第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その二百三十一
「レイチェル・ミルラです。お見知りおきを、『カール・メアー』のリュドミナ・フェーレン」
―――『雷』を叩き伏せたレイチェルを見つめながら、知識は探偵となる。
この動きは、あまりにも速いからね。
やはり、違和感はあるのさ。
『カール・メアー』は人種の研究者ではあり、レイチェルの速さは規格外が過ぎる……。
「人間族の、反射速度じゃありませんね」
「そちらも。『蟲』混じりだから、人間族を超えている」
「亜人種ですね、レイチェル・ミルラ」
「『人魚』ですよ。知っていますか」
「伝説的な種族ですがね。竜だけでなく、『人魚』までいたのですか」
「うちのリングマスターは、人種を越えて魅力的なのですよ」
「そういう言葉は、私への挑発となると理解した上での発言ですね」
「もちろん。『カール・メアー』に対しては、嫌悪と軽蔑があるのです」
「二対一で、来ないのですか?」
「リングマスターに、女性を斬って欲しくはないので」
「あら。人種に寛容なあげく、フェミニストなのですか?」
「いい方でしょう。お仕えする価値はあると、信じられるほどに」
「ならば、来なさい。『人魚』よ。すべての亜人種が、生きている未来を私は許しません。とくに、『狭間』はね」
「それは私を激怒させますよ。私の息子は、『狭間』なのだから」
―――冷静で余裕を愛するレイチェルも、感情的な戦い方を選ぶときもある。
亡き夫の弔いの戦いと、愛する息子を守るための戦いならば。
情熱を爆発すべき瞬間だったよ、いきなり加速して飛び掛かっていく。
『人魚』だという認識がなければ、リュドミナは一瞬で首を落とされていたかもね……。
―――『人魚』の身体能力による神速の突撃は、強化したところで人間族には荷が重い。
回避するなど不可能だ、後退しても更なる追撃に狩られてしまうだけ。
それならば、取るべき手段は一つあるんだよ。
こちらからも突撃し、殴りかかるのさ……。
―――『蟲』の甲殻が、突き出した左腕の内側から生えている。
それが『諸刃の戦輪』の片割れと衝突し、火花を散らしていた。
勇敢であり、妥当な戦い方でもある。
こうするのが最少の被害だったからね、この一秒をまたリュドミナは生き延びた……。
―――ギチギチと鳴く、戦輪から生えた呪われた鋼の牙。
それを見ながら、リュドミナは知識の探偵作業をしていただろう。
『諸刃の戦輪』は伝説を持つ武具であり、彼女の知識のなかにも記述があった。
対策は即座に思いつけるほどには、有能な達人である……。
「『蟲』を、絡めてきますか」
「ええ。鋼をかじらせるのよ」
―――リュドミナの皮膚を食い破り、突撃を始めるちいさな『蟲』の兵隊ども。
一匹ずつはせいぜい蜂ほどの大きさだが、それが十数匹にもなると不気味さがある。
そんなものに『諸刃の戦輪』は、噛みつかれていた。
『挑発』になったらしいね、ギチギチと暴れる鋼の牙は『蟲』と戦いを始める……。
―――我らがレイチェルは、いつだって正しい。
言い過ぎている部分はあるかもしれないが、今回はそうだよ。
『諸刃の戦輪』の片割れを、あっさりと投げ捨てていた。
おかげで『蟲』の兵隊どもは、レイチェルの肌に到達することさえできない……。
―――思惑が外れたし、何よりも視線を誘導されてしまっていた。
戦いの最中に武器を捨てるなんて、ありえない愚行だからね。
何か裏があるのではないかと、勘繰ってしまうのも仕方がない。
レイチェルは、演劇の力も使っていたからね……。
―――視線誘導は、サーカス・アーティストたちのお家芸だよ。
意味深な動作を用いるだけで、ヒトの意識はあっさりとそそのかされる。
それに引っ掛かったことが認知できたから、また次の一瞬を詠唱長は生き延びた。
殺気が焼けつくように粘り着いた首を、死の軌道にあえて捧げることでね……。
―――レイチェルの放ったのは、斬首の一太刀だったよ。
女性が相手でも容赦はない、女性同士だからだろうか。
何であれ、『狭間』を憎む者を許すはずもない母親だった。
その必殺の軌道に対して、リュドミナは自らの首を捧げてたのさ……。
―――死ぬためではなく、その逆のために。
真っ二つにリュドミナの首は断ち切られたけれど、血が噴き出すことはない。
大動脈を『蟲』が閉鎖していたし、断たれた首は一瞬後に『蟲』がつなげたからだ。
これはリュドミナのデザインした流れであり、だから生き延びれた……。
―――右の拳による打撃を、首を断たれながらも放っていた成果も得る。
レイチェルも『蟲』の甲殻が突き出た、凶悪な拳に殴られるわけにはいかない。
『人魚』だけに許された、理不尽なまでの反射速度を使いこなして後ろ跳びさ。
首をあえて断たれるなんて大技を使うことで、死中に活を求めた……。
「面白い手品です。じつに、興味深い」
「面白がっていただければ、嬉しいですね。生きた心地が、しませんでしたが」
「生に執着できる立場ですか、リュドミナ・フェーレン」
「死を恐れはしません。でも、悲願の成就は見届けたい……」
―――芸術家という人々は、知覚に優れている。
動物的なまでの直感で、正しさを選べた。
だいたい正しい、それを即座に選べるのがレイチェル・ミルラだ。
左眼を見ていた、リュドミナの左目を……。
―――それが、斜視を持つ者のようにズレを見せていたのさ。
明らかにリュドミナの意図した動きではなく、その視線は『オルテガ』を向いた。
詠唱長のミスは続き、優れた芸術家相手に誤魔化しを使おうとする。
左眼を閉じようとしたから、バレてしまったのさ……。
「『オルテガ』で、何かを企んでいるわけですね。リングマスター、ゼファーに高度を!『オルテガ』を、見張らなければ!!」




