのだから。
どうにも打つ手がなくなった、後退するのが最適解ではある。
もちろん、それをわざわざ許してやる必要はない。
これは戦争だ、政治力と利益を巡って戦う最も野蛮な行いの最中なんだよ……。
―――多くの死体と、『地雷原』。
帝国軍のベテランどもは、それがこちらの攻めに対しても壁となると信じた。
悪くはない判断だけどね、こちらは『地雷』の場所を把握している。
闇雲に埋めていたわけじゃない、整然とした列にそろえて埋めたのさ……。
―――例外のひとつもなく、その作業は完遂されている。
これもロロカの命令の通りで、ディアロスとユニコーンはロロカの『信奉者』だ。
その上、突撃を好む極北の勇者たちだからね。
ロロカが槍をかかげるだけで、迷うことなく追撃を始めた……。
「逃げる敵を、片っぱしから粉砕するぞおおおおおおッッッ!!!」
「勝利の契機を、我らが作り上げるのだああああああッッッ!!!」
「ディアロスの槍は、赤く染まる!!ユニコーンの角も、赤く燃えるッッッ!!!」
「帝国軍よ、我らを永遠に覚えておくがいいッッッ!!!」
―――突撃をしたのは、10騎だ。
量こそ多くはないものの、その全員がこの戦場でトップクラスの手練れたちだよ。
『地雷』を避けて疾走し、片っぱしから背中を見せた帝国兵を血祭にあげていく。
残酷と言うのなら、それも正しい……。
―――これは戦争だからね、友情や愛情は多くはないんだ。
敵が死ぬほど、仲間が殺される可能性も低くなる。
だからこそ、この場では残酷さは何よりも歓迎されるものとなった。
ユニコーン騎兵たちは敵を蹴散らしたが、奥深くまでは追撃しない……。
―――温情を発揮したわけではなく、帝国軍のベテランどもが備えていたからだ。
一気に貫けるほど、帝国軍のベテランどもの執念は弱くない。
戦闘意欲はかなり失っているが、戦いは『守備』の方が強いものだ。
そしてユニコーン騎兵には成し遂げる命令が、もうひとつある……。
―――こちらの陣形は、薄いからね。
右翼と左翼の両端で、いくらか苦戦が生まれている。
中央で大勝ちしただけでは、戦の勝利は決まらない。
いまだに敵の数が多いからこそ、ユニコーン騎兵たちには仕事があった……。
―――北側、苦戦している左翼の援護に彼らは駆けつける。
敵も中央に集まり過ぎていたからね、ユニコーン騎兵たちの勢いなら貫ける密度だ。
敵の最前列のわずかな後ろ、その道を彼らは駆け抜けながら敵を粉砕した。
右利きが多いからね、この角度での突撃は成功しやすい……。
―――ユニコーン騎兵たちは、右側に並ぶ敵にだけ鋼を叩き込めば良かった。
負傷者は出るが、死者を出さずに済む。
彼らは見事に、敵陣を貫いて敵陣の北まで抜けてみせたよ。
おかげで左翼の戦いは、不利から互角までに持ち直していた……。
―――右翼の方に関しては、ロロカはこだわらない。
あっさりと「下がれ」と命じて、戦力の消耗を避けた。
敵も追いかけては来ない、追いかけられないのさ。
あまりにも中央の被害が大きすぎるのと、カミラの工作で馬が足りないからね……。
―――それに、敵の中央が不在となったことで。
こちらの中央深くにいた部隊は、自由に振る舞える。
右翼と左翼の補強をするために、軽装の歩兵たちが走っていた。
その動きを察知すると、敵の前進は止まる……。
―――突撃が失敗し、戦闘時間も長くなりつつあった。
帝国軍は、再びロロカのデザイン通りの動きを選ぶ。
南に向かって、全軍で退き始めた。
被害が拡大する乱戦になるのを恐れ、ひとつのかたまりとなる道を選ぶ……。
―――壊滅状態の中央に、こちらが雪崩れ込むかもしれない恐怖があったのさ。
そうなれば分断が起きて、包囲とせん滅が再現される。
それだけは避けるべきだし、南に集まることはロロカも許していた。
帝国兵どもが集まっていく様子を、こちらの戦士は鋼を置いて休息しながら見物する……。
「休んでおきなさい。あちらよりも、一秒でも多く」
「ロロカ姉さま。敵の死体から、矢の回収も行いたいのです」
「回収作業は、非武装の者だけが行うように。体力の管理を、徹底して」
「はい。では、その通りに!」
―――集まった帝国兵どもは、もちろん負傷者も多い。
疲労もたまっていたね、汗がぽたぽたとあごの先から落ちている。
若く元気な帝国兵どもに、死者が集中していた。
流れる汗を見るほど、帝国軍の士官どもは気が滅入っていく……。
「体力が、もたんぞ。若い連中が、もういない……」
「長く戦うほどに、それだけ不利になる」
「……壊滅させられるよりは、背後から攻められるのを承知で……退くべきだ」
「あちらが、国境を越えて侵攻する気まではない……そう賭けるしかないな」
―――帝国兵どもは、理解している。
これ以上の戦いは、被害が大きくなり過ぎることを。
『このまま何も起きない限り』敗北は濃厚、兵を退くのが最適解だ。
ロロカたちはこれで完勝となるはずだった、女神イースがいなければね……。




