第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その二百六十一
―――詠唱長リュドミナが死んだ、今回の事件の真の黒幕がね。
その彼女が死んだおかげで、一人の魂が解放されていた。
ビビアナ・ジーだよ、精神を分裂させるような不思議な旅路の果てに。
彼女はようやく自分の肉体へと、戻ろうとしている……。
―――多くの視界を見ていた、呪術の天才の一人。
そして極めて高い知性の持ち主は、自分の意識が一つに戻ろうとする最中にさえ。
戦術を練り上げようと試みていたよ、ここにも執念の人物がいたのさ。
ビビアナは、自分の役目を設定している……。
「叔父さまを、助ける……んだ……ッ」
―――どんなに不可能なことなのかなんて、考えるのはやめた。
奇跡の確率なんてものは、知性で計算すべきじゃない。
無理を通して、すべてを打ち負かさなければならない。
迷う必要はその道にはないのが救いだ、ただひたすらに全力を尽すのみさ……。
―――とても賢い女性であり、心理操作術の達人だ。
リュドミナとレイチェルの会話からも、学びを得ていたよ。
リュドミナが弱るほど、その統制は崩れ去っていたから。
二人の会話の途中からは、この不思議な目の呪術の『主催者』は彼女だった……。
「探るんだ。何でもいい。全部だ……全部っ!!」
―――自分の肉体に向かって、集約していく感覚。
それを精神力で無理やりに、真逆の方へと進もうとする。
ソルジェじみた精神力だし、やはり『狭間/ハーフ・エルフ』の才能もあった。
大きな才能ではあるのさ、『狭間』という混血はね……。
―――ビビアナの才能は、さっそくだけど一つの奇跡を勝ち取っていたよ。
リュドミナにとって最愛の存在である、女神イース。
その視界の一部を、奪い取っていた。
正確には女神イースではなく、その部品となった巫女戦士の視界をね……。
―――ソルジェが見えた、笑いながら戦う赤毛の片目。
そのすぐ近くで、従姉を見る。
猟兵みたいに笑い、女神イースに対して恐れを持ってもいない。
その従姉の姿には、ビビアナは何とも勇気づけられた……。
「がんばっているじゃないの。さすがは、私の親戚……私の『家族』ね」
―――メダルド・ジーを、永遠に失ったかもしれない。
それは可能性として、受け止める必要もある。
もちろん肯定してやる気までは、毛頭ないのだけれどね。
あらゆる情報収集のためには、寛容さが必要なだけだと判断していた……。
「……この目は……この資格情報は、叔父さまと『融合』させられた……『カール・メアー』の巫女戦士のモノ……」
―――ジーの一族の才媛は、推理を始める。
『融合』という事実に、『蟲』と『繭』から何を連想すべきか。
知識は昆虫の生態を、彼女に思い出させていく。
好奇心に逸る学者の一人が、かつて『それ』を切り開いたて確かめた……。
「『蝶』なら、『繭』のなかで……カラダのすべてが融けてしまうみたいね。あらゆる部分が、内臓だって……ドロドロに……叔父さまも、そうだった……?」
―――何とも生々しく、そしておぞましい想像ではあるが。
冷静な知性の執行者であるビビアナは、まったく恐怖心を抱くことはない。
どんな情報だって、拾い出す。
そのためには、想像力に恐怖の枷をかけるべきじゃない……。
―――心理操作術の腕前は、やはり上がっている。
リュドミナの大いなる遺産の一つは、ここにあったよ。
試練はヒトを成長させる、とくに天才に対してのそれは。
ビビアナは、可能性を選んだ……。
「いいえ。ドロドロだったら、ここまで……視覚を奪えないはず。魔力は、臓腑と血管、神経系に素直に動く……それを、呪術は読み解いて……奪い取るように同調するもの。まだ、女神イースの体内で、あの巫女戦士や叔父さまの臓器は、あるのよ」
―――それが何になるのか、そんな厳しい自問をぶつけていく。
知性は追い詰めたり、課題を与えてみたりするべきだからね。
臓器があるのなら、どうすればいいのか?
