第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その二百七十三
「突撃して来る敵を、射殺すのだ!!」
「はい!!弓兵の意地を、見せます!!」
「狩られるだけ、狩るんだ!!」
「近寄るヤツから、仕留めてやるぜ!!仲間の退路を、守ることにもなるんだからな!!」
―――リエルたちの放つ矢が、突出してしまった帝国兵どもに降り注ぐ。
指揮系統を狙うという方針を、リエルも守っていた。
士官を示す赤い飾りをつけた兜に、恐ろしい精度で矢が突き刺さる。
士官を狩り終えたら、次に狙うのは血気盛んな強兵というのはいつものことさ……。
―――強い敵から殺す、それが猟兵の流儀でもあるからね。
とくに『守備』の戦術を実行しているときには、貫くべき傾向だろう。
強い敵がいなければ、仲間を傷つけられるリスクは減っていくのだから。
リエルは『風』を使いながらも、片っぱしから矢を放つ……。
―――すべての矢が、敵を射抜く様子を見ると周りの戦士たちの心は踊った。
戦場の『花形』は、騎兵だとされることも多いけれどね。
弓も、『主役』と呼べるほどに有能な武器ではある。
あらゆる状況にヒエラルキーというものはあって、誰もが有能さを示したがった……。
「騎兵たちに、負けるんじゃない!!」
「リエル殿に続け!!オレたちも、活躍するぞ!!」
「その意気であるぞ!!しかし、冷静さは忘れるな!!誤射だけは、してはならん!!」
「イエス・マム!!狩りには、冷静さが必要ですから!!」
―――ユニコーン騎兵と、通常の騎兵たちは包囲を狭めている最中だ。
誤射は避けねばならない、とくに調子良く敵を仕留めている最中は興奮が強まる。
飛び過ぎた矢を、敵陣深くに撃ち込めば仲間を傷つけてしまうからね。
突出して来た勇敢な敵に、射撃を集中しておくのが肝要だよ……。
―――もちろん、技巧に優れた者には例外的な狙撃が許される。
あらゆる行いには序列があり、有能な者には逸脱の権利があった。
リエルと数名の名人たちは敵陣奥深くを狙い、敵の弓隊からの『反撃』を呼ぶ。
『風』のアドバンテージのおかげで、敵の矢はこちらにまで届かなかったけどね……。
―――やられっぱなしでいられるほど、誰もが大人しいわけじゃない。
国境沿いに配置された敵どもにも、『守備』の思想が刻み付けられてもいる。
やられたら直ちにやり返す、それが『守備』に求められる要素でもあった。
リエルはそれを利用し、敵兵の矢が包囲を狭める騎兵たちを狙わないようにしたのさ……。
―――非常に感情的な闘争となり、それは戦術的な勝者に大きな有利を与えてくれる。
ロロカのデザインした通りの流れが、敵兵どもを呑み込んでいた。
極限状態における性格の優先は、帝国兵どもの行動を不一致にさせる。
軍隊は群れであり、数は力だった……。
「結束できない力は、脆いものです。このまま、粉砕しますよ!!」
―――リエルたち弓兵の仕事も、実に見事なものだったけれど。
この状況の支配者は、やはりユニコーン騎兵たちだった。
とくにロロカと『白夜』のコンビは、圧倒的な強さを見せつけていく。
矢を当てられないような速さで突撃しながらの一撃は、恐るべき精密さで敵を貫く……。
―――自在に踊る『白夜』は、敵を飛び越えながら踏み潰しもした。
『水晶の角』により、心を完全につなぎ合っているからね。
ディアロスとユニコーンが成せる強さ、その究極を体現していた。
それを目撃することで敵は怯え、ディアロスの若者たちは心を燃やす……。
「さすがは、ロロカさま!!」
「オレたちもだ、オレたちもやれる!!」
「ディアロスとユニコーンは、あそこまで融け合った強さを出せるのだ!!」
「私たちも踊るわよ!!副社長たちだけが、スペシャルじゃない!!」
