第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その二百五十六
―――ソルジェは女神イースと竜太刀で打ち合いながら、若者たちと連携する。
雪崩れ込む戦士たちに、無言のままで命じていた。
女神イースに対して間合いを詰めることで、『射線』を確保することでね。
この圧倒的な強敵に対し、若者たちも自力で接近戦をやれるとは考えていない……。
―――『鋼を投げつける』ことが、自分たちにやれる最良の援護だと悟らせたのさ。
それをソルジェが求めてもいるともね、『王者の剣』の要領だよ。
敵にも仲間に対しても、戦闘の法則性を押し付けていく。
達人的な戦士の範疇を、ソルジェは完全に超越しつつあった……。
―――戦場のすべてを掌握しながら、自分の思うままに変えてしまう。
若者たちが鋼を思い切り投げつけて、女神イースはそれらを打ち払っていた。
そのせいで隙が生まれ、ソルジェに間合いを潰される。
懐に入り込むと、竜太刀の斬撃が彼女を襲った……。
―――幾何学の羅列が『鎧』となり、致命的なダメージを防ぎはする。
だが、死をも恐れない若者たちの怒涛の突撃が女神イースを包囲した。
彼らのなかには素手でもお構いなしに、女神イースの翼を掴もうとする者さえいる。
正気とも言い難い行いではあったけれど、この熱狂的な攻めはソルジェを援護した……。
―――女神イースも苛立たせる、非常識なまでの闘争の熱量に。
彼女は世界の暗黒面を見出しているのかもね、ヒトの殺意と攻撃性。
世界を変えようとする情熱は、もちろん狂暴だから。
女神イースの動きは、より守勢に追い込まれていったよ……。
「『自殺行為も、甚だしい。ただの感情の暴走だ』」
「違うな。たんに、どこまでも必死なだけに過ぎん!!決断力が、知性的なら、こいつらは今とてもアタマを使っている!!」
「『お前が、そそのかしたのだ』」
「皆の同意だよ。世界を変えたがっている!!」
―――世界を変えようと、ただただ必死となっている。
その必死さは、周りに波及していくものだ。
女神イースが見せた絶望に呑まれて、操られていた者たち。
若者たちが押さえつけている彼らにも、この熱は伝わった……。
―――『ソルジェとの娘に自殺され』るという、生々しくも悲惨な虚構に囚われたルチア。
彼女の絶望に虚脱する内的世界にも、仲間たちの声は届いていた。
ソルジェの声も、ゼファーの歌もね。
ルチアは目の前に浮かぶ女神イースを、にらみつける……。
「ストラウス卿が、来てくれたわ」
「『だから、どうしたと言うのだ。お前の『未来』が変わるとでも?』」
「『あの子』は、いなかった……って、口にするの。こたえるわね。アンタは邪悪だ。女にとって、母親になることは特別な行いだ。奇跡みたいに、嬉しかったけれど。でも、ニセモノの記憶」
「『あの男が欲しいなら、そうなる』」
「ストラウス卿は、奥さんがいるもの」
「『だから、どうしたという。お前とのあいだに子を作らんとも限らない』」
「ま、まあ。それは、そうかもしれないけど。あっちは一夫多妻だし。でも、違うの。もしも、そんなことが起きたとして、『あの子』が産まれたとしても、自殺したりしないわ」
「『したで、あろう』」
「あれは、アンタの思い通りに描いた世界に過ぎない。たしかに、リアルだった。そうなるかも、しれないって思い込まされるほどにはね」
「『お前自身も信じていた。だからこそ、あれほど苦しむ』」
「ええ。でも、間違いだ。私の『あの子』は、自殺したりはしない」
「『なぜ、そう言い切れる?』」
「『狭間』でも、きっと幸せになれるもの。ビビアナも、そうだ」
「『周りを不幸にしている。あの者の両親は……』」
「死んだからと言って、不幸なのかしらね」
「『何を、言い出すのか』」
「叔母さんも、叔父さんも……幸せだったと思うわ。完璧にじゃ、ないと思うけれど。でもね、アンタがくれた記憶のおかげで、『あの子』を私に与えてくれたおかげで、二人の気持ちが、より分かるようになったのよ」
「『周りに裏切られ、娘のために死んだ。娘も、自らのために犠牲となった両親のことを、悲しんでいる』」
「でしょうね。でもね、それでも。ビビアナは幸せになろうとしている。ちゃんと笑えていたもの。だからね、叔母さんと叔父さんは、喜んでいるわ。たとえ、娘のために命を落としたとしても。『娘』が笑えているのなら、母親は……満足できる」
「『悲劇の連鎖を、断ち切らねばならん』」
「断ち切ってあげる。私たちが、無理やり、力尽くでね」
「『立ち上がるか。また、悲しい世界を維持するために、戦うのか』」
「そんなに、『やさしい』のなら。ストラウス卿を信じてあげればいいのに」
「『ふざけるな。私の慈悲を、何だと考えている……』」
「アンタは、長く悲しい人たちを見すぎたの。それで、やさしさがすり減って、曲がってしまったのね。もっと、可能性を信じてくれたなら、この戦いは起きないと思うのに」
「『ありえんよ。あまりにも、意見が違い過ぎる』」
「そうね。だから、自分たちの『正義』を賭けて、戦わなければならない。神さまって、やさしいのに。『ギルガレア』さまも、アンタも……融通が、利かないところまでそっくりだ」
「『ヒトでは、成し遂げられない『奇跡』を、与えねばならない。無数の祈りのために』」
「……それならば、倒すだけだ。『あの子』のために。もしも、『あの子』を私が本当に産むような『未来』が来たとしても。世界に失望させたりしないために。力で、変えてやるわ。ありがとうね、女神イース」
「『なぜ、礼など―――』」
「『あの子』に、会わせてくれたからよ。おかげで、戦って、勝ち取る『未来』の意味が。その重要性が、本当に理解できたから」
「『……やはり、ヒトでは。揺らいでしまうな。成し遂げるべき道さえも、すぐさま見失う。その変容の可能性は、より破滅的な世界を作るのに……』」
「悪い道も、あるでしょう。でもね。良い道だって、選べると信じたいの。ちゃんと、そう信じられる『未来』のために……『お母さん』は、戦うからね」
―――慈悲深い聖母のように、ルチア・クローナーは微笑むのだ。
絶望の悪夢を打ち消して、彼女は現実へと帰還する。
ひどい頭痛と吐き気はするが、それでも立ち上がった。
見つめるよ、ソルジェと女神イースの戦いを……。
「私も、行くわ。この戦いに、勝利して……『未来』を勝ち取る!!」




