第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その二百五十七
―――腕の傷は痛むが、戦士の表情はひるまない。
弓を掴み取ると、女神イースに向けて矢を構える。
ソルジェの動きに、合わせるようにルチアは呼吸を作り上げていった。
ソルジェが『求めている援護射撃』を、放つためにね……。
―――竜太刀の猛打で、六枚翼の左側の一つが跳ね上げられた瞬間だ。
無言のまま態度でも示してはいないが、ルチアには伝わる。
精度を極めた矢を放ち、ソルジェを狙っていた右側の翼の一枚の先端に命中させた。
貫く質ではなくて、揺さぶるための質の矢だったよ……。
―――おかげで女神イースの攻めが、十数分の一秒ほど遅れてしまう。
それだけあれば、ソルジェはさらに攻め込むことが可能になった。
神を打ちのめすほどの圧倒的な強さはルチアにはないが、無力などではないんだよ。
運命を変えるに相応しい、有能な若者たちの一人だった……。
「援護するわ!!ストラウス卿!!私たち、全員で、勝つんだ!!」
―――若い戦士たちのリーダーの一人が、戦列に復帰してみせた。
それがもたらす影響は、もちろん大きい。
若者たちが手本にするには、大魔王ソルジェ・ストラウスよりもルチアの方がいいからさ。
圧倒的な存在よりも、ルチアの方が等身大さを持っている……。
―――真似ができると確信して、自信を持てるのがいいんだよ。
ルチアは若い戦士たちを見回し、はげましてもやれるしね。
女神イースの見せた、あの痛ましい悲劇の権能の悪夢。
それからの生還者でもあるからこそ、いまだ囚われている者たちへの最適の助言者だ……。
「そんな悪夢に、負けなくていいの!!貴方たちは『狭間』の子を持ったとしても、不幸になるなんて限らない!!変えれば、いいだけなんだから!!私たちが、今から変えてやればいいだけよ!!」
―――悪夢に囚われていた者たちに、ルチアの声そのものも届いた。
それだけじゃなく、彼らの周りにいる仲間たちにもアドバイスとして伝わる。
『狭間』の子を持つ、という言葉はこの大陸にいる者たちにはインパクトがあるものさ。
『これまでは』、不幸で忌まわしい行いの象徴でもあったのだからね……。
―――でもね、それは永久不変なものではない。
その言葉を口にするには、この場にいる若者たちでも尻込みしそうになったけれど。
戦場をつなげている一体感があるからね、それを利用すれば勇気を出せた。
彼らは世界を変える戦いの最中にいて、その事実は勇敢さを強めてくれる……。
「そうだ!!『狭間』だろうが、何だろうが、関係ない!!」
「安心しろ!!怖がらなくていいんだ!!」
「お前の子供たちは、不幸になんてならないから!!」
「あきらめなくてもいい!!そんなものとは、真逆の道を私たちは成し遂げる!!」
―――人種差別は千年の呪いだが、千一年目は違うかもしれない。
ソルジェみたいな特殊な者が口にしたところで、世の中の変革にはつながらないだろう。
これは特別ではない、ただの若者たちが口にしなければならない言葉だった。
差別の呪縛を越える行いを、これまでの禁忌を乗り越えるには普通の若さがいるのさ……。
―――仲間の言葉が、権能の悪夢に囚われた者たちを救っていく。
この言葉は、勇気そのものだ。
差別というものは掟でありルールであり、社会の規範から生えたものだからね。
自分たちの常識そのものだと言えるけど、それを勇気で否定しなくちゃならない……。
―――それって、ただの若者にとってはかなり大きな仕事だろう。
ここにいる多くの若者たちも、『ルファード軍』になるまでは。
人種を越えた軍勢を組み上げるまでは、異種族といがみ合って来たのだから。
女神イースの言うように、差別というのはほとんど絶対的に機能するものだよ……。
―――でもね、そんな言葉を若者たちが口にしている。
自分たちがこれまで囚われて、疑うことさえなかった価値観を変えているのさ。
『自分にとっての絶対的な常識』を、否定するなんてアイデンティティに関わる行いだ。
だというのに、若者たちはそれを口にしてくれる……。
「『狭間』だろうが、亜人種だろうが、人間族だろうが!!そんなのは、もう関係ない!!そういう世界を、力尽くで作り上げるんだ!!私は……『あの子』に、笑顔でいられる『未来』をあげるの!!そのために、戦おう!!勝つんだ!!女神イースに、負けるな!!」
―――大いなる学びの時間だよ、女神イースの権能は大いなる試練を与えてはいたが。
試練を乗り越えた若者たちは、大きく成長してみせる。
彼らは明確な目標と、戦い方を知った。
世界を変えればいいし、それを成し遂げる方法は……。
「私たちには、仲間がいる!!ひとりぼっちじゃ、ないの!!」
―――宗教と思想は似ているよ、一つに結び付けて孤独を駆逐してくれる点では同じさ。
一人じゃ世界は変えられない、一人じゃ弱いかもしれない。
ヒトは群れを成してこそ強く、世界を変えられるほど大きくもなれる。
若者たちは悪夢から、目覚めていったよ……。
「はあ、はあっ。そう、だ。そうだ!あれは、あれは夢だ!!決まってなどいない!!」
「変えてやればいい!!あれが、あれが本当に『未来』なら、変えてやるぞ!!」
「あの子は、幸せになるべきなんだ!!」
「女神、イース!!お前に、負けたりなんて、しない!!」
―――女神イースにも驚愕すべき現象だろう、権能に落ちた若者たちが。
こうも容易く術を破ってみせるなんて、異常な出来事だよ。
その現象の中心は、もちろんソルジェだろうけれど。
若者たちには共鳴するための素養が、とっくの昔に備わっていた……。
―――共に戦列を組んだからかもしれない、同じ側で戦う経験は仲間意識を大きくする。
『プレイレス』奪還のニュースが、帝国の絶対性を破壊していたからかもしれない。
人間族の市民たちも、帝国が押し付ける価値観を信じなくてもいいと知ったんだ。
あるいは、メダルド・ジーが『人買い』を廃業してみせたからかもしれない……。
―――亜人種の奴隷を専売的に取り扱ってきた『老舗』は、差別の象徴ではあった。
それを廃業した男の選択は、若者たちの価値観を柔軟にしている。
恨みや憎しみや怒りのすべてが、解決されたとは言わない。
それでも変化を示せたことは大きく、若者たちに機会と思考を与えたんだ……。
―――常識も過去も、生業さえもメダルド・ジーは捨ててみせた。
新たな自分に生まれ変わった『人買い』にも、若者たちは多くを学ぶ。
『狭間』である姪のため、戦おうとしていた男だからね。
若者たちには、一つの手本でもあったのさ……。
―――いずれにしても、多くの出来事が若者たちには与えられている。
それはこれまで得られなかったことであり、成長を促す経験たちだった。
若者たちは強くなって、例外だったはずの変革に普遍性を与えつつある。
千一年目の可能性を、彼らは疑わなくなっていた……。