『逆』をすることは、出来ないだろうか……。
「そう。『逆』にする。叔父さまの肉体が、女神イースになった。あの『繭』で……『繭』を使えば、叔父さまを取り出せたりしないかしら……」
―――荒唐無稽かもしれないが、呪術の世界において『肉体変化』は大きい。
ヒトを巨大な魔物の形に変えた呪術も、各地にあるのだから。
魔物どころか、女神イースのように神々も制限してしまえる。
『繭』と『蟲』を使えば、取り戻せるかもしれない……。
「可能性なんて、知ったことじゃないわ。試すだけね。どうにか、あの『繭』の残骸に……女神イースを突っ込めないかしら。そして、叔父さまを……呼ぶ。私の声なら、届く、はず。ううん。ダメだ。可能性を、疑うな。信じろ。信じ込め、私……っ!!」
「……やれる。私は、やれる。叔父さまを、取り戻す。『繭』と『蟲』を使って、『逆』の儀式をする……変えられたなら、もう一度、変えて……元に戻すんだ。数学みたいなものね!科学的なハナシだ!!」
―――パズルみたいなものだと、認識することを才媛は選ぶ。
臓器の位置を確かめる方法も、考え始めた。
もちろんあるよ、『臓器に含有される魔力の質は異なる』。
解剖学の一般的な知識だから、そんな事実はビビアナの基礎知識のうちさ……。
「女神をバラバラに解体して、叔父さまの臓器を……『繭』にぶち込む。そしたら、戻せるかもしれない…………」
――――首を振る、精神世界のなかでもジェスチャーは自分に有効だった。
自分に教え込むんだ、『どんな可能性もあきらめるな』と。
困難な任務には、自分を理論武装する必要がある。
この状況を最も把握している者は、間違いなくビビアナだからね……。
「私があきらめたら、誰にも……叔父さまは救えない。ストラウス卿の『魔眼』なら、臓腑の違いくらい見分けられるわよね。魔力の質が見えるなら……竜も、そうよ。竜なら、もっとたやすく……ゼファー。あの黒い竜なら…………あきらめている場合じゃないわね」
「私が成すべきは、ストラウス卿に情報を伝える。まずは、それね。そこから先は、考えながら移動するしかない…………懸念は…………知ったことかよ。叔父さまは、助ける」
―――メダルド・ジーの救出計画を、ビビアナは練り上げた。
それと同時に、一切心配しない道を選ぶ。
メダルド・ジーについてはね、その代わり他の心配事は受け入れた。
リュドミナの言葉だ、「遠からず亜人種は消える」……。
「強がりにしては、ウソっぽくなかった。レイチェル・ミルラは気にしないかもしれない。強いから。でも、私は気になるわ……弱いからね。でも……あれは、本当に……比喩なのかしら?それとも、もっと……厄介な……直接的な権能でも、女神は持っている……?」
「…………リュドミナが生きていたら、教えてくれそうなのに。化けて出ないかしら。この情報限定なら、受け付けるわよ!!」
「……返事はないから。本当に、死んだのね。リュドミナ・フェーレン……アンタのことは、大嫌いだわ。こんな厄介なことを引き起こした……『彼女』も……レナス・アップル。貴方は、何かを知っていたのかしら。それとも、知らなかったの……?」
―――言葉は戻らない、だから。
肉体へと戻る道を選ぶ、抵抗をやめて。
ビビアナの精神は、彼女自身の肉体に向かって流れていく。
肉体へと戻るその瞬間、一瞬だけ視界がブレていた……。
―――海が、見えたよ。
海に向かって、這いずる。
無数の視線が、それぞれにふらつきながら朝陽を映す海面を見ていた。
ビビアナは直感的な確信を得た、『アレはまだ生きていたのか』……。




