第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その二百三十六
―――ガンダラは『ブランガ』の毒を用意させていた、どれだけ必要になるかは不明だ。
つまり指示の内容は非常に分かりやすくなった、『可能な限り用意する』だけ。
帝国軍や連中に雇われた傭兵どもに、この毒を使う必要はないからね。
『蟲』に対して特効なら、『蟲』が作る女神に撃ち込みたいところだ……。
―――これ見よがしに配置された『繭』、その周りに屈強な下僕たちが集まっていく。
魔力を吸い上げられているのさ、供物としてね。
膨大な魔力であり、濃密な魔力だった。
『風の旅団』の弓兵たちには、とくに感じられる……。
―――南のエルフにとっては、なつかしさもあるからね。
『ギルガレア』の分身の成れの果て、それと遭遇しているわけだ。
彼らの体内に『蟲』はいないが、数十世代前から『ギルガレア』と一緒だった。
ルチア・クローナーは、同胞である南のエルフたちに命令する……。
「『アレ』は、女神イースのニセモノらしい。『ギルガレア』さまの力を悪用して作り出されようとしている、偽りの神みたいなものよ。容赦なく、毒矢を撃ち込んで、殺してやる。ガンダラさんの命令通りに、取り囲んで」
「了解っ!!オレたちの神を、これ以上、冒涜されてなるものか!!」
「そういう、認識で、いいんだよね、ルチア……?」
「当然よ。『ギルガレア』さまは、私たちに厳格な罰をもって、罪を遠ざけてくれる偉大な神さま。世の中に混沌をもたらそうとするのは、あの方の真意じゃないわ」
―――誰もがそれぞれに、神さまとの対話を成し遂げていくものさ。
それぞれの宗教観というものを熟成することが、人生には必要になるからね。
ルチアたち若い南のエルフたちは、『ギルガレア』という存在の位置を定め直した。
混沌とは真逆の、秩序を与えてくれる厳しい獣神なのだと……。
―――昨夜の戦いを経ても、旧き伝統に対しての愛着は揺らがなかった。
古老たちから聞かされてきた、無数の夜のおとぎ話。
それは魂の奥底にしっかりと刻まれて、血族の本能として機能する。
『ギルガレア』に対して、正しい認識を彼女たちは成し遂げたとボクは思うよ……。
―――『人々の願いを、叶えてしまうタイプの神さま』なんだ。
『星の魔女アルテマ』が見つけた、『星』と同じくね。
大昔の南のエルフたちと、この『侵略神/ゼルアガ』が遭遇したとき。
エルフたちは願ったのだろう、罪科の獣神による秩序に守られることをね……。
―――『ギルガレア』は、おそらく正しい種類の神さまになった。
信仰が求める形として、実に正当な存在だと思うよ。
人々の生活に、巨大なる規範として君臨しながら一種の平和を創出したのだから。
罰を与える怖い獣の神さまは、この反骨的な若者たちの心さえ支えてみせている……。
「そう。『ギルガレア』さまは、恐ろしい世界を望んではいない。ただ、とても、やさしいの。厳しさがあるだけで……神さまなんてモノは、見守ってくれるだけでいいのよ。イース教徒ども」
―――戦術理解は一致して、『風の旅団』の若者たちは城塞と屋根に登り配置を成した。
二重三重にも『繭』を取り囲んでいる、女神の下僕となった者たちは動かない。
完璧な包囲になっているが、敵の戦力は読めないところだ。
用意できた限りの『ブランガ』を注ぎ込み、弱らせたあとは女神と肉弾戦か……。
「想像すると、怖いから。こういうときは……想像しない。南のエルフの戦士らしく、敵に対しては攻めまくればいいだけだ」
―――『攻撃』の戦術と相性がいいのは、『攻撃』の戦術だよ。
これらは積み重ねることで威力を増していき、連携が肝となる。
森のエルフの戦士たちは潜在的にも、そもそも表立った傾向としても『攻撃』の者だ。
ガンダラの指揮とは、かなりの好相性だということさ……。
―――森のエルフの戦士たちが、最も迷っていなかったよ。
『ギルガレア』に対しての冒涜の一種だと認識し、敵には攻めを叩き込むのみと信じた。
夏の暑さをはらんだ風に撫でられながら、構えを作る全身に汗を浮かべながらも。
極めて心理は冷静であり、連携の発動を待ち続けてくれている……。
―――ガンダラはうなずいた、ハルバートを掲げて戦士たちの注目を引き寄せる。
オーケストラの厳密な指揮者のようだと、彼は思っていたに違いない。
もちろん楽しい時間だよ、数十もの達人たちに号令を出すという行いは。
ハルバートは大きく振り落とされ、戦士たちは『繭』に向けて毒矢を放つ……。
―――矢の群れが『繭』に降り注いだ、外れた矢は一本たりともありはしない。
光る繊維の奥の奥に、『ブランガ』の毒が飛び散りながら突き刺さっていく。
下僕にされた職人たちは、乙女のような甲高い悲鳴をあげながら。
それらの矢を抜き去る作業に没頭する、ルチアは鼻で笑っていた……。
「これ見よがしに、『飾っておいた』くせに。狙われないとでも、思っていたのかしらね。そうだとすれば、あまりにも間抜けたハナシでしょうに」
―――目を細める『風の旅団』のリーダーは、計算をしている。
『攻撃』の戦士たちではあるが、それは闇雲な攻めの狂信者というわけじゃない。
むしろ逆だよ、クールな連携の申し子だということなのだから。
知的な判断の振るいどころを、ルチアも待っているよ……。
―――『攻撃』のためにこそ、下がる。
そういう判断こそが敵に最大の打撃を与えるための、予備工作にもなるんだ。
ルチアが狙っていたのは、『憎まれること』さ。
職人たちを射殺する意味はない、『繭』にダメージを与えられないからね……。
―――『ブランガ』の毒は、最初の斉射でほとんど使った。
かき集めたら、もう少しは届くだろうけど。
戦士たちの手元にあるのは、もう撃ち尽くしている。
『攻撃』のために選ぶべきは、一つだよ……。
―――憎まれて、下僕たちの反撃の対象となればいい。
戦場というのは、いつだって人口密度の調整だよ。
たくさんいれば強く、たくさんいても薄まれば弱くなる。
そういう計算が有効な場所だからこそ、ルチアたちは弓を構えて『演技』を保った……。
「次の射撃が、今にも始まりそうでしょう。『蟲』に操られていたとしても、『守り手』のつもりなら……ただただ撃たれるままなのは、あまりにも愚かだわ。来なさい。来い。その『繭』から引きはがしてやる」




