第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その二百四十四
―――力比べになったよ、人間族と巨人族のね。
体重の差があるし、身長でも負けている。
大きさというのは力であり、大はいつでも小に勝るものだ。
それでもソルジェは絶えて、ガンダラと張り合ってみせる……。
―――プライドが高いと、こういうときは心強いものだよ。
ストラウス家は竜騎士姫の時代から例外の一人なく、とんでもない負けず嫌いだ。
負けることを根本的に許せない人々だからこそ、今も途方もない底力を見せつける。
ガルフは意地悪だから、教えてやらなかったのさ……。
―――若いソルジェはもちろん今より馬鹿だよ、経験不足で知識不足な若造だ。
だからガルフ・コルテスに、騙されてしまう。
師匠でもある彼を、少しばかり誤解していたのさ。
『意識が消えたのに生きているのは、ガルフが自分を助けたから』と認識していた……。
―――自分が『勝手に生き残っただけ』なのに、ソルジェはそれに気づけない。
悔しかったんだよ、一対一という騎士道的な流儀においては間違いなく敗北だ。
ガルフに助けられた自分が、許せない。
竜騎士ストラウス家のプライドが、負けず嫌いの意地が筋力を強めていた……。
―――粘るソルジェに、ガンダラは迷う。
どうしてこの男は、『魔銀の首枷』の呪文と唱えないのか。
近くでニヤニヤしながら見守るだけの老人も、どうして呪文を唱えない。
若いのはガンダラも同じで、プライド/傲慢さを持っていた……。
「まさか、私に勝てるとでも!!」
「思っているさ、当然なあ!!」
―――戦場の流儀ではない、一対一という概念。
しかし、それをガルフ・コルテスが軽んじ切れない理由がここにある。
戦闘は交流であり、この一対一という行いはまるで儀式のような神秘があった。
若い人間族の戦士が、とっくに完成された巨人族の肉体に競り合っている……。
―――成長させる効果もあるんだよ、濃密に競り合う一対一という儀式は。
問答無用の冷たい合理ではなくて、何とも感情的な衝突だよ。
ガルフの目論見は、このときも正しく機能してくれる。
期待に応えてソルジェを成長させていた、素晴らしい成果だった……。
―――竜騎士姫の血が咆哮し、ガンダラを後ずさりまでさせる。
間合いを作ると竜太刀を振り回して、追撃を仕掛けていった。
ガンダラは逃げに徹する状態となるが、その視線の先には打ち捨てられた鋼がある。
雨に打たれて錆がうっすらと浮いてはいるものの、まだ使えるはずだ……。
「そいつを、拾え!!」
「なめてくれるな、赤毛!!」
―――若さが出ていたよ、ソルジェはガンダラが素手であることを許せなくなった。
猟兵としては失格とも言えるよね、それでもガルフは喜んでいたよ。
合理的な教えがすべてではないのさ、戦場というものはカオスだから。
ハルバートを拾い上げたガンダラは、竜太刀を超えるリーチを獲得する……。
―――筋肉の山脈が操る長い腕に、長柄のハルバート。
ガンダラにとって、最強の『形態』と呼ぶべきものだった。
ハルバートを振り回し、荒ぶる風を起こす。
技巧と経験に満ちた威風堂々とした姿に、猟兵の師弟は喜びを隠せない……。
「ハハハ!さすがは、巨人族だぜ!!」
「赤毛、笑っていられるのも今のうちだ!!私は、人間族が嫌いなんだぞ!!」
「知ってるよ!!言葉でも態度でも、語っている!!オレが嫌いなら、戦え!!」
「命令されるのは、大嫌いなんだ!!」
―――人類の頂点に君臨している、十数人の戦士たち。
そのなかの二人が、そのとき全力と全霊を込めてぶつかり合う。
竜太刀とハルバートが衝突し、互いの全身に破壊力を伝え合った。
鋼が鳴り響き、繰り返される斬撃の衝突は白獅子ガルフを笑顔にさせる……。
「とんでもねえなあ、こりゃ!!速さも、力も!!技巧の極まり方も、それらを操る魂までもか!!ああ、まったく!!オレを満足させてくれる連中だぜ!!」
―――嬉しくてしょうがない、最強の猟兵を作りたい男は。
ついに自分の視界のなかに、それらのうちの二人を捕捉している。
ガンダラはバケモノじみた強さだし、ソルジェはそれに匹敵していて若さを残す。
成長の余地があるのに、戦士としては完成を迎えていたガンダラと互角なんだよ……。
―――『未来』を想像して、ガルフは大声で笑っていた。
まるで気が狂ったように、大爆笑している。
この二人が、『パンジャール猟兵団』を完成させると理解していたからさ。
実際、この老人の思った通りになりはする……。
―――しかし、それはこの対決からもう少し時間が必要だ。
プライドのせいでアタマに血がのぼった若者たちは、ただただ互いを攻めている。
互いの体のあちこちに、傷が刻まれ血が吹き上がった。
止まることはない、もちろん怯むこともない……。
―――竜騎士姫の血と、ストラウス家の伝統が命じている。
勇敢であれ、最強であれ。
巨人族の知性が、逃亡奴隷に告げている。
何もかも残されていない立場でも、大嫌いな人間族に実力で負けてたまるものか……。
「負けねえ!!」
「負けるか!!」
―――冷静で沈着で、賢くて合理的。
感情を抑えるのが好きな、ガンダラという男。
それがここまで感情を爆発させるのは、初めてだったよ。
後にも先にも、ソルジェとの本気のぶつかり合いだけだろう……。
―――この一対一という、おかしな儀式はガンダラに大きな手触りを与えていた。
何もないはずの自分、『秩序派』の抱えたあきらめから逃げ出した彼は孤独だ。
世界に対して、ただの一人で反逆をしている男。
虚しいはずのプライドの空回りだが、この戦いには充実があったよ……。
―――必死で、自分を『表現』しているからさ。
行き場のない感情を、誰も受け止めてくれない絶望を。
目の前にいる赤毛は、強大な壁となって受け止めている。
ぶつかり合いたい、孤独な魂は衝突することに充足を求めるものさ……。
だから、ヒトはときに拳を振り上げる。
これは、ガンダラという男の絶望を、ソルジェが受け止めた交流の瞬間でもあった。