―――北の果てから、この土地までやって来た若者たちだ。
当然ながら血気盛んであり、向上心も自尊心も強いよ。
ロロカはそれも計算して、自分たちの動きを見せつけていた。
ユニコーン騎兵が一斉に異様なまでの躍動感を解放する、極北の戦い方だね……。
―――勇敢さを尊ぶディアロスたちの先祖伝来の血が、暴れるように燃え立つ。
英雄の働きを、追いかけようとする本能があるのさ。
ロロカと『白夜』に勝るなんて、不可能ではある。
それでもお構いなしに、追いかけようとするのがディアロスだ……。
―――長い戦いをしなくてもいいからね、敵陣をただ素早く破壊し尽くすだけ。
戦術が完全にハマって、それが容易く行えると考えたからこそ。
ロロカは先祖伝来の本能に、火をつけたというわけさ。
若いユニコーン騎兵たちの善力の大暴れが、敵陣を貫き踏み潰し蹴散らしていく……。
『す、すごいっす……っ。さすがっすよ、ユニコーン騎兵のみなさん……っ。敵が、完全におびえてしまっているっすね!』
―――上空からの観察者であるカミラは、ユニコーン騎兵による殺戮を目撃した。
戦場で飛び跳ねながら敵を踏み潰す、それはやはり馬とは異次元の強靭さあってこそだ。
圧巻の破壊力を目の前で見せつけられた帝国兵どもは、自然な感情に囚われる。
逃亡兵の数が、跳ね上がっていたよ……。
「逃げる者は、助けてあげます!!ただし、武器を捨てて逃げなさい!!そうでなければ、背中から殺します!!」
―――戦闘はコミュニケーションであり、戦場での言葉はすべて戦術だ。
ロロカの言葉を帝国兵どもの一部は、まるで催眠術にかかった者たちのように受け入れる。
槍も弓も剣も捨てて、逃げ出す者が出ていたよ。
兵士は命令に従うように訓練されてもいるから、ときどき敵の命令にさえ従った……。
「逃げるな、戦え!!」
「敵前逃亡は、死刑だぞ!?」
「ハハハ!!逃げない敵は好ましいぞ!!我らが槍に、討たれろ!!」
「勇敢な敵は、吹雪に愛されるものだ!!」
―――真夏の戦場を、極北の美学が支配していた。
臆病さは許されて、勇敢な者から死んでいく。
戦闘意欲の高い者から始末される状況に、帝国軍は絶望したよ。
軍隊の美徳の体現者は褒められるべきだが、そいつらから死ぬのだから……。
「ま、間違っている……っ」
「こんなのは、アンフェアだ……」
「うう、どうして……」
「ぐふうっ!?こ、この角馬めえ……」
―――逃げ出した卑怯者だけが助かる戦況に、帝国兵は納得できなかった。
迷いと失望は、極限状態で抱くものじゃない。
生き残る確率が、大きく下がってしまうからだよ。
それも含めて、ロロカのデザイン通りではあったけれどね……。
「ロロカ姉さまたちが、突破してきたぞ!!撃つなよ!!」
「了解です!!騎兵たちを、迎え入れるんだ!!」
「彼らと合流し、陣形を組み直すぞ!!」
「騎兵たちは疲れているはずだ、隊列に組み込み、休ませてやれ!!」
―――帝国軍にとって、悪夢のような十分間が終わる。
ユニコーン騎兵が動き出してから、まだそれだけしか時間が経っていないものの。
敵の最前線にいた戦力の七割が死亡し、こちらの死傷者は極めて少数だ。
負傷者を引きずって戻るほどの余裕があるほどに、完璧な勝利だったね……。
「ロロカ姉さま、さすがです!!」
「ええ。そちらの援護が、あったからこそですよ」
「はい!我々も、がんばりました!!」
「……皆、ユニコーンたちから降りて。休ませるのです。水と塩を与えて!」
―――ユニコーンは最強の生物の一角だろうけれど、体力は無限ではない。
ディアロスたちはその背から降りて、ユニコーンを休ませにかかる。
熱を持った太ももに水や『酒』をかけもしたし、塩を手で与えるものもいた。
ロロカの戦術における、ただ一つのリスクがそこにある……。
