第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その二百四十六
―――あまりにも広くて、あまりにも残酷な世界がある。
世界最強と呼んでも差し支えない二人がいても、自由なんてほんの一握りだった。
竜のいない竜騎士と、ただの逃亡奴隷だからね。
それでも、この出会いは『パンジャール猟兵団』の大きな変革点さ……。
―――これからガンダラは『選ぶんだ』、それがどれほどの自由なのか分かるかい?
何も選んだことなんて、なかった男だ。
選ぶという行いは、とてもトクベツなんだよ。
奴隷の子なんかに生まれたら、そんなもの与えられるはずもない……。
―――命令されるばかりの人生で、すべては始めから決まっていた。
産まれたことさえ、誰かの計画通りなんだからたまったものじゃない。
あまりにも不自由で、あまりにも選択肢がないんだ。
そんな男に、今は一つだけ選択肢がある……。
―――赤毛の男は、乾いた大地に竜太刀を突き立てていた。
待っているらしいよ、「欲しい」とは断言したけれど。
それはガンダラの選択が欲しいという意味で、命令しているつもりは毛頭ない。
たんなる勧誘、ただの同等な要請であり提案で切なる願いだ……。
―――賢いガンダラであっても、面食らって戸惑ってもしょうがない。
誰にだって初めてのことは、何も分からないものだろう。
『魔銀の首枷』を斬り落とし、自分の返答を待つなんて。
殴ってもいいし、殴りかかれる余力もあるがガンダラはそれをしない……。
「おい、返事はどうなんだ?」
「……返事、だと?」
「そうだ。行っただろう。一緒に来るか?」
「そんな言葉は、聞いていない。軍列に加われと……?」
「そうだな。戦士としてのお前が必要なんだ。猟兵……最強の傭兵を作る。最強の戦士たちの集団をな!!それで、この世界を力尽くで変えちまうんだよ!!」
「世迷いごとだな。そんなことが、やれるとは―――」
「―――やれる。勝ちまくればいい」
「お前は、負けたのだろう?」
「そうだ。負けた。だが、生きている。死ぬまで、負けではない」
「……世界は、広いのだ。どうにも、ならんこともある」
「この件に関しては、例外だ。何事にも例外があるものだろう」
「ファリスに勝つだと?ユアンダートは、最大の領土を誇る王だ……」
「だが、ヒトに過ぎん。殺せる機会があれば、ちゃんと斬れる。考えてみろ。目の前に、ユアンダートがいれば。オレでもお前でも、殺せるんだ」
「周りには、数千、数万の兵士がいるだろうがな」
「それでも、勝てる」
「……復讐しか、見えていないのか」
「かもしれん。そうかもだが、それだけでも、無い。オレが欲しいのは、復讐以外にもある。お前が、望んでいたものだ。そいつは、きっと……オレの求めているものと同じ」
「何を、私が望んだと……」
「オレのアタマの出来に期待しないでくれよ。バカなんだからな」
「……そう、だろうな」
「だが!バカでも、何となく分かる。お前も、オレも……『未来』が欲しいに違いねえ」
「……何とも、漠然とした答えだ」
「違うのか?賢く考えるな。欲しいだろう。今、こんな状況じゃない、今とは違う『未来』ってものが!!欲しいんだろ!?」
「それは、そうだが……」
「それなら、オレと一緒に来いよ」
「命令では、ないのか?」
「命令だけでついて来る戦士が、本物の傭兵だとは……猟兵だとは思えん。オレも、傭兵稼業が長いわけじゃないが……自分で、道を選んだ者こそが、最高の戦士だ」
「最高の戦士以外、いらないと」
「そうだ。あんなにクソ強い戦士だ。選べ」
「……選ぶ、か」
「もったいつけているのか?……考えたいなら、待つぞ」
「もったいつけているわけでは、ないのだがな」
―――慣れていない、だからガンダラは迷う。
ソルジェは待つと言ったが、今より若く短気でバカだったころだから。
イライラしながら、赤毛を掻きむしる。
交渉術も知らない北方野蛮人の若者は、腕組しながら考えた……。
「今、『一勝一敗』だからな。五分と五分だ。もう一回、戦って。今度こそ、オレが勝った状況にして勧誘するべきか?」
「一勝、一敗?」
「そうだ。ガルフ!お前が、オレを助けたせいで、ややこしくなったんだぞ!!」
「……いや、あそこの老人は……」
―――手助けなんて、まったくしていなかった。
そう言いかけたが、ガルフは愛嬌のある年寄りのウインクで合図する。
「黙っておいてくれ」、初対面でも伝わったよ。
ガンダラは賢いから相手の心理を読むのも、得意だったからね……。
―――ソルジェのためだ、増長は強さの道を妨げる。
だましてコントロールしてあげるのも、バカな若者への有効な教育方法だ。
最良の道かどうかについては議論の余地があるだろうが、ソルジェには向いたよ。
北方野蛮人の四男坊には、敗北はあまりにも大きな葛藤を呼ぶ……。
「もっと、強くならねえとな。いいか。二度と、負けねえ!!」
―――ガンダラも、黙っておくことにした。
もしも自分が矢を射られてなかったら、空腹でなかったら。
『今日は勝てていたはず』だと、想像したがるぐらいには彼も若かったのさ。
それに、ソルジェの成長を妨げるつもりもない……。
―――ガンダラは自分の感情に気づいたよ、ソルジェを嫌っていない。
人間族が大嫌いなくせに、あらゆることに起きる例外の奇跡の一つだった。
殺し合っていたけれど、それはもう過去になろうとしている。
『未来』だ、選ぶという行いはそれに対して行われものだよ……。
「『選んだ』ぞ、ソルジェ・ストラウス」
「おお。本当か。それで、どっちなんだ!?一緒に、来てくれるのか!?」
「ああ。お前が、それを望むのなら。私も、それを『選ぼう』……フフフ。ハハハ!!」
「どうして、笑っているんだ?」
―――世にも珍しい、ガンダラの大笑いだった。
その希少性を知らないソルジェは、まだ知らない。
ガンダラ本人は賢いから、しっかりと理解していたよ。
人生において、あまりにも貴重な笑みなのだと……。
「私が、『選ぶ』なんてな。まったく、不思議な日だ。不思議な人間族だ、ソルジェ・ストラウスよ」
―――この日、大陸から逃亡奴隷の男が一人消えた。
彼は自分で選んだよ、奴隷などではなく猟兵として生きると。
ソルジェ・ストラウスの『仲間』として、戦いの日々に参加するのだと。
あまりにも劇的な変革だったね、ガンダラは小さくて限定的だが自由を選んだ……。
―――ぶつかり合ってみるものだ、ガンダラは理解者を得たし。
ソルジェもガンダラたち亜人種奴隷の苦しみの一端を、ちゃんと理解したのだから。
まだまだ若く、あまりにも無力で未熟な者たちの出会い。
それでも、これは『未来』へと続く……。
―――青い空を、ガンダラは見上げていたよ。
空虚に見える晴れた青が、ガンダラはあまり好きじゃなかったが。
その日ばかりは、不思議なことに心地良かった。
詩人であるボクが指摘しておこう、広い場所でも孤独を感じなかったからだよ……。
―――ガンダラは、『パンジャール猟兵団』という大きな『家』を得たんだ。
これが、空の大きさにも負けるとは限らない。
ガンダラにとって、最初にして最後の『居場所』だ。
選んだ自由の大きさは、空よりも広くて強い……。




