第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その二百六十六
―――確実ではないが、大きな可能性が集まりつつあった。
世界を変えるための多くの力たちの一つ一つが、女神イースに向けて集まっていく。
ゼファーは、その様子を天空から見つめている。
人々の意志が紡ぎあげていく力の、物理的な表現を感じていた……。
―――人々の意志は、動きとなる。
それを目で見ることは誰にでも可能だけど、空の高みから竜の視力を使えばなおさらだ。
竜の本能がうろこを波打たせていく、何とも深い興奮状態になっていたよ。
女神イースが放つ気配も大きいが、人々の織り成す力学はそれ以上に心を刺激する……。
―――恐怖もあるが、それ以上に大きな喜びの感情だ。
楽しいとは別次元、戦士たちは世界を変えるための戦いに喜びを得ている。
ゼファーの知能はヒトよりも高いけれど、まだ仔竜だからね。
ヒトを理解し尽くしているわけじゃない、人々の見せる闘争の喜びに好奇心が湧く……。
―――『ドージェ』が、ソルジェ・ストラウスが『普通ではない』という認識はあった。
竜と互角以上に戦えるような者は、やはり特別な存在だからね。
ソルジェが女神イースとの戦いを喜べたとしても、『普通ども』はそうじゃない。
竜に対して帝国兵がするように、人々は怯えを見せても当然だよ……。
―――だが、現実は違っている。
ありえないほどの集中力と、包囲網で女神イースに人々が挑んでいた。
弱くもろい戦士たちが、まるで猟兵のような勇敢さを示している。
女神イースをにらみつけ、自分が戦う番になるのを待ち望んでさえ見えた……。
―――多くの戦場で、興奮状態の戦士たちを観察してはいるものの。
今この瞬間にあるそれは、今までとは異なる集中力だった。
英雄的な勇敢さよりも、もっと利他的な気配を感じている。
『自分たちそのもののために戦いつつも、それ以外のためにもっと戦っているような』……。
―――仔竜がヒトに対して持っている語彙に、『それ』はまだないのかもしれない。
勇敢さ以上の何か、特別な感情がこの戦場を包み込もうとしている。
勝利以上に大切なものでも、あるかのように。
戦士たちの不思議な陶酔を、ゼファーは帝国軍の動きも監視しながら見つめていた……。
―――ヒトにとって、勇気というものは美徳ではあるけれど。
勇気というのは行動力を作るための、ただの力でしかない。
より大切なのは勇気の使い方を、指し示してくれる道だよ。
女神イースの見せた悪夢に、問いかけがそれを与えてもくれた……。
―――ヒトは自分のためだけで、最大の力が出せるわけじゃない。
自分よりも大きなものに挑戦するとき、最大の力が引き出されるものだ。
若者たちは気づきつつある、『時代的な課題』というものにね。
人種差別に挑むには、それぐらい大きな覚悟がいる……。
―――この時代そのもの、女神イースが千年かけて至った答えを。
力尽くで破壊して、自分たちの欲しい『未来』を奪い取るためには。
この時代そのものに、打ち勝つ必要がある。
ゼファーが感じている若者たちのまとった心の力を、使命感と呼ぶ……。
『みんな、つよくなっている。これなら、かてるね。すぐに、あいつをおいこんでくれる。うん。ぼくも……たたかいたい。さっさと、ちじょうから……そらに、あがってくればいいのに。あいつ……』
―――翼を持つ敵だからこそ、ゼファーは待ってもいた。
空中戦になる展開を、期待しつつ待っている。
空で女神イースを血祭りにする、その名誉を得たがっていた。
地上を包んでいる使命感の一部に、自分もなりたがっているんだよ……。
―――『耐久卵の仔/グレート・ドラゴン』という、生態系の頂点からすれば。
その一体感を望むのは、大きな例外でもある。
竜は孤高なものであり、『グレート・ドラゴン』はさらに孤高なものだから。
ゼファーの幼さで、これほどまでヒトに同調しているのは不思議な傾向だった……。
―――ソルジェとの出会いが、アーレスという大きなつながりが。
ゼファーに、ヒトとの同調を望ませてはいる。
でも、それだけではない。
こっちも神さまのもたらした影響を、若き魂が受けていた……。
―――『ギルガレア』が伝えてくれた、竜騎士姫の物語。
『歌喰い』の権能が刻み付けられたままの、このいつもの世界に戻ってから。
そのほぼすべての記憶は忘れ去られてはいるが、完全にではない。
わずかな影響が残されていて、それがゼファーにヒトへの理解を求めさせている……。
―――アーレスと竜騎士姫の物語は、悲劇であり成長の物語だ。
竜騎士姫は死に、アーレスはその名前を継ぐために自分の本名さえ捨てた。
自分の名誉を捨ててまで、誰かへの愛情を表現し続けるなんて。
『グレート・ドラゴン』が、世界でいちばん偉い生き物がそんなことをした理由……。
―――それをゼファーは、気になってしまっていたのさ。
自分がアーレスなら、竜騎士姫のために名前を変えられるのだろうか。
『我が名はゼファー』と叫ぶあのときの、あれほどに誇らしい気持ちを捨てられる。
それをしても惜しくないほどの感情の実在が、ゼファーの好奇心をくすぐった……。
―――知的な謎は、心を大きく成長させるものでね。
それはヒトであろうとも、竜であろうとも変わらない。
ヒトと竜が、天と地ほどに離れた違う生き物であったとしても。
それなのに、地を這うヒトの若者たちに竜騎士姫の気配がした……。
―――使命感というものは、とても大きなものだ。
時代をも貫いて、生と死の境界さえも越えていく。
ゼファーはまだ、この感覚に名前をつけることは出来ないけれど。
まさしく大きな使命感の一部に、なりたがろうとしているのさ……。
『……あーれす。ぼくの、おじいちゃん。それは、とても……うれしいことなんだよね。このたたかいの、ひとつになりたい……そうすれば、もっと、もっと……つよくなれるとおもうから』
―――戦いの変動を、ゼファーは待ち望む。
自分の力をより成長させるために、女神イースと戦いたい。
まだ呼ぶべき名前を知らぬ、この感覚を獲得するために。
自分も命も時代も越えるような力に、本能的に焦がれてくれていた……。
―――ボクたちにとっては、何ともありがたい。
ガルーナの竜らしい選択であり、それゆえに大きな成長を促してくれている。
だけど、その選択をあらゆる者が祝福するとは限らない。
世界はいつも、多くの『正義』がひしめき合いながら互いを否定し合っているからね……。
『……ッ!?……きたの……うみ…………』
―――『オルテガ』から離れた場所に、敵意を感じていた。
たったの一瞬、でも確実に。
女神イースと帝国軍の動き、それに海の敵意。
すべてに対して、ゼファーは集中を使うべきだと考える……。
『そなえて、おかなくちゃ。なにか、うごきがあるはずだから』




