第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その二百五十
―――神さまは、やはり圧倒的な神々しさを持っていた。
空中に浮かぶように君臨する姿だとか、光り輝くその姿。
赤い翼たちからは、威圧的な攻撃性があふれていたよ。
戦士たちの視線を女神イースは、独占してしまう……。
―――大きく腕を広げた姿に、母性じみたものも宿っていたからか。
敵意がどうにも和らいでしまうんだ、女神イースの掲げる『慈悲』を真に受けそうになる。
戦いでは相手を知り過ぎると、危険なときがあった。
洗練された戦士では問題も少ないけれど、若い戦士たちはとくに危険だ……。
―――女神イースと『カール・メアー』の、慈悲は我々にとって害悪なのだけど。
受容的な母性を、これほど見せつけられると若者たちは惑っていた。
『これは本当に邪悪な存在なのだろうか』、なんて迷ってしまう。
良くないことだが、しょうがないだろうね……。
―――『正義』と『正義』が、衝突し合うのが戦場なのだから。
ボクたちのそれに正当性があるように、相手にだってあるんだよ。
受け入れがたいロジックだけどね、この抱擁の果てに亜人種を滅ぼそうというのだ。
これは死の母性だよ、あわれな子供を安楽死させようという横暴な支配の残酷さだ……。
―――だからこそ、ガンダラは規範を示さなければならない。
傷ついて血を流す体で、消耗したハルバートを振り上げながら。
母性を発揮している聖なる女神に、荒ぶる暴力を叩き込むのさ。
女神イースにさせたくないからね、『圧倒的な権威による洗脳』を……。
ガギイイイイイイイイイイイイイイイイインンッッッ!!!
―――叩き込んだ斧の刃を、幾何学の紋章が防いでいた。
さすがはボクたちのガンダラだ、紋章の羅列のいくつかを粉砕してみせている。
女神の権威は、これで少しは傷ついたよ。
若い戦士たちには女神イースに従う必要がないのだと、この一撃で模範を示せた……。
「美しい言葉で飾ったとしても、私たち亜人種の滅亡など!!とても、受け入れられるものではありませんな!!それは、亜人種だけでなく!!我々と同じ価値観と『正義』のもとに集まった、すべての者たち共通の願いなのです!!」
―――理論武装になる、ガンダラの言葉は実にシンプルで正しいからね。
ボクたちの『正義』そのものだよ、ソルジェやガンダラの願い。
ボクやクラリスの願い、『自由同盟』と『ルファード軍』の願いでもある。
正しさで挑むべきだよ、このお節介が過ぎる女神さまにはね……。
「そ、そうよ!!あなたなんかに、殺されてたまるか!!」
「オレたちは、生きるんだ!!死んでたまるかよ!!」
「に、人間族も、亜人種の滅亡なんて望んじゃいない!!」
「少なくとも私は、そうだ!!みんな、『仲間』でいられる!!」
「『惑わせているな。ヒトの限界を、知るべきだぞ』」
「限界があるとすれば、それも神である貴方の方でしょう。『カール・メアー』の思想の化身でしかない貴方には、変革など起こせない。私たちは、違う。ヒトは、誰かと結びつくことで、これほど可能性を引き出せるのです」
「『結びつくことが許されない命も多い。ヒトは、ヒトとそれを完全に行えない。だからこそ、神がいるのだ。信仰のもとで、私に抱かれるがいい』」
「貴方の信者たちのあいだだけで、やってくれているのなら問題は少ないのですがな。ここにいる若者たちは、結びつくことで、新しい価値を見つけだした。邪魔をするべきではない」
「『笑わせてくれる。巨人族の男よ。お前は、どこまで信じられるのか?このような例外が、どれだけ限定的なのか、分からぬと己に嘘をつくのか?』」
「知ったことではありません。私は、とっくの昔に……選んでいるのです!!」
―――傷だらけでも、ハルバートを振り回していく。
『ルファード軍』の軍師としての責任でもあるし、ソルジェの副官という責任もある。
でも、それらを除いた実に個人的な感情に根差した行動でもあるんだよ。
ガンダラはとっくの昔に、人種の壁を越えて生きる道を選び取っているんだから……。
―――赤くかがやく紋章の羅列が作る、強烈な守りの連なり。
ガンダラは、それを打ち崩すことに夢中になった。
