第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その二百四十一
「一々、恥ずべき『過去』をほじくり返してくれるぜ!!」
―――盗賊稼業をやめてから、まだ百時間も経っていないけれどね。
たしかに立派な『過去』と言えるかもしれない、若者の時間は貴重じゃある。
ギムリはロープをぶん投げて、『繭』にしがみつく男の脚に『輪』をかけた。
ロープというものは、何とも物理学的なんだよ……。
―――達人の体術よりもはるかに『純粋』だよ、ヒトの技巧はどうにも複雑すぎる。
ロープを使えば、年老いた農夫でさえも馬や巨牛をたやすく操れるよね。
それだけ効率的に、ロープという道具は力を伝えてくれるものだ。
巨人族の青年の体重と力もね、なんとも純粋な仕事をしてくれる……。
―――『女の声の男たち』の一人を、瞬時に引っぺがしていた。
彼はガンダラやルチアに飛び掛かろうとしていたから、踏ん張ることもしちゃいない。
『繭』から引きはがされた彼を、ギムリはロープを巻き取りながら引っぱる。
話すのさ、『繭』やこの戦闘からね……。
―――戦闘は数であり、密度なのだから。
次から次に『薄めて』やればいいのだという方針を、今この瞬間にも踏襲する。
見事なロープワークだったが、それは何もギムリに限ったことじゃない。
盗賊を『過去』のものにしても、若い肉体と血に技巧は刻み込まれていた……。
「ギムリに、続け!!」
「どんどん、あの『繭』から、引きはがしてやるんだ!!」
「大した数じゃないからなあ!!そもそも、オレはギムリより投げ縄は上手だぜ!!」
「うっせーよ!!自慢のダシに、オレを使うんじゃない!!それと、間違ってもガンダラさんの手足に引っかけたりするんじゃないぞ!!」
―――盗賊たちは頼りになる、これまでの行いのすべてをボクは許せるよ。
罪科を償うための方法は、いくつか種類があるものだけど。
戦場での活躍なんて、実に古典的な方法の一つだよね。
犯罪者が最前線で使われる、懲罰部隊とはソルジェたちも戦ったばかりだ……。
―――被害者がそれで許してくれるかは、また別だろうけれど。
政治や軍事の上で、戦場の最前線で戦ってくれるという貢献は大きい。
市民の救助でもあるから、ほめやすくもある。
盗賊『だった』、若者たちは大半の『女の声の男たち』をはぎ取ってみせた……。
「縛れ!!拘束しろ!!」
「こいつらを、遠くに!!」
「魔力を……『繭』に、食わせてやるな!!」
「敵の邪魔をするんだ!!それが、きっと有効策になる!!」
―――自発的に、戦術を強化してくれる。
巨人族は本当に賢くて、素直だから戦場には向いたよ。
ギムリは自分たちの仕事に満足し、誇るための鼻息を放った。
だけど、次の瞬間には青ざめてしまう……。
―――『羽根』の弾丸が放たれていたからだ、ギムリ目掛けての軌道さ。
ガンダラのハルバートが、その軌道を邪魔してくれたから。
ルチアと同じように助かっていたけれど、背筋は凍る。
ギムリに当たらなかったそれは、地面に広がる頑丈な敷石に命中した……。
―――石を貫通するほどの威力であり、敷石に『刺さったまま暴れている』。
ビクビクとした躍動には、あまりにも生命力が強く残っていた。
『蟲』の化身だからかもしれないし、それ以外の力学があるのかも。
ギムリは、そいつを踏みつけようとして中断した……。
「毒でも、あるかもしれないからな……ッ」
―――その代わりに、槍で叩きつけてやった。
ちゃんと『繭』の方にこそ、意識を向けながらね。
女神イースは狙っている、自分の信徒に仇成す者たちを。
いいヤツかもね、敵じゃなければ許せる考えではあった……。
「と、とにかく!!援護だ!!取り囲め!!あのクソッたれの『繭』を、包囲しちまおう!!」
「ええ!!連携するわよ!!『女の声の男たち』が嫌っていそうな、『人種を越えた協力』をぶつけてみましょう!!」
―――南のエルフと、巨人族たちの連携。
それはこの集団のなかでも、完成度が群を抜いて高いものだった。
腐れ縁と呼ぶべき時期も含めて、長く互いを知ってはいたからね。
だけど、この集団の主役は彼女たちだけじゃない……。
―――最前線で、『繭』越しに翼とハルバートを衝突させ合うガンダラも主役だけど。
ボクが主張しておきたいのは、『ルファード軍』の中核部隊だ。
つまりは、人間族の戦士たちになる。
彼らはルチアとギムリの連携に、遅れっぱなしではいなかったのさ……。
「お、おい!!オレたちも混ぜろ!!」
「あの『繭』の中身は、亜人種が嫌いなんだろう!?」
「それなら、オレたち人間族を『盾』代わりにすれば、マシかもしれんぞ!!」
「ハハハ!!本気か、そいつは、ありがたいが……っ!!危険だぞ!?」
「危険なのは、承知だ!!それでも、オレたちは戦友だ!!使ってくれ!!いっしょに、戦うぞ!!」
―――ガンダラは、背中越しにその声を聞いていた。
ソルジェという『強烈な例外』を、彼は知っている。
あくまでも『例外』だったよ、これまでね。
亜人種と共に戦う、それを心の底から『普通』なことだと信じられている者は……。
―――人種の壁を、本当の意味の深さで越えられる者は。
あまりにも少ないはずだと、賢いガンダラは知識と経験で比較して判断していたんだ。
でも、それは彼がときおりしてしまう賢さゆえの早とちりだったのかもしれない。
いたんだ、そこらへんに『普通』にね……。
―――革命的な現実だ、とくに戦争奴隷として使われていたガンダラにとっては。
巨人族の戦士というのは、『壁』であり『盾』として使われる。
強靭で巨大な肉体に、いつも人間族の兵士たちは隠れていた。
それなのに、背中越しの世界は『過去』と違っているんだからね……。
「巨人族の……亜人種の、『盾』代わりですか。人間族が、私たち亜人種の……ああ、女神イース、知っていますかな。これは、私を奮い立たせる現実ですよ」




