第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その二百三十四
―――『繭』のなかで融け合った光る繊維たちが、その形状へと向かう。
それは六つの翼を有した、女性の形をしていた。
聖なる儀式は、ボクたちの常識を超えているものらしい。
二人のヒトと『蟲』を部品にして、女神イースを模造した存在を作るなんて……。
―――捧げられ続ける『彼女』の聖歌が、姿と意志を与えているらしい。
『器』に対して注がれるのは、あまりにも見事な聖歌だった。
『蟲』に寄生された職人街の者たちを、コーラスの部隊として従えながら。
聖なる創造が、ボクたちの脅威として組み上げられていく……。
―――『彼女』の悲劇的な人生は、これで報われるのだろう。
ようやく運命が与えた歌声を、思い切り歌えるようになっているのだから。
最も聖なる存在の一部となれるのなら、悲惨な日々も報われたことになれる。
罪深いまでの穢れは、この権利を得るための対価だったかのように……。
―――ゼファーの『望遠』の力が、光り輝く『繭』を見つけた。
洗脳された職人街の者たちが、『繭』を守りながら運び出しているよ。
夏の朝陽を浴びながら、光り輝く『繭』は鼓動する。
それはまるで心臓の拍動であり、否が応でも生命力を感じさせた……。
『すごく、いやなけはいだ。あいつは、まるで……『ぎるがれあ』みたい。ううん、それいじょうに……たくさんが、とけているのかも』
―――運命に選ばれた最高の『聖歌』の歌い手は、死者の魂さえも観客にしている。
リヒトホーフェンの放った『蟲』のせいで、狂暴化させられて死んだ帝国兵ども。
死体となったそいつらの少なくない数が、もちろんイース教徒だったんだよ。
『オルテガ』には彼らの血が、まるで供物のように捧げられたばかりさ……。
―――イース教徒の魂たちさえも、『彼女』の歌声はこのおぞましい創造に参加させる。
『蟲の教団』が、『蟲』を用いて面影という魂の残滓を保存し集めたように。
リュドミナ・フェーレンと『彼女』の聖歌は、さ迷える帝国兵の魂どもを吸い上げた。
『蟲』と信仰心と、美しい力が成し遂げた気分の悪い現象だよ……。
『たましいが。しんだやつらが、あつまっているんだ』
―――『ギルガレア』の系譜にある『蟲』らしいよ、やさしい力なんだ。
死者たちの嘆きや必死の叫びを、『蟲』は受け止めている。
志半ばで死んでしまった者たちに、魅惑的な選択肢を与えていた。
『みんなで聖なる存在に融け合いましょう、それなら怖くなんてないでしょう』……。
「孤独と、最も縁遠い行いをしましょう!!それは生命の現象に他なりません!!死とは、あまりにも遠くて違うの!!女神イースの血と力に、なってください!!レナス、レナス!!ああ、喜びの歌を放って!!」
―――『繭』の奥底で、作られた女神が唇を開く。
光を放ちながら震える『繭』の表面から、歌声が放たれた。
完全に再現された、『彼女』の歌声がね。
『オルテガ』は混沌と恐怖に呑み込まれたよ、やさしい歌声にしても大きすぎた……。
「『ああ、女神の奇跡よ、導きたまえ。私たちの集うべき光を、聖なる安らぎの園の方角を示したまえ』」
―――ジャンは惑いながらも牙を使う、カニンガムの首を牙で裂いたんだよ。
バケモノになった頭部が、『彼女』の歌声を放ち続ける光景はおぞましさがあった。
それでもヒトならざる畏怖すべき力だという事実だけは、ジャンに伝わる。
『カール・メアー』は、何か恐ろしいことを達成したのだと……。
『ぼ、ボクたちは遅かったのでしょうか。く、首の後ろのあたりの毛が、ゾワゾワしているんです。こ、これには、覚えがありますよ。お、『お母さん』です……やさしくて、おっかなくて、誰かのために、誰かを殺そうとしている……危険な、か、『神さま』の気配です』
―――ガンダラは対応に困りながらも、『繭』へと接近していく。
『オルテガ』の防衛に集中させるのは、とんでもなく困難な状況になりつつあった。
少なくとも『ギルガレア』級の敵を想定しているのは、彼らしく正しい判断だね。
『ルファード』への援軍要請を増やしてもいる、陽動部隊も頼りたがっている……。
―――目の前の超常的な光景を目の当たりにしながら、シビアで精密な指示を出す。
ガンダラの人生のなかでも、何とも厄介な仕事だったのか。
『繭』まで300メートルの近さに入ると、かがやきと魔力が強まるのを感じる。
黄金色のかがやきの奥に、六つの翼の影が見えていた……。
「イース教の聖歌に、あの姿。『ギルガレア』が、神や理想の世界を『創る』能力を持っていた『侵略神/ゼルアガ』だというのなら。その力を利用して、女神イースを造り出そうというのですか、『カール・メアー』よ。あまりにも、異端な信心だという自覚が欲しい。それとも、女神の再臨を望むのは正当な祈りだったと……いずれにせよ、すべきは一つ」
―――知識が豊かな者が現場にいれば、状況把握もはかどった。
『ルファード軍』の戦士たちも、ガンダラの言葉で理解をする。
『ギルガレア』の見せた異常な光景のおかげで、彼らも理解力が豊かになっていた。
リヒトホーフェンや『蟲の教団』がやった行為の、『カール・メアー』版だ……。
「全員、覚悟をしてください。これから我々は『女神イース』と戦い、それを倒すことになります」