羅列どもは羽ばたきに連動して、まるで大波のように周囲へと放たれる。
若い戦士たちは、この赤い衝撃に揺さぶられて近づけない……。
―――ガンダラだけが、踏みとどまりながら攻めまで行えた。
あらゆる攻撃にはリズムがあるし、女神イースの動きはとくにそうだ。
音楽的なのさ、聖なる歌声で組み上がった神さまだからかもしれない。
ヒトでは抗いにくいまでの破壊力であっても、このリズムを読めば対策できた……。
「ち、近づけねえっ!?」
「観察、するのよ。ガンダラさんを、見て!!真似をしましょう!!」
「ま、真似をするって……カンタンに言うなよ、ガンダラ先輩は、『パンジャール猟兵団』の猟兵なんだぞ!?」
「それでも、コツがある……コツがあるから、あんな力にも耐えているんだっ」
―――若者たちは未熟だよ、だからこその強さもある。
完成された者たちよりも、より強くなりたいという願いが強いんだ。
そういうモチベーションに、分かりやすいお手本があれば成長を促すものだよ。
女神の術とたった一人で競り合えているガンダラは、彼らにとって最高の手本だった……。
―――それに、今の彼らは孤独じゃないのも強みだ。
ガンダラはコツを叫んだりはしない、その余裕なんてないからね。
『繭』から出て来てしまった女神イースは、さっきよりも数段強いから。
だからこそ、ルチアもギムリも考えなくちゃならない……。
―――考えても、盗賊稼業だけをして来た者たちでは限界があっただろう。
それでもね、彼らは孤独じゃない。
追い詰められているからこそ、素直にもなれる。
若者はプライドと心中するよりも、成長の可能性を選ぶものだった……。
「誰でもいい!!知恵を、貸して!!」
「そうだ!!知恵を出し合うんだ!!巨人族も、エルフも、ドワーフもケットシーも……人間族もだ!!そうじゃねえと、勝てねえんだ!!」
―――ガンダラの壮絶な戦いを見つめながら、若者たちはアイデアを求め合う。
良い行いだよ、天才がいなくても皆で考え合えば発想力も高まるものさ。
誰かの力を借りるという選択は、素晴らしい。
自分じゃない誰かには、自分では思いつけない考えもたくさん持っているのだから……。
「お、音……っ。音楽っぽい!!あの女神は、何だか、そんなカンジなんだ!!」
―――それは、音楽の素養のある人間族の若者の叫びだった。
戦士として参加してはいるが、戦闘の腕前そのものは知れている。
しかし、豊かな教養を持っていたよ。
彼は『ツェベナ』でオペラを見たこともある、金持ちの息子だ……。
「そ、そういや。聖歌も……イース教の、聖歌を……歌っていやがったよな!?」
「い、いい歌声だった。すごく……いや、敵だけど!!」
「敵でも、褒めたっていいだろ。そうだ……でも、音楽……」
「……一定なんだ。あの女神は、まるで……『ツェベナ』の指揮者みたいに、拍を取っている気がするよ!!」
―――武術はリズミカルなものでもあるからね、若者の主張を強者たちが理解する。
知性で把握したわけじゃないが、経験に即した理解力だった。
女神イースの動きに宿る、『型』のリズムを見つけられたんだ。
戦士たちは自信を深め、ルチアが叫ぶ……。
「あの女神野郎の動きを、読むんだ!!力の強弱……リズムを盗んで、援護をするんだ!!」
―――天性の感覚の世界であり、ルチアは確かにその分野で優れていた。
荒れ狂う赤い衝撃の波を、しゃがんで回避した直後。
矢を放ち、女神イースの顔に向けて撃てた。
新たな衝撃波によって、直前で矢はへし曲げられてしまったけれど……。
「お、惜しかったぜ!!」
「やれる……やれるんだ!!猟兵じゃなくても、やれることはあるわ!!」
―――勇気づけられた若者たちは、もう委縮していなかった。
女神イースへの挑戦に対して、集中を組み上げていく。
行動は人心を制するものだ、無言で模範を示したガンダラも。
ルチアの放った、会心の矢もね……。
「『可能性。可能性。つまらない誤差だ。惑わせる者に、罰を与えねば』」
―――ルチアは、正しい。
だからこそ、にらまれてしまう。
女神イースは、ルチアから見せしめにすることを選んでいた。
慈悲を込めた一瞬で命を奪うための、羽根の弾丸を放つ……。




