第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その二百七十二
―――中央突破される可能性に、帝国軍は備えてしまっていた。
ユニコーン騎兵たちの突破力はあまりに強力で、警戒せざるを得ないからだ。
頼りにしていた即応部隊の騎兵たちも、動きが鈍っている。
そもそも南に戦力を派遣し過ぎてたからね、帝国軍の戦力も弱含みしていた……。
「貫かれるな!!必ず、隊列を死守するんだ!!」
「雪崩れ込まれれば、国境を守り切れんぞ!!」
「突破だけは許すな!!あの角馬どもを迎え撃て!!」
「どうして動かない部隊があるんだ!?左翼が動いていない!?」
―――混乱したとき、ヒトはつい保守的になってしまうものだ。
とくに痛烈な被害を受けた直後は、とても慎重になる。
これ以上、ユニコーン騎兵に食い荒らされてはたまらないと考え込んでくれた。
こちら側にとってはありがたいことで、敵が守りを固めるのもロロカの計算の内だ……。
「動きますよ、『北西』に抜ける!!」
「了解です、ロロカお嬢様!!」
「敵陣を、崩しにかかりましょう!!」
「臆病な帝国兵ども!!オレたちの背中に追いついてみせろよ!!」
―――ユニコーン騎兵たちの圧倒的な速度で、敵陣を深く貫いたあと。
こちら側の戦士たちはロロカに与えられた戦術に従い、一斉に動いた。
ユニコーン騎兵は北西に、その背後で暴れていた通常の騎兵たちは『北』に。
カミラの工作で動きのゆるんでいた敵の南側を、無視していたよ……。
―――南側の部隊のせん滅、それを狙うのも有効な手段ではあるものの。
それ以上のアドバンテージを享受するチャンスが、こちらにはあったからね。
今ならば、敵陣の前列の『北側』の包囲殲滅を狙える。
敵の南が動かないなら、ユニコーン騎兵で北の敵の背後を狙いながら……。
―――通常の騎兵を使って、側面から襲えばいい。
敵どもからすれば、背後はユニコーン騎兵で右側からは通常騎兵。
前方にはリエル指揮下の歩兵部隊が陣取ることで、三方向から囲まれることになる。
敵からすれば地獄の包囲だよ、リエルの読み通り西風の加護もあった……。
「矢を放て!!ロロカ姉さまたちの援護を成し遂げるのだ!!」
「了解です!!この距離ならば……」
「風に乗せれば、一方的に狙える!!」
「そういうことだ!!あちらが、焦り……前に少しでも出れば、楽になる!!」
―――長距離射程の矢の雨で、敵を打撃しながら挑発を仕掛けた。
純粋に敵兵を削るためだけでなく、敵の指揮系統に対して選択を強いるためでもある。
このまま一方的に撃たれる状況を許すのか、それともリエルたちに応じて前進するか。
間合いを縮めれば、一方的に矢を浴びせられる状況ではなくなるからね……。
「前に、出るべきだ!!」
「このままじゃ、撃たれるだけになる!!」
「バカを言え、隊列を崩すな!!孤立する気なのか!?」
「このまま、遅れを取っているだけじゃ……何も変わらないだろう!!」
―――『守備』をすべきとき、必要なのは野性的かつ反射的なまでの判断速度だ。
すばやく状況に対して、応じなくちゃならない。
思考時間の勝負であり、知性よりも感情が優先されるときもある。
つまり、帝国兵どもはこのとき自分の判断によって動くことを強いられた……。
―――『攻撃』のように統制の取れた行動と、『守備』の状況で求められるアタマは違う。
反射のような速さと早さを強いられたとき、ヒトは実に多様性を見せてくれるものさ。
部隊の一つは歩兵に襲いかかろうと考え、また違う部隊は不動を貫こうと考える。
ユニコーン騎兵の破壊力を目の当たりにして、逃げようと試みる敵さえ現れた……。
「逃げてくれるならば、それでいいんですよ。そのために、わざわざ逃げ道を開けているのですから」
―――当然ながら、ロロカはそれもデザインしている。
包囲されてしまった敵どもには、『逃げ道』が用意されていた。
自然に生まれたのではなく、ロロカの戦術のもとにね。
西と南と東から攻められているのなら、答えはカンタンだよ……。
「き、北になら、抜けられる……っ」
「それに、角馬どもとすれ違うようにすれば、東にも……」
―――逃げれば助かるのだ、包囲殲滅という全滅のリスクが高い状況からね。
ロロカはその逃げ道を、わざわざ用意していた。
もちろん善意からではなく、罠を仕掛けるためにだ。
あらゆる罠は愚かさを狙わない、賢さと欲望に対して狙いを定めてデザインされる……。
「死に、たく、ねえ……っ!!」
「このまま不利な状況で、やられたい放題になるより……本隊と合流することだって重要だろう!?」
「それを、敵は狙っているんだぞ!?」
「こちらの戦力を、分散させたがっているだけだ!!」
―――歩兵に釣られ、逃げ道に誘惑されながら。
包囲の陣形がもたらす、壊滅的な攻撃力に嬲られる。
混沌が生まれて、それゆえに帝国兵どもの考えは一致しない。
極限状態になれば、ヒトは性格が出てしまうものだからね……。
―――悪癖や思考の傾向というものが、性格だよ。
速さと早さと、圧倒的な攻撃力に追い詰められることで帝国兵どもは行動を強いられた。
それぞれの性格の通りに、前進や逃亡や死守を選んでしまう。
ロロカの戦術が作り上げたプレッシャーが、帝国兵どもをますます弱体化させたのさ……。
―――ロロカの与えた逃げ道に従い、帝国兵どもの一部が逃げていく。
ロロカはそれを見逃した、人口密度が減った敵陣にせん滅を浴びせるので忙しいからだ。
勇敢にも歩兵に対して近づこうとした帝国兵どもに、リエルは『風』で応じる。
魔術で起こした追い風が、味方を射撃から守りつつも射程を伸ばした……。
―――強まる向かい風にぶち当たるだけで、勇敢さのなかにも分割が生まれる。
勇敢さのなかで、さらに勇敢な者はより前方に突撃してやろうと考えた。
勇敢さのなかで、それでも慎重な判断を好む者は不利を悟り二の足を踏んだ。
おかげでこちらの狩りは、楽になる……。
―――リエルの『風』が狙ったのは、どちらかと言えば心理効果だった。
向かい風が強まったことで、勇敢な敵どもを揺さぶり分散させるためだね。
歩兵たちが『狙うべき敵』は、より勇敢な敵だけでいい。
こちからすれば『守備』的な戦術なので、身を守ろうとする試みを貫くべきさ……。
―――戦術的な傾向を貫くことで、戦力の分散と被害の増大は抑えられる。
リエルたちは自分を守っているのさ、大量に敵を殺しながらね。
もちろんロロカたちユニコーン騎兵もそうだ、圧倒的に粉砕しながらも。
すべては戦術の傾向の通り、これは『守備』の戦術だった……。




