第四話 『迷宮都市オルテガと罪科の獣ギルガレア』 その二百三十
―――やさしい言葉に苛立つことを、ビビアナはあきらめなかった。
自分たちをこの世界から抹殺しようとしている者を、許す必要なんてない。
リュドミナ自身がそう断言しているように、憎むことが妥当だ。
たとえリュドミナの言葉に、心が動かされてしまったとしても……。
―――追い詰められていくリュドミナは、ますます純粋だったのさ。
彼女は憎しみや怒りのために、『狭間』や亜人種を殺したがっているわけじゃない。
そんな残酷さも、すべては慈悲深いやさしさに由来している。
世界がより殺し合いをしないで済むように、人種の数を減らしたいだけだった……。
―――少なくとも、千年間が証明した一つの答えなのだと。
心の底から信じているし、ビビアナの知識もその事実を否定できない。
人種の差は、戦争の主要な理由の一つではあった。
違いがあれば、それだけでヒトは相手を殺せる程度には排他的である……。
―――歴史はね、たしかにそれを証明し続けてきた。
ビビアナの両親が辿った悲しみこそが、証明の一つになっている。
リュドミナは『狭間』の乙女を、全力であわれんでいた。
親から離された子供たちの悲しみや苦しみを、彼女はよく理解しているからね……。
―――たくさんの孤児たちを、知っているんだ。
その子たちに、聖なる女神の『器』の一部となることを望んでいた。
それもまた聖なる救済だったのさ、彼女からしてみれば。
女神イースという聖なる存在と一つになれば、さみしくなんてないからね……。
「孤独な魂たちは、もうすぐ救われるの」
「あんたが、決めるな。孤独だなんて、決めつけるな」
「強がらなくていいのよ。もうすぐ、世界は、今までよりはるかに良くなる。それは、誰にとっても幸せなこと」
「違うわ。少なくとも、私には不幸だもの」
「人種の争いのない、素晴らしい世界が始まるのだから。その世界のことだけは、祝福してあげてね。許せないなら……」
「あんたは、許さない……憎むわ。大嫌いよ」
「ええ。それでいいの。私を、しっかりと、憎みなさい。それは、きっと……貴方の糧になるものね」
「糧、ですって……」
「そうよ。女神イースが『私の願い』を聞き入れて、貴方を生かしたとする。世界から、『狭間』や亜人種が消えた世界で……貴方だけが、生きていたとすれば。糧が必要よ。その魂が苦痛にさらされても、生きていくために。私を憎んで。私に恨んで。怒りと、侮蔑を注ぎなさい。そうすれば、生きていきやすくなるもの」
「私のためみたいに、言うな……ッ」
「貴方のためですよ。それが、私の本心だってことは、こうしてつながっている貴方がいちばん理解しているでしょう」
「……大嫌いだわ。アンタのコトは、永遠に……許さない……ッ」
―――遺言めいた会話になる、リュドミナも悟っていたよ。
猟兵はあと二人いるのだから、ソルジェとレイチェルがいなかった。
想像力はいつものように、恐怖と相性がいい。
死を怖がらないですむのは、信仰心の証明だと彼女は満足する……。
―――細い道を駆け抜けた、その長い闇を往く。
音の達人は、反響する自分の足音を頼りにしているから視界は不必要だ。
暗がりの最奥に明かりが見えたが、見える前から出口の存在は把握していた。
どうすべきかを考えて、加速を選ぶ……。
「試してみましょう。どれほどの敵なのか……」
「……ソルジェ・ストラウスには、一瞬ももたないわよ。彼は、とても強いから」
「『カール・メアー』の意地というのも、見せたいですね。見ているといい。私が、どれだけの鍛練を成し遂げられたのか……竜に焼かれる私を、忘れないでください。貴方の糧のために」
「焼かれたって、許してあげないわ」
「それならば、いいの。ああ……楽しみですね」
―――長く続いた闇の果て、そこから一人で飛び出した。
多くの者を犠牲にして、ここまでやって来れたのだ。
罪深くもあり、祝福めいた真夏の光のなかに。
ソルジェがいたよ、竜太刀を構えていた……。
―――ジャンから得た情報で、ソルジェは地下通路の方向を見抜く。
『オルテガ』や『ルファード』のように、このあたりには地下通路が多い。
それらはよく隠されてはいるものの、ここの隠し方を見破るのに時間はかからなかった。
地上から探せば、もう少し時間はかかっただろうけれどね……。
―――竜が上空から探ってくるとは、地下通路の設計者も想定していない。
ゼファーは、この出口をすぐに見つけていた。
『ドージェ』たちを連れて、この場に下ろしてくれたのさ。
今は空へと戻り、旋回しながらの見張りを続行している……。
―――『オルテガ』に向かう、帝国軍と傭兵の部隊が見えていた。
敵軍どもは、小部隊に分かれている。
それぞれの数は少ないものの、部隊の数だけはかなりのものだ。
傭兵の参加が、こちらの想定よりも多かった可能性がある……。
―――ゼファーに、その敵を見張らせる必要があった。
地上は自分たちだけで、十分だという自信がソルジェにある。
『帝国軍のスパイ』も、カニンガムの部下も。
とっくの昔に、狩り尽くしていたからね……。
「……女、か。つまりは、『カール・メアー』」
「ソルジェ・ストラウス!!私の名前は、リュドミナ・フェーレン!!『カール・メアー』の詠唱長!!私は、貴方の敵です!!」
―――『雷』を放つが、竜太刀がそれを容易く弾いた。
刃に宿した『炎』で、雷撃が衝突する瞬間に『裂く』。
『雷』の速度に反射するのは、不可能だよ。
つまりソルジェが誘導していた結果で、『王者の剣』の技巧だった……。
「私までも、操りますか」
―――腕に覚えがあったとしても、力量の差は理解している。
正面からは挑まない、竜太刀を右腕一本で振り回す相手の側面を狙っていた。
ソルジェの左側を、鋭い踏み込みで取りにかかる。
獣のような速さで接近し、再び『雷』を撃った……。
―――竜太刀は、動かない。
防ぐことはなかったよ、不必要だったから。
呪いの鋼が、リュドミナの攻めを受け止める。
レイチェルが、そこにいた……。




