第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その二百七十一
―――成長しつつあるカミラにとっては、あまりに余裕がある指示だった。
『吸血鬼』が戦場で経験を積んだり、まして猟兵のような強者と共に過ごしたり。
そんな特殊な事例は、おそらく歴史上に一度も無かったはずだ。
『吸血鬼』は圧倒的な強者で、その力の継承者は『ちいさな楽園』に住むものさ……。
―――カミラの先代がそうであったように、自分の好き放題にやれる場所を作る。
その『ちいさな楽園』で、あくまで個人的な欲望の限りをつくす者たちばかりだ。
たまには戦場に出向いたという伝説もあるけれど、あくまでも例外的なものに過ぎない。
多くの『吸血鬼』は、歴史に介入することも歴史から成長を与えられることもない……。
―――カミラ・ブリーズは、その点でも大きく異なっている。
猟兵として帝国と戦い続けながら、欲望に陥ることもない。
少しは性欲が強いかもしれないが、それも夫に対しての愛情の強さゆえのことだ。
『吸血鬼』の力を乱す『本能』さえも、カミラは歴代で最も制御していることになる……。
―――それは規格外な精神力の強さだよ、最強の力に溺れることさえないなんて。
歴代の大半の『吸血鬼』が、自己の欲望を満たすことのみに才能を使いつぶしたのにね。
誰だって他者を好き放題に蹂躙出来る力を持てば、クズになる。
でも、カミラは自制心を常に保っているから強いのさ……。
―――対象となる他の『吸血鬼』を、ボクたちは知らない。
だから比べることは難しいけれど、それでも一つ言えることがあった。
強い力はいつだって暴力的で、それを統制した者こそがいつだって真の強者だ。
カミラはもしかして、『吸血鬼』という才能を歴代で最も使いこなしているのかも……。
―――大いなる呪いの一つである『吸血鬼』、それに全く呑まれていない。
誰もが乗りこなせなかった暴れ馬に、礼節極まる馬術の統制を与えたようなもの。
歴代最強の使い手、あるいは。
『吸血鬼』という呪いに対しての、完全適合者みたいな存在なのかも……。
―――ある意味では、もっと怖い可能性もあるけれどね。
そもそもカミラ・ブリーズという一個人が、『吸血鬼』を凌駕する才能の持ち主だとか。
ありえないとは、限らないよ。
何せカミラはとても優秀だし、『吸血鬼』になる前から特殊な力を使っていたからね……。
―――どうあれ、今のカミラは完璧な猟兵に成長しつつある。
カミラは他者のために力を尽くそうとしているから、その成長に天井はない。
個人的な欲望ごときに傾倒していた、出来損ないの『吸血鬼』どもとは違うのさ。
それは敵対者からすれば、あまりにも恐ろしい事実だろう……。
『……『闇』の、『牙』よ!!』
―――余力のあるカミラは、ロロカからの指示を自主的に補完していく。
陣地を組んでいる敵のテントを、次から次に飛び回りながら。
士官クラスに完璧な暗殺を浴びせていく、背後から近づき『闇』の刃で首を切る。
至高の精密さで頸動脈がかき切られ、すみやかな死を与えていった……。
―――集中している、帝国軍に自分の存在を気取られないように気を配っていたよ。
十分な余裕があったし、無数の『コウモリ』の視覚も使いこなしている。
異常ないそがしさで回る、医療現場で働いた経験が大きい。
カミラは全体を見ながら、最適解をこなそうとして必死になっていた……。
―――焦りはない、焦るほど難しい行為ですらないからだ。
『吸血鬼』の力はそれだけ圧倒的だけど、それなのに慢心さえカミラにはない。
マジメさを帯びた集中力で、ただ一つ一つ確実に仕事を成し遂げていく。
敵の指揮系統を打撃しながら、『コウモリ』の音無き歌声で馬たちを恐慌させる……。
―――難しくはないお仕事だ、『吸血鬼』の異能を使いこなせるカミラにとってはね。
大魔王のヨメの一人として、何とも相応しい戦闘能力だ。
敵戦列の南側は、こうして静かな混乱に飲み込まれていく。
もう一人の大魔王のヨメ、ロロカ・シャーネルの下準備は完了していった……。
「ロロカ姉さま!敵が、さわいでいます!!」
「カミラが暴れてくれたのでしょう。おかげで、やりやすくなりました」
「……それでは、突撃ですね!!」
「絶好機を作ってもらった。逃しはしませんよ」
―――『白夜』の背に乗るロロカは、ユニコーン騎兵の群れの先端に向かう。
副社長であり族長の娘でからね、ディアロスの戦士たちはロロカの登場に興奮状態だ。
突撃こそが、ディアロスの誇りなのだから。
国境線でのにらみ合いに、彼らの多くが内心ではしびれを切らしていたよ……。
「精鋭50騎による突撃を、開始します!!私たちが、全軍の先端!!敵を、貫く!!」
「了解です、副社長!!」
「ロロカさまに、続けえええ!!」
「ディアロスとユニコーンの誇りを、示すぞおおおお!!」
―――ロロカを先頭にして、ユニコーン騎兵隊は恐ろしい速さで敵陣に向かう。
『プレイレス』軍の全体が、これに呼応していた。
追従する騎兵たちもいるが、それだけがロロカの戦術ではない。
軍列の右端から左端のすべてに、攻め込むような動作をさせていたのさ……。
―――彼らまでが突撃して、全軍で攻めるわけじゃない。
あくまでも、『そのフリ』をするだけだ。
帝国軍の前線部隊は、この動きに反応を強いられてしまう。
突撃を仕掛けたユニコーン騎兵隊、それを受け止めるための戦力を集中させられない……。
―――せいぜい数分間の思考停止しか与えられないが、それが作戦時間となる。
全力で突撃して、敵陣を引っ掻き回したあげく。
素早く退却する作戦なのだから、たった数分の足止めで十分なのさ。
ロロカのデザイン通りに、戦場は支配される……。
「ロロカお嬢様!!敵どもが、集まって来ませんぜ!!」
「ええ。そうなるように、しましたので。存分に、槍働きを!!」
「おうともです!!みんな、殺しまくるぞ、帝国兵どもおおおお!!」
「片っ端から、ぶっ殺せええええええ!!」
―――ユニコーン騎兵の強さも、圧倒的なものだよ。
勇猛果敢にして、そもそも通常の馬の三倍は速く機動するからね。
超高速でフェイントをかける馬に、帝国兵の弓が当たることもない。
またたく間に接近されると、究極の人馬一体の槍術が敵陣を打ち砕いた……。
「す、すげー……っ」
「オレたちも、負けてられんぞ!!」
「しっかりと、ぶちのめせ!!」
「騎兵は全員精鋭だってことを、示すんだ!!」
―――ユニコーン騎兵に蹂躙されて、打ち崩されていく敵陣。
その直後に襲いかかった一般的な騎兵も、十分に優れた戦士だった。
帝国兵どもにとっては、地獄の数分間になる。
ロロカたちはこの数分間で、敵陣中央まで突破していたよ……。
「中央は、空っぽですね。このまま、突破したくもなりますが……欲張りません。私は、ガルフさんいわく、『守備』的な将なので」




