第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その二百四十三
―――あの日、逃亡奴隷となったガンダラは『魔銀の首枷』とも戦いつづける。
それは、とても孤独な戦いだったよ。
巨人族の奴隷戦士たちは、ガンダラと行動を共にしはしなかったから。
彼らはあきらめていた、ある意味では賢いと言えるかもしれない……。
―――ガルーナを裏切り、バルモア連邦を吞み込みつつあるファリス。
大陸全土を支配しようと爆発的に勢力を伸ばしていく帝国から、逃げ場はない。
どこにも『受け皿』なんて、なかったのだから。
ガルーナはないし、『自由同盟』もないからね……。
―――どこに逃げても、追跡者が追いかけてくる。
戦いの日々なんて、甘いものじゃないよ。
戦いというのは群れと群れがするものだ、一人対群れは戦いですらない。
巨人族の平均的な知能は高いから、生存に対して妥当な判断を下していたよ……。
―――支配されることと、所有されることを選ぶ。
ヒトではなく、家畜であることをね。
『秩序派』の巨人は、そういう思想の持ち主たちだった。
奴隷の立場を受け入れて、人間族の支配構造を是とする……。
―――奴隷としての生存、それを望むのも生き方さ。
奴隷をやっていれば、支配され所有されていれば。
世界のすべてを敵に回すような、戦いと呼べない孤独な地獄を進まなくて済む。
誰もが孤独な地獄へと、迷いなく向かって走れるわけじゃない……。
―――呪文一つで、絞め殺されるかもしれないのに。
ガンダラは、たった一人の逃亡劇を始めた。
『秩序派』と真逆の道をね、たった一人であまりにも大勢と戦う地獄へと。
賢い彼にとって、あまりにもリスキーな路だね……。
―――生き残れるなんて、期待していなかっただろう。
それほど馬鹿じゃないけれど、誰かに所有されることも支配されることも拒んだ。
自由の対価は、世界ぜんぶを敵に回して殺されることだ。
死まで選んで、孤独の道を走った……。
―――追手どもを殴り殺して、打ち殺して。
武器と金と食料を奪い取り、周囲を警戒する。
『狩り』の対象となると、残酷な戦士が群がってくるものだ。
ガンダラを殺すか連れ戻せば、大金を与えられる……。
―――報酬に惹かれて、金に飢えた戦士が次々とガンダラに挑んだ。
矢に背中を射抜かれながらも、敵を粉砕する。
追い詰められた獣は、とてつもない力を発揮するよね。
若いガンダラも、まさにそれだった……。
―――『魔銀の首枷』を使われないように、即座に殺す。
対策の方法は、じつに単純なものであったよ。
敵となり目の前に現れた戦士たちは、ベテランぞろいだ。
屈強な巨人族はその体格ゆえに速度が遅いと判断し、間違った……。
―――『ガンジスの実弟』だなんて事実は、公表されていなかったからね。
公表すれば、ベテランの戦士は対処を間違わなかっただろう。
『生け捕り』なんて望まずに、呪文での処刑を選んだはずだ。
あるいは、そもそも『ガンジスの実弟』に近寄らなかったかもしれない……。
―――幸運だったよ、ガンダラは。
油断した戦士に向けて、稲妻のような速さで襲いかかる。
呪文を唱えられる前に、間合いを詰め切って一撃で仕留めればいい。
ベテランの戦士が相手では、何とも分が悪いよね……。
―――それでも、ソルジェとガルフがやって来るまで生き延びていた。
ガンダラという男が、どれほど狂人で素早く容赦のない戦士だったのかを示す事実さ。
孤独な闘争の中心で、集中を切らすことはない。
これは挑戦であり、復讐だったよ……。
―――自分を所有して支配していた者どもに、それを受け入れた同胞たちに対しての。
一人でも多くの敵を殺し、一秒でも長く生き抜くことが最高の報復だ。
世界も人間族も、賢いが臆病な同胞たちも大嫌いだった。
獣のように牙をむき、その挑発的な殺し合いは継続する……。
―――「どうだ、私はまだ生きているぞ。また、一人敵を殺してやった!!」。
ガンダラにとって、最も感情的な時間だ。
嫌いなものを拒絶しているときに、ヒトが得られる充足感。
全身をそれが駆け巡り、ガンダラは鬼神となった……。
―――竜太刀を担いだ赤毛を見つけると、もちろん殺しにかかったよ。
『魔銀の首枷』を作動させるわけにはいかないから、生きていたいから。
世界と人類への嫌がらせのために、走り接近して殴りつける。