―――ユニコーンは極北の生き物だからね、夏の暑さには若干の弱さがあった。
水や揮発性の高い酒を使うのは、冷却のためだよ。
極限の破壊力を出す代償として、筋肉は燃えるように熱くもなる。
それを冷ます必要があり、その様子を敵に見せる必要はなかった……。
「歩兵は前に出るぞ!!敵に、こちらの様子を見せる必要はない!!」
―――戦士でカーテンを作るのさ、敵兵どもにユニコーンの疲弊を見せないために。
こちらの手の内を、敵に知られることはない。
敵にユニコーンの恐怖を刻み付けたばかりだ、想像力も使わせたいところだね。
疲れたユニコーンを見るよりも、見ない方が恐怖心は暴走してくれるに決まっていた……。
「不利な情報は、隠すように。それが戦いのコツです。敵には、せいぜい怖がってもらっておきましょう」
―――こうして国境線に、再びの膠着状態が生まれる。
お互いがにらみ合うようにしながら、帝国兵どもは自軍の隊列の再編に躍起となった。
死傷者の数が多すぎる敵に対し、ロロカは『提案』を行う。
角笛のメガホンとリエルの『風』を使い、敵全体に呼びかけた……。
「人道的な見地から、『勇敢に戦った死者』と『逃げずに抗った負傷者』を救出させてあげましょう!!『逃げ出した臆病者たちを罰するための猶予も必要でしょう』!!そちらに二十分の猶予を与えてあげますから、死傷者に敬意を払いなさい!!」
―――ディアロスらしい美徳でもあるし、帝国軍に対しての当てつけでもあった。
帝国軍に分からせてやるのさ、逃亡兵の存在をね。
もちろん、それは士気を挫くことにもなる。
死傷者をたったの二十分で、戦場から片づけるという行いは体力を減らした……。
―――それでも、ロロカの『提案』に従うしかない。
士気と体力を損なう行動を、帝国兵どもは始めていた。
ユニコーン騎兵に蹴散らされた悲惨な死体、それを目の当たりにする地獄の作業をね。
この心理的効果も、ロロカのデザインではあるよ……。
「ど、どんなバケモノと戦えば、こ、こんなことになるんだ……っ」
「お、大穴が開いてるし……ふ、踏み潰された死体も……」
「敵の角馬どもは、ほんとうに……恐ろしい」
「矢が、額を貫いた死体もある……あ、あの距離で、狙ったというのかよ……っ」
―――ガルフ・コルテスの教えの通り、恐怖と想像力は今日も仲良しだ。
もちろん恐怖だけでなく、疑心も想像力と相性がいい。
ロロカの『提案』が、呪いのように帝国兵どもを縛っていく。
『逃げ出した臆病者どもを、罰せよ』……。
―――無残な死者を見るほどに、帝国兵どもはその『提案』の正当性を信じ込む。
勇敢な者がこの無残な死を与えられ、臆病者が生き延びた。
それを指摘されたことで、帝国兵どもは不公平さに怒りを抱く。
罰するべきだと考える者も当然多い、とくに年若く血気盛んな兵士ほど……。
―――ベテランの心理は違っていたけれどね、揺らぐべきではないと知っていた。
逃亡兵でも受け入れるべき状況だ、欺瞞のある結束だとしても。
隊列を組み上げる兵がいないよりは、よっぽどマシである。
それでも、勇敢な死者の存在感は大きさがあった……。
―――すべては、ロロカのデザイン通りになる。
帝国兵どもの士気は、崩壊しつつあった。
だが余裕というわけでもない、まだ作戦は途中である。
これは『守備』の戦術であり、こちらは敵に数では劣るのだから……。
「士気崩壊を始めたら、あちらは『攻撃』に転じるでしょう。『攻撃』の命令で、自軍を律する必要があるからです。そうなれば、『守備』の陣形で受け止め、倒します」
「……しかし、動かなければ?」
「フフフ。そうなれば、こちらからもう一度、突撃して分からせてあげるだけですよ。士気が弱っている相手に、ディアロスとユニコーンを受け止められるはずがありませんから」
「さ、さすがは、ロロカ姉さまです……っ」




