第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その二百四十五
―――世界と独りぼっちで戦うのは、やっぱり苦しい行いだ。
絶望の大きさは世界そのものぐらいには大きくて、ヒト一人ではどうにもならない。
この逃亡の果てにあるのは、孤独な死だとガンダラは信じている。
それでも暴れて藻掻くのは、自分が絶望に傷つけられた痛みを表現したいからか……。
「大嫌いだ!!人間族も、それの支配を受け入れる巨人族も!!」
「そうかよ!!なら、来やがれ!!」
―――ぶつかり合うことは、喜びでもあった。
手応えが欲しいものだよ、自分の存在を感じ取るためには手っ取り早いだろう。
若者らしい衝動でもあるね、生まれた意味や価値を知りたがるものだ。
ぶつかり合ってくれるなら、虚無の空回りとはあまりにも違うものだよ……。
―――鋼がぶつかり、衝撃で全身が軋んでいく。
ただの殺し合いに見えるし、もちろんこれはただの殺し合いでもあるけれど。
ガンダラにとっては何かの救済だったよ、自分と対等に『成長していくソルジェ』。
その立ちはだかる『壁』は、世界の理不尽の化身みたいなものだ……。
「呪わしいものばかりだ!!私たちへのあつかいも!!私たちを支配して、所有しようとする人間族どもも!!生まれたころから、私は道具だった!!生まれた理由さえも、道具としてだ!!」
―――『人買い』どもは残酷で、有能な奴隷同士を『かけ合わせる』こともした。
『商品価値の高い奴隷』に、強い巨人族の男と体格のいい女性を『交配』させる。
最強の男ガンジスも、その弟ガンダラも。
愛情じゃなく、所有者たちの経済的な野心によって作られた生き物だ……。
「この虚しさが分かるか!!この屈辱が!!生まれる前から!!私たちは道具だったんだ!!それを、どいつもこいつも!!受け入れやがって!!許せるか!!殺されたとしても、こんな事実を、私が許せるものかッッッ!!!」
―――振り回す鋼に、歴史と人種の呪いと祈りを込める。
ソルジェは受け止めたよ、成長し続ける若さがガンダラに導かれて。
アタマに血がのぼっているのは、お互い様だけど。
だんだんとソルジェは自分の役割を理解していく、ガルーナの竜騎士としてね……。
「聞いてやるぜ!!もっと、来やがれ!!」
―――会話だけじゃない、暴力も受け入れるのさ。
言葉だけで足りるほど、ガンダラの背負った絶望が小さいはずないからだ。
キレイごとでは済まないよ、学者の机上の空論とは違ってね。
現実ってのは感情と肉体が衝突し合う、とんでもない混沌だ……。
―――ガンダラを本当の意味で救ってあげる方法なんて、存在しないからだよ。
巨人族のすべてと、自分自身の運命を助けて欲しいとは願っている。
それでも、そんなことは不可能だ。
巨人族の奴隷みたいな社会的な弱者の人生を、誰が償ってあげられるのか……。
―――無理だよね、だからガンダラはとても知的な判断のもとに感情を暴走させている。
痛みがあって怒りが生まれるものだから、世界と歴史が与えてくる痛みへの怒りは大きい。
そして、誰にもそれを癒してあげられないものだよ。
千年の証明だ、人種のあいだに激しい憎悪はいつだって絶対を帯びて君臨した……。
「そうだな!!それが、嫌だから!!お前は、矢を浴びながらも逃げている!!」
「違う!!そうでは、ない!!」
「……っ!!ああ、そうだな!!お前は、逃げてなんていないな!!」
「私は、勇敢なんだ!!」
―――逃亡奴隷は戦っているのさ、自分の運命と世界の理不尽に対してね。
ヒトが表現するには、あまりにも過酷な方法だ。
自分たちを奴隷にして道具にして、支配して所有する悪意に挑む。
命を捧げて野垂れ死んだところで、世の中はこの主張に気づきもしないだろう……。