ソルジェは大いに喜んでいたよ、戦士の血は強者に興奮するものだ……。
―――疾風にして迅雷、うねる筋肉の山脈が放つ岩すら砕く剛腕。
荒々しく見えて、実際はすべてが計算ずくめの戦術的な技巧。
戦闘というコミュニケーション方法で、ソルジェはガンダラを満喫する。
余裕はないよ、世界で一番強いかもしれない男二人の衝突だからね……。
―――ガルフでさえも自分の愛弟子と、『明らかに規格外の巨人族の逃亡者』。
そのどちらが勝つのか分からなかった、援護をするつもりはもちろんない。
猟兵という最強の戦士を作るためになら、何でもする。
ソルジェとガンダラの殺し合いは、最強を作り上げるために必要だと悟っていた……。
―――『一対一』での戦いなんて、戦場で価値のないものだ。
ガルフはそう考えてもいるが、強さは戦場以外でも意味を持つ。
『一番強い猟兵』こそが、『パンジャール猟兵団』を継承するべきだ。
分かりやすくていいと、ガルフは考えていたわけだよ……。
―――老いた白獅子ガルフ・コルテスは、目を細めてこの戦いを見守った。
勝者に、すべてを相続させるべきだと信じているから。
ソルジェに対して助言も助力も、することはなったよ。
猟兵の祖は、もちろん怖い男だったのさ……。
―――ときどき、この世の誰よりも感情がないかのような判断力の化身となる。
最強の猟兵団を創設する以外に、大して興味がなかったんだ。
そこまで人生を『純粋』に使い切れる男は、そういない。
少なくともボクはガルフ以外に、そんなヤツを知らないよ……。
―――ガンダラは初手での『狩り』を失敗した、相手が達人だと理解する。
達人ならば、ガンダラに無謀にも挑戦したがるかもしれない。
竜太刀の返しを、回避しながら蹴り上げた。
つま先が命中し、そのソルジェの体が衝撃で飛ばされる。
本来なら内臓が破裂するほどの威力だったはずが、即座に飛び起きてきた……。
―――竜騎士の呼吸法のおかげだね、肺腑を巧みに操って死を遠ざける。
達人以上だとガンダラは悟り、追撃しに向かった。
呼吸法は有効な小技だが、そんなものが戦闘を制するはずもない。
ソルジェの動きは当然ながら鈍っていて、巨人族の長い腕に押し倒された……。
―――顔面にガンダラの拳が振り落とされる、世界を憎悪する重量でね。
アーレスとの稽古がなければ、一発目で意識が失われていたかもしれない。
ソルジェは耐えた、続けざまに放たれていた二発目はどうにか回避する。
地面がえぐれて壊れる音がして、ソルジェは喜んだ……。
―――強い敵を喜ぶ、ガルーナの竜騎士の本能に従い。
ソルジェの左腕が、ガンダラの首を狙った。
ナイフを抜いていたよ、殺し合いの最中で今より若いソルジェも不器用だ。
スイッチが入っていたのさ、殺すつもりでナイフが動く……。
―――ガンダラは技巧で、若いソルジェを上回った。
ナイフの突き上げに、首を動かして自らあたりにいった。
『魔銀の首枷』を『盾』にして、ナイフを受け止める。
ソルジェよりも戦場での経験は長く、くぐった死線の数も多いからね……。
―――ナイフが、『魔銀の首枷』に衝突した。
次の瞬間には、音を立ててナイフが一つへし折られる。
さらに次の瞬間に、ガンダラの拳が驚くソルジェの顔面を殴りつけた。
ソルジェの意識は飛ぶ、一瞬にして致命的な失神だったよ……。
―――ガルフでさえも見誤ったから、ガンダラが油断してしまうのも仕方ない。
並みの人間族の頭骨ならば、砕けてしまうほどの強打である。
少なくとも、数十分は意識が戻らないはずだ。
しかし、あらゆるものに例外というものがある……。
―――意識がないはずのソルジェを、ストラウス家の与えた教育が助けていた。
『風』の魔術を放ち、ガンダラと自分のあいだに暴風を作る。
『教育熱心』なアーレスと稽古していたから、気絶にさえも慣れていた。
意識がなくても反射的に魔術を使えと、ソルジェは本能を調教されていた……。
―――ガンダラの体は弾かれて、ソルジェはふらつきながらも身をひねる。
意識が無くても立ち上がり、竜太刀を構え直したんだ。
おかげでガンダラは警戒してしまい、ソルジェに意識を取り戻す一秒を与える。
一秒後には殴りつけていたが、竜太刀に拳が防がれた……。
「負けねえ、ぞ!!」
「意識が、飛んでいたはずだ!!」
「知った、ことかよ!!」
「倒す!!殺す!!人間族、など!!」