―――当の巨人族たちでさえ、ガンダラの無謀で無意味な主張に気づかないかもね。
逃げたくなって逃げただけ、そんなものじゃない。
もっと価値があって、もっと意味がある主張だった。
個人的であり、とても自由な叫びなんだよ……。
「お前は、何が欲しいんだ!!」
「私は……ッ!!私は、世界を変えてやりたいのだ!!!この、下らない!!この、残酷でおかしな世界を!!!正しいと信じる形に変えてやりたい!!!」
―――たった一人で、世界を変えるなんてことはムリだろう。
世界は大きくて、あまりにも大勢が複雑な形で参加しているものだから。
そんなことを分かっているから、普通の人はあきらめるものだよ。
でもね、ガンダラは違っていた……。
―――無理だと悟りながらも、それでもあきらめきれない。
絶望し尽くしながらも、希望がしっかりと残っていた。
たった一人で逃亡奴隷になり、追手に矢を射られて追い詰められながらも。
死を見据えながらも、藻掻いていられる……。
―――それは貴重な資質であり、何とも稀有な才能だ。
猟兵の才能の一つとも言える、最後まであきらめない優秀な性質だ。
このとても個人的な、とても自由な奔放こそ。
ガルフ・コルテスが最も期待した、ヒトにとっての最大の『強さ』……。
―――竜騎士姫の血が、ソルジェを笑顔にさせる。
猟兵らしく竜騎士らしい、戦う者を愛する笑顔だった。
戦いは暴力的であり、知的でもあるけれど。
そんなのは表面的なことで、大切なものを表現する原始的な主張なだけ……。
―――ソルジェは、そういう主張を受け止めるのが好きだった。
だから笑顔になり、ガンダラの破壊的な勢いにさえも耐久していく。
竜太刀と共に、踊るのさ。
ハルバートをかいくぐり、ガンダラの間合いに踏み入った……。
―――冷静沈着なガンダラの顔が、悔しさに歪む。
恨み言もアタマに浮かんでいた、彼はとても聡明な男だから。
ガンダラにとって不利な条件は多く、これはフェアな戦いじゃなかったかもしれない。
それでも、その瞬間のソルジェはあまりにも速くて器用だった……。
―――風のように自由で、炎のように激しく。
雷のように、その一刀は速さと早さがあったんだ。
『竜の焔演/りゅうのほむらの』、それのまだまだ未完成な複合強化魔術さ。
それが一瞬だけ発動し、ガンダラに打ち勝った……。
―――ただの達人ごときなら、この瞬間に竜太刀に斬られて死んだだろう。
もちろん、ボクたちのガンダラの力量がただの達人ごときのハズもない。
ハルバートを振るい、ギリギリで竜太刀の斬撃を受けた。
受け切れはしなかったよ、ハルバートの長柄が弾かれ断ち切られる……。
―――ソルジェの主張も、そこにはあったんだ。
矛盾してはいない、殺意全開で『殺し』にかかりながらも『死ぬな』と言っていた。
ガンダラへの期待と、信任でもある。
この衝突は誤解であり、とても儀式的な行いだったんだ……。
―――ハルバートが断ち切られて、ガンダラの首筋に竜太刀が触れる。
カチンと音を立てたのは、『魔銀の首枷』だ。
その冷たくて、硬い音はソルジェの笑みに悲しみも呼ぶ。
目指している勝利は、ずっとずっとまだ遠くにあるのだから……。
「オレの名前は、ソルジェ・ストラウス。ファリスに滅ぼされた、ガルーナ王国の竜騎士だ。オレは、オレたちは『パンジャール猟兵団』という傭兵団を作っている。ファリスとユアンダートに、打ち勝つために……そのために、お前が要る。とんでもなく強いお前が、欲しいんだ。ずっと……ずっと遠くにある、欲しい『未来』のために」
―――竜太刀と共に、ソルジェは踊る。
ぶつかり合った鋼同士が火花で鳴きながら、断ち切られていった。
ちょっとだけだ、ほんのちょっとだけ世界は変わる。
この敗北の果てに、ガンダラは一握りの自由と親友を獲た……。




